藤巴の野心家

北星

序章 騒乱の狼煙 

第1話 Meaning of life

 時折、生まれた意味を考える。


 時折、生まれ変わった意味を考える。


 現在の名は隆鳳(ときたか)。忌み名という本名を呼ぶ事を厭う習慣から読み方を変えてそのまま「りゅうほう」と呼ばれる。元は現代人だ。現代人のはずだが今は戦国時代に俺は居る。


 生まれ変わった……否、時代を遡ってしまったことは生活水準のひどさから気が付いていたが、戦国時代らしいと気が付いたのは割と時間が経ってからだ。当初は室町時代だと俺は思っていた。


 なぜ室町だと思ったかというと、ひとつは守護、という官位。この近隣に赤松氏、少し離れた山の向こうに山名氏という落ち目の守護がいるからだ。


 赤松、山名と聞いて、戦国時代を思い浮かべる奴はあまりいないと思う。センター試験レベルの歴史認識ならば室町の名門だと思うだろう。


 話を戻すと、俺が生まれたのは播州(兵庫県)という事になる。


 戦国時代なのに、織田信長も豊臣秀吉―――たぶん、風聞も聞かないからまだ木下藤吉郎時代かな?―――も、徳川家康も周辺には居ない。そりゃわかる訳が無い。歴史は割と好きだったがマニアとは言えない身だ。察しが悪いと言われても仕方が無い。貴人、大名の生まれでは無く、この時代に生まれた時には両親はこの播州の片隅で猟と農業で生きていたのだ。


 ただ、転機というものが訪れる。


 色々とあって母が死に、そして戦に駆り出されて親父も戦死し、親父の顔見知りだという大将に引き取られた時だ。


 俺を引き取った大将は小寺職隆と言った。そして彼にはほぼ同い年……向こうの方が一か月ぐらい生まれが早いぐらいの息子がいた。


 小寺官兵衛。またの名を黒田官兵衛。


 そして、引き取られた城の名を、姫路城と言った。


 両親が死に、生まれた意味と芽生えた野心について初めて考えたのはこの時からだったかもしれない。


 大事な物を失って初めて眼が覚めた大馬鹿野郎の愚かな夢物語だ。


1561年 播州姫路


 「よう、官兵衛。ついに小姓稼業もクビか?」

 「馬鹿野郎、ただの休暇だ。それと俺は小姓じゃ無く近習だ」

 「殿さまの愛人じゃ無かったのか!?」

 「貴様はどんな偏見をもってやがる……」


 姫路城に引き取られて6年。俺たちが15歳になる頃、官兵衛は姫路から東にちょっと行ったところにある御着城という城で小寺政職の近習勤めを始めていた。


 ちなみに戦国時代、マジビビるほど「アーッ!」な関係がめちゃくちゃ多い。殿様と小姓なんてその筆頭だ。だからてっきり、官兵衛の城勤めが決まった時、戦国一の腹黒もその菊の花を散らしてしまうのかと思ったのだが……。


 俺?俺はやだよ。言い寄ってくる奴らはみんな物理的に粛清したし。男ならば一度は夢見る戦国時代の天下取りの野望。せっかく芽吹いた戦国の仇花、こんなところで散らしてたまるかってんだ。


 「まあ近習にしろ小姓にしろ、あんま変わんねぇだろ」

 「隆鳳……お前なぁ」


 官兵衛が説教じみた口調で言いかけたのを遮り、俺は鍛錬のために振り回していた野太刀を鞘に納めた。こいつ……放っておくとネチネチとうっさいからな。


 何という口の利き方してんだ、と思われるかもしれないが、まあ、俺たちは当初からこんな関係だ。養子と実子という微妙な関係のはずだが、妙にウマがあった。喧嘩もよくしたし、拳で語るコミュニケーションを続けていたら遠慮という名の壁なんてとっくに無くなっていた。

 そんなダメ息子共を見守るように育ててくれた黒田のおやっさん、マジいい人っす。


 「で、どうだよ?近況は。ここんとこ小競り合い続きだったが、少しは落ち着いたか?」

 「……あまり芳しくないな。敵対している龍野の赤松は言わずもがな、西は浦津の浦上、東は三木の別所、そして主家、御着の小寺、どれもこれも取るに足らない」

 「そうか……なら、しばらくまだ小競り合いが続くな」


 どれもこれも「ど」が付くほどマイナーな武将だ。有名所をしいて挙げるならば、史実で秀吉と官兵衛を遮った三木城の別所だ。でも、年代的に多分、かの別所長治は同い年か年下ぐらいだろうと思う。当代は「播磨の軍神」の異名をとる別所就治。現代に居た頃には知らなかったが、評判からして頭一つは抜けている。


 だが、国を纏め上げる存在、と言うほどでもない。高齢だとも聞く。


 理由はいくつ思い当たるが、最も思い当たる理由は国人がバラバラで統治しにくいという点があげられる。絶対的な強者が居ないから纏まらず、居たとしても背く――頑固でわがままで信用ならない賊の集まりが播州という国だ。南北朝期に赤松円心というカリスマ的な蛮族が纏め上げていた頃の名残なのだろう。

 だけど、今、この国にカリスマは居ない。その末裔は時の将軍を殺したりと色々暴れ回った挙句、揃って没落した。


 そして、いずれは織田という理不尽なほど強大な勢力になすすべもなく呑み込まれていく。それが俺の知っているこの国の末路だ。


 だから考える。いつ立ち上がるべきかを。


 織田に呑み込まれてから別所は反逆して死んでいった。

 史実の官兵衛のように、機会を覗っても、結局転機は訪れなかった。


 なら、どうするか。


 ここまで紆余曲折があった。お袋が死んで、親父も死んで、そして戦国時代で一人ぼっちになった。それから、運よく黒田家に拾ってもらった。そんな環境下で俺の中で野心が芽生えた。快適だが息の詰まる現代とは違う、ハイリスクで、ハイリターンなこのくそったれなこの世界で。


 ヒョロヒョロの現代人のままだったら、身の安全を考えていただろう。


 だけど、今の俺は何の因果か、それなりではすまない程の身体能力も持ち合わせていた。だからこそ、黒田の家中でも一目置かれる理由にもなっている。


 そして、史実では名高い策士と兄弟同然の親友づきあいをすることになった。

 俺たちも15歳。そろそろ頃合いだろう。


 「……なあ、官兵衛」

 「なんだ?」

 「俺たちで天下獲らないか?」

 「……野心家だとは思ってたが、天下は流石に驚いたな」


 戦国一の野心家から野心家と言われるのは悪くない。だがな、お前と違って、野心で終わって……堪るかよ。お前だってそうだろう?なあ。


 「なあ、官兵衛」

 「……なんだ?」

 「俺は天下獲りに行くぞ」

 「……………………………………」 

 「黒田の家には返しきれねぇほどの恩義もある。このままお前に仕えていてもいいと思ってる。だから、お前には腹を割って言う――俺には夢がある」

 「それが天下獲りか」

 「違うな。俺には『こうなって欲しい』と願う未来がある。その実現が夢だ。だから、この手で天下を獲りに征きてぇ。名を上げたいんじゃねぇ。こんなくだらねぇ小物の小競り合いじゃなくて、バカみてぇに強大な大名らを尽く呑み込んだ先にある未来を見たい。だから手を貸せ、兄弟」


 織田信長、本質は保守の化物にして歴史に名を残した革命児。でもお前の描く未来じゃ俺は満たせない。

 豊臣秀吉。信長でも満たせない物をお前が出来ると思うのか?

 徳川家康。お前の理想はある意味俺の対極にある。


 だから俺がやる。未来を知っているから、この時代が大嫌いだから。


 これが俺が生まれた意味、そしてこの時代に生まれた罰だ、と本気で考える。言葉だけだとただの痛い奴だ。だから死にゆくその時まで、と覚悟は出来ている。だから口に出して、声にして、本音で言う。


 俺がやる、と。


 「……つくづく、馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたが、天下、か。貴様は本当に突き抜けた馬鹿だな」


 驚きを隠そうともせず、だけど、官兵衛はそれでもきわめて真面目な表情でつぶやいた。その鋭すぎる才能が前面に現れた表情は、確かな野望に燃え始めていた。


 「だが、悪くない夢だ」

 「当然だ」

 「自分で言うか。だから馬鹿なのだ、貴様は」

 「知ってる」

 「……もし、俺が止めたら」


 官兵衛の悪態を受け流し、俺は先ほどまで振り回していた鞘ごと官兵衛に差し出した。俺の親父が唯一残した形見。農民だった出自には到底似合わない見事な野太刀。それを半分ほど抜き、鞘を掴んで柄を差し出す。


 「俺に『斬れ』と言うか」

 「ああ。俺と似て、野心を持って燻ってるお前が斬れ。俺の夢ごと俺を斬れ」

 「……俺が燻ってる、か。これだから……俺は貴様が苦手なのだ、隆鳳」


 真っ正直に語った俺の夢を決して笑う事はせず、それでも決して俺の刀に手を伸ばそうとしない官兵衛の姿を見て、俺は天下獲りの夢を確信した。

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