生き返った冒険者のクエスト攻略生活【WEB版】

萩鵜アキ

第一部 最弱冒険者のリスタート

第一章 その想いは曲がらず折れず、分厚い壁を突き破る

第1話 プロローグ

 ダンジョンの広間の片隅で、優斗ゆうとは震えていた。


「はぁ……はぁ……」


 戦っているわけでもないのに、優斗の息は上がっていた。

 息が苦しい。

 極度の緊張感で、呼吸が浅くなっているのだ。


 優斗の視線の先では、仲間がたった一人で、広間の主と対峙している。


「ユートさん、逃げる、です……」

「……無理だ」


 優斗は首を振る。

 この魔物に出会った時点で、優斗たちの死は確定していたのだ。


 体中が岩石で作られた、生命ならざるモンスター。

 部屋の主は討伐難易度Bの、ミスリルゴーレムだった。


 もし優斗に力があれば、仲間とともに戦えた。

 だが、優斗には、力がない。


 冒険者になってから10年間、優斗は一切、レベルが上がらなかった。

 どれほど努力をしても無駄だった。


 冒険者ランクも、10年間Eのままだ。


 そんな人間がBランクの魔物と出会ってしまったのだ。

 もし戦いに参加したって、一瞬で死ぬのは目に見えている。


「こんなことになるなら、ダンジョンに飛び込まなきゃ良かった……」


 ガクガク震えながら、優斗は後悔を口にする。

 その時だった。


「ゆ、ユートさん!!」

「……?」


 一人震えていた優斗は、仲間の叫び声を聞き顔を上げた。

 すると、優斗の目と鼻の先に、ミスリルゴーレムがいた。


 ミスリルゴーレムが拳を振り上げ、いままさに、振り下ろさんとしていた。

 優斗を、殺すために。


「――ッ!!」


 優斗は悲鳴すら上げられなかった。


 ――死ぬ。

 その瞬間に、優斗が思ったのは、


『強くなりたかった』


 ――直後。

 優斗はミスリルゴーレムに殺されたのだった。


          ○


「――うわぁぁぁあっ!!」


 ぼろアパートの一室。

 悲鳴を上げながら、優斗は自室のベッドにて飛び起きた。


 窓から柔らかい日差しが入り込んでいる。

 今日も迷宮都市クロノスは良い天気だ。


「……え?」


 ベッドの上で、優斗は目を丸くする。

 自分の手を見つめ、手で顔をペタペタ触る。


「えっ……えっ……!?」


 体中を触るが、どこにもなんの異変はない。

 いつもの優斗の体だ。


「まさか、ここはあの世?」


 辺りを見回す。

 壁はボロボロだし、窓には隙間がある。

 ベッドは今にも壊れそうなほど歪んでいる。


 間違いない。

 ここは優斗が暮らしている、激安アパートの一室だ。


「あれ……僕は、死んだはずじゃ……?」


 優斗は、ミスリルゴーレムに叩き潰された。

 その感覚が、まだ優斗の体にしっかりと残っている。


 骨が砕け、肉が弾け、意識が消失する瞬間まで、優斗はありありと覚えていた。


 自らの死の瞬間を思い出した優斗は、体がガクガクと震えだした。


 ――もしかして、こちらが夢なのか?


 試しに自分の頬をつねってみる。


「……いはひ」


 痛かった。

 涙目になった優斗は確信する。

 間違いない。自分はまだ、生きている。


「じゃああれは、一体なんだったんだ……?」


 考えれば考えるほど、夢とは思えぬほどリアルは光景だった。


 迷宮都市クロノスには、ダンジョンが大きくわけて2種類ある。

 1つは、恒常的に出入り可能なベースダンジョン。

 もう1つが、鍵を使って一時的に作り出すインスタンスダンジョンだ。


 2つの違いは、ずっとそこにあるか、それとも一時的なものかどうかだ。


 ベースダンジョンは、あらゆるランクの魔物が出現する。

 浅い層では弱い魔物が。深い層では強い魔物が現われる。


 インスタンスダンジョンは、決められたランクの魔物が出現する。

 Cランクの鍵ならば、Cランクの魔物しか現われない。


 ――そのはずだった。


「一体、なにがあったんだ……?」


 優斗はじっくり、思い起こす。

 だが、死のインパクトが強すぎて、他の情報がうまく思い出せなかった。


「……荷物持ちとして、インスタンスダンジョンに入ったのかな?」


 優斗は自ら、Cランクという格上のダンジョンには挑戦しない。

 何故なら10年間も冒険者を続けているのに、1つもレベルが上がったことがない。最弱の冒険者だからだ。


 そんな奴が格上のダンジョンに入ったところで、死ぬだけである。


 考えられる可能性は、荷物持ちだ。

 ダンジョンを攻略するパーティに、荷物持ちとして随行した可能性が最も高い。


 Cランクパーティに声をかけられ、優斗は荷物持ちとして攻略に参加した。

 優斗はEランクの冒険者だ。その優斗がCランクパーティに誘われたのは、偏に労働力として安かったからに他ならない。


 賃金は安いが、優斗はベテラン冒険者だ。

 ダンジョンのイロハを熟知している。


(これでも10年間はダンジョン生活を送ってるからなあ……)


 ダンジョンの知識が豊富な冒険者を、低賃金で雇える。

 冒険者にとって、優斗は非常にお得な人材だった。


 ――戦闘要員として、使えないことに目を瞑れば、だが。


 優斗は8歳で冒険者になった。

 そこから10年間。ずっと特訓を続けてきた。


 ベースダンジョンに潜って、一番弱い魔物を何体も倒してきた。

 にも拘らず、普通は上昇するはずのレベルが、一切上がらなかった。


 おまけに長年特訓すれば得られるはずのスキルさえ、一つも手に入らなかった。

 ――ただの一つもだ!


『向いてないんだよ』

『命を落とす前に引退した方がいいんじゃないか?』


 周りの冒険者から、何度も引退を促されてきた。

 だが、優斗は冒険者を続けてきた。


 努力はいつか花開く。


 優斗はもう18歳だ。

 さすがに自らに英雄の資質がないことくらい、理解している。


 それでも、努力さえ続けていればいつかはレベルがあがる。いつかはスキルが手に入る。

 ここまで頑張ったのだから、体が動く限りは続けてやる。

 そう、半ば意固地になっていた。


 冒険者の目標は様々だ。

 名声を手に入れる。強い魔物を倒す。レアな装備を手に入れる。お宝を手に入れて億万長者になる。


 だが優斗の目標は、そのいずれとも違う。

『強くなる』

 それだけだった。


 たった1つレベルが上がるだけでいい。

 たった1つスキルを修得するだけでいい。


 そのためだけに、10年間、歯を食いしばって冒険者を続けてきた。


「……そろそろ潮時かもしれないな」


 優斗は肩を落として、ぽつりと呟いた。


 先ほどから自らが死んだ光景を思い出し続けているが、既に記憶が曖昧な部分がある。

 まず、自分を誘ったCランク冒険者の名前が思い出せない。


 最後までミスリルゴーレムの気を引き続けてきた少女のことさえ、さっぱり思い出せなかった。


 ――あれは、夢だったんだ。


 いま生きている以上、あれは夢だったのだと優斗は帰結した。

 その上で、この夢は自分への警告なのだと解釈する。


「いい加減にしないとこうなるぞって、神様が夢で警告してくれたのかもしれないな……」


 いくら強くなりたいからといって、優斗は死んで良いとは思っていない。

 冒険者の中には、戦闘中に死にたいと思っている戦闘狂もいる。

 だが優斗は違う。


 強くなるために、死ぬなんて馬鹿げている。

 大体、強くなる前に死ぬなんて、まっぴら御免である。


 優斗が冒険者生活を諦めかけた、その時だった。


EXエクストラクエストを達成しました』

『スキルボードが開放されました』


 突如、目の前に半透明の板が出現したのだった。

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