第95話 Aランク冒険者の実力
名前「クライン」→「クラトス」に変更・統一しました
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「この、杖を……使って、ください」
なにを馬鹿な、とティアは少年の申し入れを一蹴しようとした。
ティアが手にしている自前の杖は、ミスリル製の最高級品だ。
これを超える杖を、少年が持っているとは考えられなかった。
だが杖をしっかりその目で捕らえた瞬間、気が変わった。
「……良いのですか?」
「あなた以外に、適切な人がいません」
「私がこれを盗むかもしれませんよ?」
「それなら、〝そこまでだった〟って、諦めます」
少年の物言いに、ティアはカチンと来た。
彼の言う『そこまでだった』とは、彼自身の見る目についてだ。
しかしティアには『その程度の女だった』と言っているように聞こえてしまった。
長命種らしく高いプライドが、激しく刺激された。
「良いでしょう。その杖がどの程度のものか、私が直々に試してあげます」
「あ……ありがとうございます」
ティアはむっつりとしながらも、少年から杖を借り受ける。
杖を手にした瞬間、ティアは全身に鳥肌が立った。
(なに……この杖……!?)
ティアが持っている、市場における最高級品よりも、遥かに魔力増幅力が高い。
ミスリルの杖が増幅力二倍ならば、この杖は四倍……あるいは五倍は増幅されるかもしれない。
それを、ティアは手にした瞬間に理解した。
(この杖があれば……)
――魔物を残さず駆逐出来るかもしれない。
思い描いた未来に、ティアの唇がつり上がる。
「ふふ……ふふふ……」
ティアは笑いながら体内で魔力を練り上げ、自らのありったけを杖に注ぎ込んだ。
すると、杖の先端に取り付けられた宝石が、まばゆいほどの発光を始めた。
この宝石こそが、魔力増幅の核になっているのだ。
特技・魔力倍加を重ね掛ける。
さらに特技・二重詠唱を行い、一度の魔術発動に、もう一回分を上乗せする。
どれほど魔力を込めても、杖はどこまでもティアの魔力を受け入れてくれた。
杖でティアの魔力が、激しくうねる。
触れれただけで肉体が分解されそうなほど、濃密な魔力が宝石の内部で胎動する。
「うふふふ……」
これまで感じたことのない、大規模攻撃魔術の可能性を感じ、ティアは笑った。
――一方その頃、下で直接狩りを行っていたクラトスは、
「……やべっ」
これまで感じたことがない規模の魔力を感じて、顔色を変えた。
この魔力がティアのものであることは、何度も魔術攻撃を浴びせられ続けたクラトスだからわかる。
クラトスは戦闘中だというのに、振り返って外壁の上を見た。
そして、クラトスは見た。
外壁の上で高笑いしながら、魔力をグイグイ杖に注ぎ続ける悪魔(ティア)の姿を……。
途端に、クラトスの体中からぶわっと冷たい汗が噴き出した。
「やばい、やばい、やばい、やばい!!」
周りを囲んだ魔物を、クラトスは千刃で切り刻む。
それとほぼ同時に、全力でクロノスに向かって走り出した。
「みんな逃げろっ!! 火力馬鹿がやべぇのぶっ放すぞおおおお!!!!」
もうすぐSランクと目されている、Aランクのクラトスが顔色を変えて逃げ出した。
この事態に、同じように地上に降り立ち戦闘を繰り広げていた冒険者たちが動揺した。
一人、また一人と粟を食って逃げ出していく。
ほぼすべての冒険者が逃げ出した頃。
「さあ、咲き誇りなさい。〝ブルームプロージョン〟!」
Aランクの魔術士ティアが、魔力を注げるだけすべて注いだ最上級魔術が炸裂。
魔物が埋め尽くした平原に、業火の花を大量に咲かせた。
自己最大規模の花を眺めたティアはうっとりした表情を浮かべながら、背中から倒れ込んだ。
「ああ……気持ちいぃ……」
その言葉を最後に、魔力欠乏でダウンしたのだった。
ティアの爆裂魔術が炸裂した後の大地は、見るも無惨な状態に成り果てていた。
ところどころ、ぐつぐつと大地が煮えたぎっている。
うっかり赤くなった大地を踏み込めば、足まで解け落ちてしまうだろう。
「ひでぇ……」
その惨状を見て、クラトスは冷や汗が止まらなかった。
もしティアが魔術を放つ兆候を捕らえていなければ、クラトスはいまごろ平原に散らばっている炭化した魔物の仲間入りをしていたのだ。
まったく、笑えない。
「あんの火力馬鹿。やり過ぎだっての……!」
辛うじて生き残っている魔物にとどめを刺しながら、クラトスは森に向かって歩いて行く。
魔物は森からあふれ出てきた。
その原因が、森にあるだろうとクラトスは予測している。
実際、森の中からは肌がひりつくほどの強い気配が感じられる。
クラトスが構えながら、ゆったりと森へと近づいていく。
「ほら、出て来いよ」
体に覇気を纏わせながら、強い殺気を飛ばす。
すると、クラトスの存在感と殺気に反応したか、森の中から巨大な魔物が姿を現わした。
建物二つ分はあろうかという巨大な魔物は、亀のような見た目をしていた。
「んあ、アースドラゴン? ……いいや、ちげぇな。ありゃ、特殊個体か」
現われた魔物は、地下50階に生息している、アースドラゴンに似ていた。
しかし、微妙に体表面の作りが異なっている。
大きく違うのは、尻尾だ。
アースドラゴンの尻尾はかなり長い。
だがこの個体の尻尾は、体の半分程度もなかった。
魔物を沢山生み出すのに、長い尻尾が邪魔だったのか。
「……まっ、なんでもいっか」
あれを倒せば、スタンピードが終了する。
その確信を持って、クラトスはドラゴンに接近した。
瞬き一つ。
五百メートルの距離が消えた。
クラトスの動きを、ドラゴンが見失う。
きょろきょろと辺りを見回すドラゴンの頭の上で、
「じゃあな」
クラトスは大剣を振り下ろした。
「死ぬまで切り裂け――千刃〝連閃〟!」
一度振り下ろした大剣から、幾千もの刃が重なった。
縦に連なった千刃が、ドラゴンの首を切り裂いた。
一度目は刃が食い込み、二度目はさらに食い込み、三度目で僅かな傷が付く。
そこから徐々に傷を広げ、百度目でドラゴンの首が落下した。
0,1秒にも満たない刹那の間に、クラトスは百もの斬撃をドラゴンに見舞ったのだった。
ドラゴンは決して弱い魔物ではない。
最低でもAランク上位。個体によってはSランクに位置する、最強の魔物の一角である。
もしこの個体がクロノスを襲えば、冒険者のほとんどがドラゴンを食い止めることが出来ず、万を超える者達が被害を受けたに違いない。
しかし、そんなドラゴンでさえ、クラトスの前では赤子同然だった。
それほどこのクラトスが、強すぎるのだ。
Sランク目前という噂は、伊達ではない。
「……よしっ、帰るか」
Aランクの魔物を倒したというのに、クラトスはまるでネズミを捕らえた猫のような足取りで、ドラゴンの首を抱えてクロノスへと戻っていくのだった。
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