第94話 咲き誇る千の華火

>>できうる限り大量の魔物を討伐せよ(2871)


「うおっ!? お前、異空庫持ちだったのか」

「はい」

「うへぇ。こりゃひとたまりもねぇな」


 下を見下ろしたテミスが顔を引きつらせた。

 瓦礫に巻き込まれた魔物の行く末を想像してしまったのかもしれない。


「次は、あっちにお願いします」

「おおよ」


 迅速に魔物を倒したいが、下で戦う冒険者を巻き込んではいけない。

 優斗は慌てず空間を把握しながら、テミスに指示を出す。


 移動した先々で、瓦礫を落下させていく。


 瓦礫はほとんどが石材だ。

 その重さだけで、外壁に張り付いた魔物がほとんど潰され死んでいく。

 中には砕け散った破片を食らって、斃れる魔物もいた。


>>できうる限り大量の魔物を討伐せよ(3005)


「くっ……」

「どうした?」

「……収納していた瓦礫がなくなりました」


 瓦礫を排出し続けた優斗が、空になったインベントリを見て顔を歪めた。

 これでまた、優斗は攻撃手段を失った。


(どうする……どうすれば良い……!?)


 必死に頭を働かせていた、その時だった。

 優斗の視界を、真っ赤な炎が埋め尽くした。


 ――ズ…………ゥン!!


 魔物の群れの中央に、真っ赤な炎の花が咲いた。

 その花はアッという間に開ききり、地上に何枚もの花びらを落とした。

 その花びらが、残った魔物を焼き尽くす。


「ここまで、よく持ちこたえましたね。感謝します」


 気がつくと、優斗から五メートルほど離れた場所に、美しい女性が佇んでいた。

 長い髪の毛が風に揺れる。深緑色のローブを身に纏い、ミスリルの杖を手にした、魔術士の女性だ。

 その女性のとがった耳が、ピコピコと揺れた。


 その女性の風貌。そして現在の魔術。

 これらの情報から、優斗はとある魔術士の名を導き出した。


「Aランク冒険者、紅華(こうか)のティアさん」


 優斗の呟きに同意するように、ティアが顎を引いた。


「市中の魔物は、全部私たちが対処しました。内憂を排除出来たので、これからは外憂に当たります」


 そう言って、ティアが妖艶に微笑んだ。

 その微笑みに、優斗の背筋が粟だった。


 彼女の微笑みには、Aランク冒険者独特の圧があった。

 まるでクラトスと対峙したときのような、〝決して手の届かない高みにある〟と感じさせるほどの雰囲気だった。


(そういえば、ティアさんのパーティメンバーって……)


「ほら、来ましたよ。血気盛んな子どもが」


 ティアが真横を指差した。

 そこには、まるで湖にダイブするかのような気安さで、塀の上から魔物の中に飛び込むクラトスの姿があった。


「――ク、クラトスさん!?」


 ひゃっほーう! と声を上げて飛び降りたクラトスが、魔物の群れの中に消える。

 危ない。

 そう思った優斗だったが、次の瞬間にはその考えを百八十度変更した。


 クラトスが降り立った場所。半径十メートルほどにいた魔物が、一斉に崩れ落ちた。


 すべての魔物が、細かく切り刻まれている。

 クラトスが千刃による攻撃を行ったのだ。


「……すごい」


 ――これが、Aランクの実力。

 たった一瞬で大量の魔物を倒したクラトスを見て、優斗は呆けることしか出来なかった。



「さて、私も与えられた仕事をしましょう」


 気だるげに呟いて、ティアは魔力を練り上げる。

 用いる魔術は〝フレアバースト〟。炎系の最上位に位置する魔術である。


 ただしティアはこの魔術を、長い年月をかけて自分用にアレンジしていた。


 人間より長く生きる、エルフだからこそ出来るオリジナル魔術の改変。

 ――<|咲き誇る千の華火(ブルームプロージヨン)>


 この魔術と、美麗な容姿が相まって、ティアは紅華という二つ名で呼ばれるようになった。


「……ブルームプロージョン」


 通常は一撃必殺の魔術が、魔物の波に呑み込まれた。

 その様子に、ティアは流麗な眉を歪めた。


 魔物の数が多すぎる。


(魔力欠乏でダウンしている少年が大きく削ったはずなのに、ちっとも減りませんね……。これは、特別な魔物がいそうです)


 ティアが考える特別な魔物とは、魔物を生み出す魔物だ。

 そのような魔物の存在を、長命のエルフたるティアは知らない。


 しかし、そういう魔物がいると想定した方が、納得出来る状況である。


(さて、どうしましょうか……)


 いくらAランクの魔術士であろうとも、この大量の魔物をすべて葬るには魔力が足りない。

 下では仲間のクラトスが魔物を駆逐しているが、こうも数が多いといずれクラトスも魔物の波に呑み込まれてしまう。


(せめて、魔物を生み出す魔物を発見出来れば良いのですけど……)


 ティアが悩んでいた、その時だった。

 ティアの視界に、すっと一本の杖が入り込んだ。


 杖を差しだしたのは、少年だった。

 青白い顔をして、口に血の跡がある少年が、震えながら自前の杖を差しだしている。


 震えているのは、杖を掲げることさえ精一杯なのだ。


「……なにか?」

「この、杖を……使って、ください」

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