根を編むひとびと 手のかさなり

鹿紙 路

第1話

 豊かに波をたたえた海、太陽を望んでひたひたと寄せて、朝を待っている。夜明け。海の向こうのすぐちかくの島々は、こんもりとふくらみ、山々に赤い光が映えている。立ちのぼるもやも薄紅色に光り、遠くの山並みを輝かせる。鳥が鳴き交わす。さけび、歌い、ふくふくとさえずり笑い、まぜっかえし、起きて起きてとわたしを呼ぶ。

 レット。

 母さんが呼んでいる。わたしはぱちりと目を開け、蚊帳を出て炉端の母さんのほうへ行く。差し出された盥の水で顔を洗い、甘く炊いた餅米を食べる。マンゴーの皮をナイフで剥き、妹に切り分けてあげる。妹は二歳。兄さんは豚に餌をやりに行き、姉さんは古布を裂いた糸を袋に詰めて、鉈を洗い、畑に行く準備をしている。

 豆をつぶす臼を杵で突いて、母さんがみんなを呼ぶ。朝食が終わってみんなが炉辺にはいつくばり、額を床につける。

 精霊がきょうも家族を守ってくれるように、母さんが祈りを唱える。みなもそれを繰り返す。

 姉さんについて家を出る。谷間の村から、尾根をいくつも越え、二時間かけて今年の畑に行く。姉さんは、額にかけて背中に垂らす袋から出ている、古布の糸を棒針を操って編む。新しい袋、丈夫な袋をつくるのだ。わたしはまだちいさく、そうする余裕もなく、息を弾ませながら、姉さんについて行く。

 涼しいうちに畑で鍬返しをする。男も女も鍬を持って、鳥たちのように羽虫やセミのようにいろいろな高さの声で歌いながら、土を掘り返し、土に呼吸させる。


 さあ出ておいで、出ておいで

 精霊たち、また歌って

 わたしたちの稲を守って

 稲の根を遠くへ連れて行って

 稲の食べ物をあげて 水をあげて

 たわわな穂をつけさせて


 ミミズが出てくる。ちいさなトビムシやダニも、驚いて飛び跳ねる。みんなはそれを見て笑う。ようこそ、ようこそ、このカイの地へ。たくさん露を飲んで、たくさん息を吸って。おおきくおおきくなってください。ちいさな虫たち、モグラやリス、それに地を覆っていたカビや地のふかくまで菌糸を張っていたキノコ、色とりどりの花を咲かせる草の根に、鍬で脅かしたことを詫びながら、わたしたちはどんどん畑を作り出す。

 休憩よ!

 女首の声に、みなが歓声を上げる。水やココナツの汁を飲み、そこらになっている実をもいで食べ、捕まえたネズミを炙り、やわらかい葉を摘んで煮て、魚醤をつけて食べる。ネズミのちいさな骨をしゃぶったあとに放ると、犬がすぐにとびついてくわえていく。

 そうやって、日がかげるまで働く。毎日、毎日、夜は疲れ果ててすぐに寝てしまう。陸稲の籾を蒔いたら、硬いてのひらを使って雑草を抜く。ほかの野菜を育てる。山のなかの罠を回って、イノシシがかかっていないか見て回る。スコールのなか、つるつる滑る山道をたどって村に帰る。川で魚を穫る。半日ほどかかる村の海で穫ってきた魚や貝と米を交換する。

 そうやって日々が過ぎる。そうやってわたしはおおきくなるのだと、思っていた。そういう年が、毎年毎年続いて、編み針を使えるようになる日が来て、姉さんみたいに成年の祝いを受けて、ずっとこの村で暮らすのだと。母さんみたいに機を織って、兄さんのように川魚を穫る罠を作るのだと。

 でも、海の向こうの島の、そのまた向こうのおおきな火山が噴火して、みんな焼け死んでしまった。なんどもなんども大きな地震が起き、家は壊れて、風は鼻を刺すような異臭がし、山々は燃えさかり、空を黒雲が覆い、息苦しくなる灰がいつも降ってきて、海辺の村の人間がわたしを舟に乗せた。わたしだけが、あの村の生き残りだ。舟はたくさんのひとをぎゅうぎゅうに乗せて、おおきな海に出て行く。一緒に乗っていたひとが言う、首府の飛行艇が、わたしたちを救いに来ると。火山の連なる島々の向こう、広い平地の広がるおおきなおおきな島の端に、この世を統べる都があって、空を飛ぶ乗り物を使って、わたしたちを助けに来ると。信じられなかった。けれど、おおきなうなり声をあげて、その翼の動かない乗り物はやってきて、海に降り立った。

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