魔王にうどんは届かない
八重 充希
プロローグ
魔王討伐と新生魔王
「これで終わりだあああああ魔王おおおお!!!」
「こい!勇者あああああああああああああ!!!」
二つの強大な力がぶつかり合い、凄まじい爆音と共に建物の天井や壁が崩壊を始める。崩れた建物の瓦礫が宙を舞い、激しい土煙で目を開けていることも出来ない。
「お願い!魔王を討って…!
「お前はできる!信じてるぞ!」
勇者に同行する傷ついた魔法使いと戦士は崩れかけた柱の影で祈り続けた。
◇◇◇
かつて史上最悪といわれた最強の魔王は、長い間この世界に君臨し続けた。数多くの腕自慢の冒険者が何度も魔王に挑んだが、いくら束になってもかすり傷一つつけることすら出来なかった。
しかし、ある国での古代遺跡の発見から事態は大きく動くこととなる。
遺跡から見つかった古文書には、異世界から超人的な力を持った人間を召喚する方法が記されていたのだ。
早速国中の魔法使いを招集し、古文書に書かれていた手順通りに術式を実行する。
すると、20人ほどの魔法使いが周りを囲む、その円の中心に大きな光の柱が現れ、中から3人の人間が現れた。
その後、魔王を討つ為立ち上がる3人の勇者誕生の瞬間であった。
◇◇◇
勇者の一人、魔法使いアリーシュは、先程まで轟いていた爆音が止んでいるのに気がついた。それは彼女の隣りにいる同じく勇者の一人、戦士ガードンも、同じく目を開けるとお互いに顔を合わせる。
「あいつは…どうなった…」
先程まで激しい戦いが繰り広げられていた場所に二人は目を向けた。
舞っていた瓦礫や土煙がだんだんと晴れてくる。
やがて二人はその奥に一人の人影がいることに気がついた。
3人目の勇者、ロードであった。
その目の前にかつて魔王であった巨体の残骸が転がっている。
「ロードくん!勝ったんだ!」
「ああ、あいつ!ついにやりやがった!」
二人はやり切った表情で空を仰ぐロードのもとへ駆け寄った。
崩れた天井から差し込む光が抱き合う3人を照らしている。
「ありがとう…みんなのお陰だ。ここまで付いてきてくれてありがとう…」
「なにいってんの!こちらこそだよ、もう!」
「美味しいとこ持って行きやがって!でも最後の技の威力は流石だぜ」
3人が勝利の実感を噛み締めていると…
「おい人間」
勇者の攻撃により頭だけとなっていた魔王から言葉が発せられる。
殆ど殺気は感じられず、もう勝負がついていることは誰の目から見ても明白であった。
「まだ死んでないのか、流石だな」
「我を倒したところでいい気にならないほうがいい…。我を上回る魔力を持つ存在がもう既にこの世界に誕生していることにお前たちは気付いていないであろう…。それは必ず新しい魔王となり世界を再び混沌へ陥れるであろう…」
魔王の頭はそう言うと細かい破片となり風で散り散りとなった。
「だってよ、どうするロード?」
「問題ない、この3人ならどんな困難でも乗り越えられるだろう」
「それもそうね!ひとまず街に帰って王様に報告よ!」
勇者3人が魔王城を去った後どれだけ時間が流れたか……。
魔王城地下に作られた隠し扉、その奥で目覚めるものの姿があった。子供のような小さな体、肩まで伸びた真っ白な髪、そして少しだけ褐色がかった肌。白く薄いワンピースを着たその姿は、一見普通の女の子に見えるが頭の上の左右から生えたツノが人間ではないことを示している。
「ふぁああ…よく寝たぁ…」
小さな隠し部屋の中央に置かれた石の棺桶。その中から眠い目をこすりながら一人の女の子が上半身を起こす。棺の蓋がドスンと音を立てて床に滑り落ちるが、少女は気に留める様子はない。
さて、2度寝と洒落込みますか、と少女が再び棺の中へ戻ろうとしたその時、彼女の頭の中に声が直接響いてきた。
(目覚めたか、我が愛しの娘さぁたん。)
「この声は…お父様?」
(ああそうだ、まずは落ち着いて聞いてくれ我が娘さぁたんよ。)
「あぁ!また私が買ってきてって言ってたうどん忘れたんでしょ!!」
(いや…そうではない…)
「もう!異世界から来た勇者が考案したって話題のうどんって食べ物!食べたいっていってたじゃない!また忘れるなんて!」
(だから、違っ…)
「もうお父様なんて大嫌い!さっさと勇者に討伐されるがいいわ!」
一瞬の沈黙の後、ささやくような声が聞こえた。
(された…)
「はい?」
(だからもう討伐された…)
「またまた、奥さんご冗談を」
(我は勇者に討伐されてしまったんじゃああああああああああああ!!!!!)
「ああああ!脳内で直接大声出すな! で、それマジ?」
(マジじゃ。)
さぁたんはその鬼気迫る声に父は嘘はついていないと考える。
「まぁ…魔王って大体倒されるものじゃない?私も覚悟はしてたっていうかー。
まぁ、その、なんだ…。 まあまあ強かったじゃん。おつかれ、お父様。」
(……さぁたんんんんんん!あとは頼んだぞおおおお!!!)
「うげぇ 泣いてんのかよ」
(うぅっ…我の魔王城と忠実な配下を残す。必ず世界を再び暗黒の時代へ!!)
それ以降声が直接聞こえてくることはなくなった。
それから暫く経った魔王城。崩れかけた王座にさぁたんはいた。
お父様がやっていたように足を組み、肘掛けに肘を載せて頬杖をつく。
「私が魔王かぁ。なんか実感わかないな。 お父様、私が助かるように封印かけてくれていたみたいだし。やけに快眠だとおもったら…」
かつての華やかな装飾品は見る影もない。天井も一部崩れており、月明かりが室内にスポットライトのように差し込んでいる。
「そういえば、配下を残すっていってたな」
さぁたんは、かつての父の行動を思い出す。
「そういえばこんな感じで言っていたっけ。…我が配下よ!集え!」
「お呼びでしょうか」
さぁたんが招集をかけると、間髪入れず目の前に人影が跪いた。
「あれ?もしかしてヒーシァ?久しぶりね」
「お久しぶりです、お嬢様、いえ、魔王様」
ヒーシァと呼ばれた彼女は元魔王の秘書のような存在であり、さぁたんに残された配下の一人であった。灰色の髪を後ろで束ね、さぁたんより濃い褐色の肌をした彼女はメイド服をイメージする服装に身を包んでいる。彼女はダークエルフと呼ばれる種族らしい。
「ところでヒーシァ、他の配下たちはやられてしまったの?」
かつてはヒーシァの他にも沢山の配下がいたはずだ。元魔王が集合の号令をだすと、もっと大勢集まっていたのをさぁたんは見たことがあった。
「いえ、いるにはいるのですが…」
「どうしたの、教えて頂戴」
「それが、他の方々は街へ行ったまま戻ってこないのです…」
気まずそうに答えるヒーシァ。そしてこう続ける。
「前魔王様が倒されてから、実は100年が経過しております。」
「えっまじで?」
一晩眠っただけだと思っていたさぁたんは、その言葉に驚きを隠せない。
「前魔王様が魔王様に掛けた封印は時間凍結に近い術式であったと思われます。」
「なるほど、まあ、ヒーシァはこんなことで嘘をつくとは思っていないから信じるわ」
「ありがとうございます」
さぁたんは周りをよく見渡す。確かに崩れた外壁は苔に覆われていたり、花を咲かせていたり、時間の経過を感じさせる。
「時間の経過は理解したわ。で、それと他の配下が街から戻ってこないことと、どう関係があるわけ?」
「説明いたします…」
ヒーシァが言うにはこうだ。
魔王が討伐されたあと、しばらく平和な世界が続いたらしい。
異世界からきた勇者達はその役目を終え、元いた世界の娯楽を世界中伝えた。
料理、音楽、技術… どれもこの世界の人間が考えたこともないような物であり、その斬新さからあっというまに世界中に異世界の娯楽が広まった。
何度も街を視察に行っていた他の配下達は、ついにはその誘惑を断ち切ることができず、魔王城を捨てて人間の世界で暮らしていくことを選んだらしい。
「なによそれ!酷い話だわ!!」
「ええ、まったくです。魔王様、他の配下などもう忘れて…」
「街へ行くわよヒーシァ!」
「えっ?」
「私だけ置いてけぼりなんて酷いじゃない!異世界文化を独り占めなんてずるいわ!私も全部楽しんでやるんだから!」
そっちかーい!と心の中でツッコむヒーシァ。
「お父様に頼んでいたうどんという食べ物も食べることができるかもしれないわ!さあ、今すぐ出るわよ!」
さぁたんは王座から飛び降りると王の間側面のバルコニーへと急ぐ。
「魔王様!一つ言っておくことがあります!」
今にも外へ飛び出そうとするさぁたんをヒーシァは必死で止めた。
「なにヒーシァ、邪魔する気!?」
「いえ、 魔王様がこの魔王城を出た瞬間、魔王様は絶命します。」
「はい?」
新たに魔王となった魔族の少女さぁたん。
しかし彼女が魔王城を出た瞬間、彼女は死んでしまう!?
それはなぜなのか!?
そして彼女が異世界文化を堪能できる時は果たして訪れるのか・・・?
本編へ続く・・・。
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