第65話 職業による身体変化

 結局、優斗は1日で七千回の素振りをクリアすることが出来なかった。

 それもそのはず。

 アップデートされたクエストは週間(ウィークリー)タイプなのだ。

 一日でクリア出来る難易度ではない。


 とはいえ、頑張れば一日でクリア出来そうではある。

 だが、クリアしようと思えば、優斗はそれにかかりきりになってしまう。

 片手間ではクリア出来ない。


 それでは、〝ウィークリー〟の意味がない。

 トレーニングは毎日少しずつでも、続けることに意味があるのだ。


 さておき、翌日。

 一晩眠って疲れが抜けた優斗は、朝一番にランニングを行った。


 昨日の素振りで、優斗は理解した。

 レベルやスキルに頼り切りになっていては、いずれ壁にぶち当たる。


 基本となる身体能力を高めるためにも、優斗は基礎鍛錬だけは続けて行こうと考えた。


 一年間毎日たった500メートル歩くだけで、巨大な迷宮都市クロノスを一周出来る。

 たった一年で、歩いた者と歩かない者の間に、それだけの差が生まれる。

 何事も、地道な積み重ねが大切なのだ。


 ランニングが終わったあと、優斗はエリスとダナンの二人と合流し、ベースダンジョンの16階に降り立った。


「それじゃあ、少しずつ進んでいこう」

「了解」

「わかりました、です」


 15階はまだまだDランクの領域だ。

 緊張するほどでもないが、かといって油断してはいけない。


 優斗は先行するダナンの後ろ姿を眺めながら、スキルボードを取り出す。


(これでよしっ、と)


 パーティ結成画面で、ダナンをパーティメンバーに追加する。

 これでダナンが攻撃を加えない戦闘でも、ダナンに経験値が届くようになった。


「あのぅ、ユートさん」

「ん、どうしたの?」

「……どうして、わたしはピノと一緒なんです?」


 エリスが不服そうな表情を浮かべて、目だけで上を見た。

 彼女の頭上には、優斗の従魔であるピノが堂々とした姿で居座っていた。


「(~~♪)」


 ピノの思念が、テイムスキルを通じて優斗の頭に流れ込む。

 どうやらピノはエリスの頭上が気に入っているようだ。


「エリスを守るってさ」

「むぅ……」


 むすっとエリスが唇を突き出した。

 以前エリスは、カオススライム戦でピノに救われている。

 その経験があるため、反論出来ないのだ。


「せ、せめて鞄の中に入ってほしい、です」

「(……♪)」

「頭の上が良いみたい」


 不満顔のエリスに、優斗は苦笑を浮かべる。


 全体を見回せる位置にいることで、不意の攻撃に対処出来る。

 ピノはピノなりに、エリスを守ろうとしてくれているのだ。


 ピノはここ一週間ほどの狩りで、かなりレベルが上がっている。

 Dランクの魔物が相手ならば、物理的なダメージはほとんど弾いてしまえるほどだ。

 ピノはただのスライムから、エリス専属の優秀な盾役にまで成長したのだった。


「ユート、エリス。来たぞ」


 ダナンの声と共に、前方から魔物が現われた。

 現われた魔物は、全長1メートルほどの蜘蛛――イビルスパイダーだ。


「――ぴゃっ!?」


 優斗の後ろで、エリスが小さく跳ね上がった。

 エリスの異変には気づかず、優斗はすっと右足を前にすり出した。


 次の瞬間、全力で跳躍。

 空中で抜刀。

 すれ違いざまに一閃。


 優斗が通り抜けた後、蜘蛛の胴体が真っ二つに泣き別れた。

 剣を前に掲げた態勢で、優斗は残心する。


(……すごい。レベルやスキルは上がってないのに、体の動きがワンランク上がってる)


 職業に就いたことによるステータスの変化は、優斗の予想の遥か上だった。


 優斗の体感では、プラス補正がかかっているスキルは、軒並みスキルレベル+1くらいの差があるように感じられた。


(これは……冒険者にとって、かなり重要な項目なのかもしれない)


 ステータスの職業は間違いなく、冒険者の実力を大幅に底上げするものだった。

 そんなことを考えていた時だった。


「ユート、危ねぇ!」

「――おっ、と」


 ダナンの警告と同時に、優斗は横に跳躍。

 その直後、優斗が立っていた場所を、白い線が猛スピードで通り抜けた。

 ――蜘蛛の糸だ。


 先ほど切り裂いた蜘蛛が、まだ辛うじて生きていたのだ。

 とはいえ、現在の攻撃が最後だったようで、蜘蛛はずぶずぶとダンジョンの中に飲まれていった。


「……ふぅ」


 残心を解いて、優斗は納刀する。


「危なかったなユート」

「ええ。ダナンさん、警告ありがとうございます」


 魔物の中には、絶命の瞬間に最後の力を振り絞って反撃を行うものもいる。

 たとえ魔物をバラバラに斬り割いたとしても、確実に絶命したことがわかるまでは、気を抜いてはいけない。


(……うん、油断大敵だね)


 うっかり気を抜きそうになった優斗は、自らを戒める。


 ドロップした魔石を回収した優斗は、エリスの姿を探した。

 エリスは通路の隅で、蹲っていた。


 腕にピノを抱えて、カタカタと震えている。

 よほど強く抱きしめているのだろう、ピノが変形してしまっている。


 変形したピノが優斗の接近に気がつき、僅かに顔らしき面を向けた。


(…………)


 まるでため息を吐くような思念が、ピノから飛んで来た。

 どうにかしてくれと言うかのような、人間臭い思念に、優斗は思わず笑みを漏らす。


「エリス。戦闘は終わったよ」

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