DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「魔石」

藤乃宮 雅之

第1話


 四月最後の日。

 鴻池駅からも良く見える御影石製の大鳥居の前を横切って黒いスポーツセダンが走っていた。

 大鳥居を見ながら西に向かう。

 道は丘を上る傾斜になり、右手側に小道への分岐が現れた。

 『←源綴宮 参拝者 駐車場』と彫り込まれた御影石の柱の横を通って小道に入る。

 舗装はされているがすぐに小道はものすごい傾斜になり、チェンジを「LOW」に入れてアクセルを踏み込む。

「やれやれ。毎回のことながら、この道は怖いね。」

 運転席で、長い黒髪を後ろで束ねた細身の青年、禎茂保昌(よししげ やすまさ)は苦笑いを浮かべた。

 駐車場に乗り入れた保昌は車から降りて、黒いジャケットを羽織った。

 窓を鏡にして身なりを整えた時、装着していたハーネスタイプの携帯ホルスターの中でスマートフォンが着信を知らせた。

画面には『赤磐警部』と表示されている。

「はい、禎茂です。」

『おお、禎茂くん。折り入って頼みたいことがある。』

「どうしたんですか? いつになくしおらしいですね。悪い物でも食べましたか?」

『さっそくご挨拶だな。俺個人としても警察としても、あまり部外者は挟みたくないんだが、今回は事態が事態なんでな。お前さんの得意分野の力を頼みたい。』

「『俺はオカルトかぶれなんか信用せん。』と散々言ってたヒトが珍しいですね。どうしたんです?」

『学生が溶けたんだよ。半溶けだ。』

「うん? 隠語か何かですか?」

『いや、言葉通りだ。こっちも訳がわからん。通行中の人間がいきなり溶けたんだ。しかもこれで二人目だ。ホトケさんの財布の中の学生証からすると、玄磐教育大の学生らしい。化学兵器や生物兵器の可能性も捨てきれないんでな、規制線を張って科捜研の連中も加えた特務班を投入している。』

「興味深いですね。とにかくそちらに向かいます。東署で良いですか?」

『いや、今回は現場に来て欲しい。玄磐市の住宅街の外れだ。メモは良いか?』

「はい。録音モードにしましたから、そのまま言ってください。」

『解った。場所は玄磐市三笠町・・・・』


 保昌は話を終えてジャケットを助手席に置くと、再び車に乗り込んだ。

「ショウケラ、居るかい?」

『若、お傍に。』

 フロントガラスに10センチぐらいのヤモリがちょろりと顔を覗かせると、保昌の頭の中に子供のような甲高い声が響いた。

「妖が絡んだと思われる事件が起きた。場所は玄磐市三笠町の倉田駅に向かう道・・・。今、警察が規制線張って騒いでいるトコロだ。移動に僕は30分ぐらいかかりそうだから、先に行って情報を集めていてくれないか。人が溶かされて殺されたらしい。」

『ほう? 溶かしただけで肉は喰っておらんのですな。では、お先に。』

「ああ、頼むよ。」

 ヤモリがひょいと顔を引っ込めると、車の天井からぽんっと何かが跳び立つような音が聞こえた。

「・・・ふう。化け猫騒動に崇弘の助力を頼もうと思って来たが、また今度だな。」

 保昌は『お帰りの方はこちらから→』の看板に従って車を発進させた。

 下りの道も、またものすごい急斜面が待っていた。

 

 五月四日のみどりの日。

 鴻池市近辺エリアの「文化交流教育地区」提携高校の体育部『交流戦』が県立競技場で開催された。

 程よい曇り具合で、屋外球技や応援団にとっては良いコンディションである。

 このイベントは高校進学で離れた旧友達との再会の場にもなっていて、運動施設だけではなく、休憩所や食堂も同窓会的なノリで賑わっている。


 高校の行事と言う事なので、この会場に来る学生達は制服着用で来場が義務付けられている。

 何か問題行動が起きないように、また、起きてしまっても当事者の学校での話が付けやすいようにとの取り決めである。


 紺色ブレザーの制服が多い中、西崎高校の男子詰襟学生服とデザイン性の高い明芳学園高校のグレーのナポレオンカラースタイルの男子・ノーカラージャケットにセーラーブラウスの女子は良く目立っていた。

 明芳学園高校のグレーの制服を着た女の子二人が広い県立競技場の中をぽてぽて歩いていた。

「今日、曇ってるから良いけどさ、快晴だったらこのジャケット暑いよね。」

 黒髪をポニーテールにまとめた女の子、小林椎名(こばやし しいな)はノーカラージャケットの胸元を軽くぱたぱたさせた。

「今週の火曜日ぐらいからジャケット脱いでる子も多いよね。衣替えまで暑さキビしそうね。」

 隣を歩く栗色のロングヘアの女の子、有松美幸(ありまつ みゆき)はジャケットの裾を軽く持ち上げた。

 競技場の木立ちの間を涼風が通り抜け、二人のグレー地に赤のチェック柄の入ったプリーツスカートが揺れた。


 ちなみに、明芳学園高校の制服には「学年色」なるものが設定されていて、今年度入学した一年生には赤が割り当てられ、二年生は青、三年生は緑と この赤→青→緑→の順番で、新入生が入学する度に色がローテーションされる。

 学年色はスカートの柄はもちろん、ボタン・ネクタイ・リボン・セーラーカラーのライン・体操服の色にも及び、一目で学年が判る仕様になっている。


 また大量の「地色」の生地に「小ロットの刺し色展開」で織布生産出来るので学生服業界としても大変ありがたい仕様になっている。


 「第一球技場」と金色の箱文字で掲げられたベージュ色の体育館に二人は向かう。

 お目当ての試合目的に開会式の後から観戦しに来る学生も多く、体育館入り口には紺色の集団が渋滞していた。

 一階の正面のアクリルの扉越しに濃紺に黄色のリブのユニフォームの選手が、バスケットゴールにシュートを放っている姿が見えた。

 体育館一階は関係者や選手専用なので、観客達は二階へと上がる。

 床をシューズがきゅっきゅと擦る音、ドリブルの衝撃音、ホイッスルと歓声、そして拍手が聞こえて来た。

 二階のテラス席に出た美幸と椎名は、観覧席の前の方に歩いて行った。

 現在試合をしているコートの後方で、赤をベースカラーにした明芳学園高校女子バスケットボールチームがストレッチやウォーミングアップ運動をしている。

 長身の選手の中に混じって一際(ひときわ)体格の小さなショートヘアの女の子が屈伸運動と腿上げ運動を行っていた。


 一通りのアップ運動を終えた彼女、吉田香澄(よしだ かすみ)はう~んと大きく伸びをした。

 ひょいと顔を上げた香澄は二階のテラス席に美幸の姿を見つけて手を振った。

「やっほ。」

 美幸はにっこりと笑って手を振り返す。

 その隣で椎名はちょっと複雑な表情をして美幸を眺めた。

「ねえ、美幸。」

「なに? 椎名。」

「ホントに友達になったんだね、吉田さん。」

「うん。そうだよ、ほぼ毎日LINEしてるし。」

「なんか、さあ・・・」

 椎名はちょっと口ごもった。

「言いたいことは分かるよ。片思いの『三角関係』の一辺がそんなんで良いのかってコトでしょ?」

 美幸は軽く両手を組んで、椎名を見つめた。

「う・・・ん。まぁ、美幸と吉田さんがそれで良いんなら構わないって言えばそうなんだけど・・・」

 椎名は歯切れ悪く呟いて、美幸を上目遣いに見た。

「椎名、まだ心配してるの? 香澄ちゃん人間的にも悪い子じゃないし、これでも結構気が合ってたりするんだから。」

「そういう風に油断させておいて、ノコギリとか出刃包丁とかで・・・」

「椎名、あのアニメ見過ぎだって。」


 ピリオド(試合時間)を告げるホイッスルが鳴り、コートでプレイしていた選手たちがセンターへ並ぶ。

 緑のユニフォームのチーム側に主審の手が上がりホイッスルが鳴った。

 両チームが礼と握手を交わし、モップを担いだコートマンたちが試合会場を清掃して行く。

 一階フロアで『次、がんばるね』のゼスチャーをする香澄に、美幸は親指を立てて答えた。

 一通り清掃が終わり、審判員も交代したコート横で次の試合の各チームが円陣を組む。

 液晶のスコアボードに「葛山(かつやま)ラビッツX明芳ウイングス」が表示された。


 開始のホーンが鳴り、円陣から気合の声が上がる。

 レギュラー先発メンバーの五名が走り出てセンターへ並ぶ。

 背の高い選手たちの中で、155センチの香澄は一層小さく見えた。


 センタージャンプで試合が始まる。

 ボールを叩き落とした明芳の選手がパスを繋ぐ。

 葛山の選手がカットしてその振り向きざま、右後ろから香澄がボールを奪った。

 あっという間に敵ゴールへと迫り、ディフェンスの横をすり抜けて相手選手の腰の高さをふわりと跳んだ。

 バスケットの中にボールを置くようにポイと投げ入れ、ゴールから落ちたそのボールがタンッと言う音を響かせた。


 開始五秒ぐらいの出来事に一瞬静まり返った場内。


 ゴールのホイッスルで気が付いた観衆は、歓声と拍手を送った。

 その中、チームメイトに肩を叩かれ健闘を称えられる香澄は満面の笑みを浮かべた。

「吉田さん、すごい。」

「ホント。あんなに跳べるんだ。」

 椎名と美幸が感心する中、試合は明芳チームの優位に進んで行った。

 香澄の動きを警戒し過ぎる葛山は明芳のプレイの後手に回る場面が多く目立つ。

 香澄の攻撃と陽動を使い分ける明芳が着実に相手側を翻弄して行く。


 ホイッスルが鳴り、スコア18対42。

 明芳ウイングスの圧勝に終わった。


 香澄は知り合いのギャラリーに手を振って行く。

 美幸と目が合って、お互い手を振り合った。

「それじゃ、椎名行こう。」

「え? 最後まで観ないの?」

 椎名は驚いて目を見開いた。

「香澄ちゃんには昨日LINEしたの。最初の香澄ちゃんの試合観たら皆本くんの方に応援に行くって。」

「え、そうなの? 吉田さん何て?」

「早いうちに皆本くんが負けちゃったらバスケ会場に観に来るって言ってたから、そうならないようにしっかり応援してやってくれって。」

 美幸は嬉しそうに目を細めた。

「美幸さ。」

「うん?」

「やっぱり懐柔されてんじゃない?」

「うふふ。そうかも。」

 心配そうな椎名とは対照的に美幸はにこやかに微笑んだ。

「えっと、空手は『第三闘技場』よね。どっちだったかしら?」

「ここから東の方。茶色の外壁の瓦葺きの建物よ。案内してあげるからついて来て。」

「はい、ナビゲーターさんお願い。」

 美幸はにっこりと笑って椎名に続いた。

 

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