第15話 ファンタスティック4

播州西部 室山城近隣

黒田官兵衛


 もっと、いい手段があったのではないか。いざ戦になっても考えは尽きない。それは多分俺の悪い癖だ。


 「押し返せ!」


 兵数に頼み、犠牲を出しても圧力を強めていく赤松下野守の軍勢に向け、矢が飛び、精兵たちが駆けていく。たったそれだけの事で敵の前線が溶けるように崩れていく。それでも、乱戦模様は変わらない。思わずその様子に舌打ちをしたい気分になる。

 隆鳳の野郎が兵を馬鹿みたいに育てたから無謀な真似が出来てしまう。最近、隆鳳に毒され過ぎただろうか。


 相対する赤松勢は約1500。城攻めをするには心もとない数ではあるが、奇襲を仕掛けるつもりだったのだろう。こちらが精鋭を率いていることを鑑みると、十分に対応できる数ではあるが、長引けば敵方の本拠地である龍野城を始め、各地から増援が来ることは目に見えている。


 今、赤松勢は室山城と俺達に挟まれているが、次の手番に俺達は赤松勢とその増援に挟まれる。その前に赤松勢を崩せば勝ちだ。


 「深入りしてもあまり城に近づき過ぎるなよ」


 室山城の救援を口実に兵を出した訳だが、彼奴らと共闘するつもりは今の所無い。

 結果として利用させてもらっているだけだ。


 主を失い、それでもなお、奇襲に耐える城と、その城を攻撃する軍勢との戦いに現れた第三の勢力。それが俺たちの正しい立ち位置だ。あまりにも場違いな存在に我ながら苦笑したくなるが、室山の手勢とも一戦交える事を覚悟しておいた方が良いだろう。


 予想はしていたが、やや後手に回った。

 この状況は軍勢と軍配を預かった者として複雑だが、挽回といこう。


 少数ながらも味方の手勢は有利に事を進めている。半農の地侍の比率が高いが、隆鳳の旗揚げからの俺達黒田武士の精強さは眼を見張る程だ。


 その筆頭が馬廻り。


 身分出自を問わず、志願してきた者を徹底的に鍛えぬいた精鋭だ。常備兵の為、その鍛え方はすさまじく、身分にかかわらず応募したことから、恐ろしいほどの数の志願者がいたが、その鍛錬を耐え抜いた者は志願者の1割にも満たない。


 俺も何度か隆鳳や武兵衛と共に鍛錬をした事があるから知っている。あれは本当に地獄だ。

 書を読み、講義を聴く座学や教養に加え、限界まで体を追い込む訓練。甲冑をいくつも背負って城の外周を走ったり、刀、槍、弓、銃、と言った武器の扱いと徒手空拳での身体の扱い。集団戦。果ては斥候の訓練や、馬術、岩壁登攀に水練。ありとあらゆる事が限界まで行われた。


 志願者諸兄の苦労は察して余りある。


 この手勢の要所には、その鍛錬に最後まで耐えきれなかったが、ある程度鍛え抜かれた者が備わっている。戦専任の者たちではないが、武士と呼ぶに相応しい者たちだ。

 数はまだ少ないが、戦術理解度は高く、精強であり、また、身分にかかわらず待遇を得て忠誠度も高い。彼らが最前線を纏めるだけで、必死の形相で襲いかかる赤松の軍勢が寄せ集めに見えるほどだ。

 だから、それだけにこのような精鋭を得て、軍略が見劣りすることは俺の矜持が許さない。


 「頃合いを見て、後ろに下がる。城に近づき過ぎると巻き込まれる。深入りはするな。的確に狩れ」


 俺の下知を受け、控えていた伝令兵たちがめいめいに散っていく。


 必死で押し寄せる敵兵を難なく撃退した勢いに乗り、前に出ようとした足がそれだけで止まり、纏まり始める。十人程度の集まりでは無い。300の軍勢が、だ。自分の身体ほどではないが、この手に握られる刀ぐらいの自在は利く。


 「伝令を飛ばせ―――これより“釣り”を開始する、と」


 さて、敵方は俺達の後退をどう読むか。否、この様子だと俺達の出方は些細な問題か。奇襲に失敗した挙句、第三勢力に背後をとられたら、何が応にでも退路を何とか確保しようとするはず。


 ならば、俺がする事は簡単だ。押し込まれているフリをしながら、退路を悉く潰せばいい。


 俺の腕の見せ所だ。


 「さあ、地獄を見てもらうぞ。赤松下野守」

 

 ◆

 同刻 龍野城近隣

 櫛橋左京


 我々は室山城に直接は出向かず、わざわざ危険を冒して龍野城とのちょうど中間地点を経由してから、室山城へと南下。その際に我ら鉄砲隊を切り離し別行動。


 我ら200の役目は簡単だ。龍野城及び、近隣拠点からの援軍の足止め。

 言葉にすると簡単であるが、それだけ済むはずが無いという事は重々承知していた。 

 左近将監様もそうだが、それを普段戒める黒田官兵衛も大概だ。こちらの総数の3倍の敵と対峙するにもかかわらず、何故こうもあっさりと兵を裂いて、あろう事か俺に託す。

 定石という言葉を知っているだろうか?その悉くを外していく。


 ―――敵に挟まれる事を恐れる事はわかる。だが、この場合は、そこを警戒するあまり、本来重視すべき事が疎かになっているのではないだろうか?そう反論した俺の声は黒田官兵衛の語った戦略図の前に沈黙する事になった。


 龍野城の手勢を引きつける事こそ、戦略の要となる。だから無理をしてでも、200で足止めをしろという事だ。


 言ってくれる。小寺家に仕えていた頃だったら、間違いなく一笑に付して断っていただろう。

 そもそも、あの頃だったらこうして肩を並べ、言葉を交わす事も無かったか。


 今はなんだろうな……少なくとも『おもしろそうだ』と思える程度にはなっている。それとも頼られる事を嬉しく思っているのか。

 それはおそらく、ここ最近で色々な価値観を覆されているからだろう。特に、御着崩れは衝撃だった。

 そしてその後、年下の癖に人を見下すように感じられた黒田官兵衛の言動に対しての偏見が薄れた事も関連しているだろう。


 アレは見下している訳ではない。


 姫路で日常を見れば誰だってわかる事だ。左近将監様という規格外の人間の近くいて、更にその方から絶大の信頼を寄せられていたらどうだろう?あのいけすかない言動が、何とか並び立とうと足掻く姿に見える。それは大いに共感できる感情だ。

 だが、黒田官兵衛や俺も含め、誰もがその感情は意地でも口にできない。それがせめてもの意地だからだ。


 「報告。龍野城に動きあり」


 飛び込んできた斥候が粛々とその時を告げる。

 情報を重要視する黒田家では斥候と伝令の信頼は厚い。左近将監様からの信頼を一身に受け、彼らは一心に情報をかき集めてくる。以前の俺だったら尊大に構えていただろうが、今は一つ「御苦労」と彼を労ってから正対した。 


 「詳細をお願いする」

 「はっ!龍野城に潜り込んだ者からの情報と、外部からの様子を見るに、もう間もなく城を出るかと」


 城に潜り込む――おおよそ、武士のする事では無い事のはずだが、彼らのその執念と技量の程に頭が下がる。


 「数は?」

 「動きから察するに、おそらく300から400。まだ周辺から集める勢いですので、まだ何陣か続くかと」

 「……その程度か」


 おかしな事だ。実戦経験もそれほど多く無いにもかかわらず、あの時、御着城で対峙した二人の方が余程怖い。


 「では、始めようではないか。黒田武士の名に恥じぬ戦いを」

 「はっ!」


 俺の言葉に何の迷いも無く、兵たちが声を挙げる。

 突きつめると、この家中はこんな奴らの集まりなのだ。


 ◆

 同日 夜半 ???

 黒田美濃守職隆


 薄い月明りだけを頼りに駆け抜ける。


 室山城近隣では、官兵衛が赤松下野守の本隊を引き受け、そこよりもやや龍野城寄りの位置にて、櫛橋左京が援軍を全て阻んでいる。官兵衛の馬鹿も大分無茶をしているが、予想外なのは櫛橋の息子だ。

 何度か顔を合わせた事があったが、到底こういった戦には役に立たないであろうと思っていたにもかかわらず、何度も行き来する斥候の口から語られる戦況は申し分ない。

 特に鉄砲隊の扱いが巧いのか、挙がる戦果に対して、被害がほとんど出ていない。彼を頼んだ事は苦肉の策であったが、官兵衛の目論見通りと言えよう。


 さて、これにて詰みの一手だ。


 「我が息子ながら、鬼手を打つものよ……」


 官兵衛からの要請があったのは、官兵衛が赤松と対峙したという報が入ったのとほぼ同時だった。その報を受けて、夜を待ち、満を持しての出撃である。若い二人が身を削り、そうして作り上げたこれ以上無い好機。儂がしくじる訳にもいかない。

 まだ、若い者には負けぬ。官兵衛以外の子は全員まだ小さい上に、また新しく子が生まれたばかりだし……老けこんでもいられん。


 「美濃守様!龍野城です」

 「よし、一揉みで落とすぞ」


 夜に紛れて進むと目標と定めた地点が見えてくる。山麓にある赤松下野守の拠点。

 何度も苦杯をなめさせられた相手ではあるが、それもこれで終わりだ。古い権力に取り込まれ、時代に翻弄されたこの結末には一抹の同情を寄せたくもなるが、これも世の常。


 「声を挙げよ!我らこそが強者!我らこそが勝者!我らこそが黒田武士ぞ!」

 『おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』


 満ちる気迫、響く鬨の声で闇夜がビリビリと痺れる。

 龍野城には、この有事の混乱に乗じ先んじて潜入した人間が多数いる。落とすのは時間の問題だ。


 「掛かれ―――――っ!」


 連戦を重ねたにもかかわらず、近隣の櫛橋左京の軍も即座に合流し、城が落ちたのは交戦が始まってから1刻もかからなかった。


 翌日早朝 室山城近辺

 黒田隆鳳


 うぉー、出遅れた。

 小夜の手前、格好つけて出てきたはいいけど、どうしよう?室山城も見た所、藤巴の旗が翻っていねぇし……。


 ……落としちまうか?


 こちとら夜通し駆けて、散々逃げ惑う厄介な落武者を狩りながら進んでるから、腹の虫も収まらねぇんだ。なにより俺の見せ場がねぇ!

 野盗働きをしていた落武者はみんな赤松の連中だ。そして、室山城には遠目で見ても攻撃の痕があるが、落ちてはいない。つーことは、官兵衛が赤松を引きつけたって事だ。


 落ちている死体を見る限り、鉄砲はあまり使っていない。牽制程度だろう。だが、正面からぶっこんだ割には味方と思しき死体は少ない。あいつどんな魔術使ったんだ?打ち合わせした物とは全然状況が違うから、少しわかんねぇぞ。


 それに、数に劣るにも関わらず、鉄砲を遣わなかったという事は“少数”で“拠点”でも狙ったか。少数の側が兵を分けてどうすんだよ……ったく。


 アイツ、俺の事無謀だとか散々言いやがったけど、アイツも大概だよな?


 「左近将監様。どうも、聞く限りでは、戦いながらここより北上していったようですな」

 「北上……だろうな」


 案外、龍野城辺りは陥落してるかもな。赤松下野守……恨みしかねぇけど、御愁傷さまだ。この世で一番執念深くて相手にしたくない奴が食い付いたもんだから……。


 「今現在もまだ対陣してるみたいですが、いかがいたしますか?」

 「あー……そうだな」


 いかんな、気が抜けて少し眠い。さあ、頭よ、少しは働け。普段サボってんだから。

 この様子だと、播州の西での騒乱は終息に向かうだろう。この地域を通行する際厄介になってくるのは、敗軍から逃げ出し、自棄になって暴れ回る負け犬の遠吠えと、結果として勝ち残った室山城の存在だ。


 室山城の手勢を率いる浦上の息子は、こちらに通じていたとはいえ、所詮は裏切り者。先代の旧臣らもいる事を考えると、これから徐々に家中が騒然としてくる事だろう。そうなると、城主の意志に関わらずこちらが攻撃されかねないという、お互いにとって不幸な状態だ。


 となると、やっぱ、少しOHANASHIをしておこうか。やらなかった事を後悔するのはもうこりごりだ。。


 そうして馬首を少し南に向けると、徐々に死体の数が少なくなってきた。本来ならば激戦地になるはずだが、赤松勢が到着して、それほど時間をかからず官兵衛が噛み付いたのだろう。


 「さて……どうするかな。ああ、誰か紙と墨と筆を持ってねぇか?」

 「いえ。誰も……」

 「それもそうか」


 文でも書いて呼ぼうかと思ったけど、無いんじゃ仕方ねぇか。俺は馬上から振り被り、その手に持っていた槍を思いっきり城内の壁へとぶち込んだ。


 「左近将監様……?」

 「……ちょっと強すぎたな」


 腕の力と上半身のバネだけで投げ込んだのに、大砲みたいな音して、城壁の一部を吹き飛ばしちまった。攻城兵器、投げ槍とか、鉄砲と比べるとエコだね。

 ……俺の予想では、もっと平和な―――二階の窓に小石を投げて友人を呼び出す程度のつもりだったんだけどなぁ。

 届くかと心配になって思いっきり投げなきゃ良かった。悪いことしたな。


 「騒然としておりますな。まあ、当然ですが」

 「まったくだな。反撃されたらお前らの所為にして俺は逃げるぞ」

 「「「!?」」」


 そういちいち大袈裟に驚くなよ。お前らだって騎馬だから逃げられるだろ?

 っと、あれ……空いた城壁から、白旗が掲げられたぞ?


 「源氏の白旗……か?浦上って源氏だったか?」

 「いえ、確か……えー、確かですが、かの歌人、紀貫之の末裔だったかと……」

 「公家じゃん。貴族じゃん。じゃあ、なんなんだよ、アレ」


 これが現代ならば、降伏の証なんだけど、アレって国際上の取り決めだろ?日本古来のアレじゃねぇだろ?だって源氏の旗印と言えば白旗なんだから。


 「確かヤマトタケルの故事によれば、白旗は降伏の意味もあったと思いますが……」

 「まさか。槍をぶち込んでから、この短時間で?用意が良過ぎるだろ……」


 しかし、そんな風にこちらが戸惑っている内に城門が開かれ、俺と同じぐらいの若い男が大慌てで俺の所で土下座を始めた。


 曰く、軍門に降らせて下さい、と。




 ……なして?




 城、落とすのって簡単過ぎじゃねぇかなぁ……事のくだりを話すと、また土間メシの刑になりそうなんだけど、皆になんて言い訳しよう?



 ◆

 余談 


「おやっさん、城は?」

「小寺藤兵衛殿に任せてきた」

「小寺……え?小寺?馬鹿じゃねぇの!?城が落ちるのって簡単なんだぞ!?」

「そう思うのはお前だけだっ!」


大活躍の黒田武士はアレですね。量産型隆鳳、または特殊部隊のようなサムシングと思っていただければ。彼らは目立ちますがまだ少数派です。その内増産します。

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