幽霊少女とブロガー少年の人探し記録

@tktwnsfmsn

成仏って自然にできないものですか?

 人が当たり前にできるのに、自分にはできないということ。あなたにも心当たりがないだろうか。どうしても靴下の片一方をなくしてしまうとか、大人になっても上手に箸を持てないだとか、同級生はみんな家庭を持っているのに自分には全くそんな兆しがないだとか。きちんとしたいのはやまやまだけれど、どうしてもできないこと。竹下ゆう子にとってはそれが「成仏」だった。

 あんまり自覚はないのだが、竹下ゆう子は死んでいる。

 思い出せる限りで一番古い記憶は今年の春だ。それより前のことは思い出そうとどれだけうんうん唸っても、何も思い浮かばない。ある日ふっと気がつくと、とある高校の校門の前にいた。何がどうしてそこにたどり着いたのか訳が分からずおろおろしたが、昇降口から出て来た生徒たちは不自然に突っ立っているゆう子に怪しむ素振りも見せずにどんどん通過していく。最初に感じた違和感はこれだ。生徒たちは三、四人で歩道いっぱいに広がってお喋りしながら歩いている。邪魔にならないように、それらの合間を縫ってなんとか端に移動すると、今度は自転車に乗った男子生徒がゆう子を避けようともせず立ち漕ぎしながら向かってきた。ぶつかる! 思わず目を瞑って腕を顔の前にやり衝撃に備えたが、感じたのは痛みではなく生温かく不気味に肌がぞわっとするような気持ち悪さだった。衝突ではなく、気味の悪い感触を伴って通過したのだ。

「うわっなんか今ぶるっときた」

 自分に言われているのだと思って顔を上げたが、ぶつかると思った自転車の生徒はゆう子には目もくれずに後ろから追ってきたもう一台の自転車の友達に向かって声を張り上げていた。

「幽霊が通ったんじゃない?」

「やめろって、俺そういう話マジ無理だから!」

 笑い声をあげながら、生徒たちはぐんぐん遠ざかって行った。そうしてゆう子はこの事態を徐々に理解していった。自分は幽霊で、普通の人に見えない存在なのだ。

 しかしそれが分かったところでこの後どうしたらいいのか全く何のアイディアも浮かばなかった。

 ただでさえ自分がどうして死んだのか、どうしてこの場所に立っているのか分からないというのに。

 しばらくそこでぼうぜんと突っ立っていると、ある異変に気が付いた。ほとんどの生徒が先ほどと同じように誰も目を合わさないのに、時々明らかにこちらを見ている女生徒がいる。

「私のこと、見えてる……?」

 もしかしたらと願いを込めて話しかけたが、その子はこちらを二度見した後そこから頑なにこちらを見てくれなくなった。

「ねぇ、助けて」

 懇願するように後ろから声をかけると、その子は競歩でもしているかのように早足になった。一緒に歩いていた子には事情が分からないようで、戸惑いながら聞いていた。

「えっどうしたの?」

「ちょっとトイレ行きたくなっちゃった! お願い、早く行こ?」

「学校戻る?」

「ううん、駅の方が新しくてキレイだからそっちがいいの!」

 女の子の必死な声を聞いて、自分が相手の立場だったらそれはとても怖いだろうと我に返った。

 成仏ってどうやってするんだっけ? それからしばらくは試行錯誤の日々。空の上に天国があるのかと思って浮遊してみたけれど、案外雲まですら遠くて疲れて諦めた。スカイツリーの頂上にすら行けないし、なんなら展望台の上までエレベーターで行けばよかった。お仲間さんに会いに墓地に行くとが生前の愚痴と自慢大会で、生前の記憶がない自分は話の輪に入りづらかった。なんとか聞き出した情報によると、大抵の幽霊は死後四十九日で自然にいなくなっていくという。その瞬間を見たことがあるという人によると、空間に突如現れる大きな光の空間にすっと吸い込まれて消えていくらしい。ただ、この世に未練がある者はそのことが解決しない限りこの世を彷徨い続けるという、恐ろしい噂も聞いた。

 竹下ゆう子という仮の名前をつけたのは、五十日以上が経った頃に出会った少年だった。自分はどうやら自然に成仏できるタイプの幽霊ではないらしいということが分かり、途方に暮れていた時だった。

「何してんの」

 背後から怪訝な声がして振り返ると、声をかけてきたのは色白で細身の、中学生くらいの少年だった。場所は一番初めに立っていた高校の、家庭科室や技術室などの特別教室がある別棟の裏手。やはりそこに何かあるのではないかと考えて、最近はよくこの学校で、人に見られないように物陰に潜んでいた。

「えっ」

 季節は梅雨。人に見られて気味悪がられるのが嫌で、その頃には人を避けて行動するのが習慣になっていた。

「あー、なんだあんたソッチの人か。不審者かと思った。新しめの地縛霊?」

 今まで生きている人に向けられてきた恐怖や憎悪の表情ではなく、どこか面倒くさそうで、でも全く怖がってはいなさそうな感じだった。

「あの……私って地縛霊なんですか?」

「知らないよ。あんたここで何してんの? わざわざここでうろうろしてる幽霊なんて、よほど学校生活に恨みのある元生徒かなんかでしょ。」

「そうなのでしょうか? 何も覚えていなくて、気が付いたらここにいたのでここになにかヒントがあるかと思って戻ってきたんです。」

「戻って来た? ってことは別の場所にも行けるんだ?」

「はい。最初は訳が分からなくて、色んなところに行きました。雲の上を目指して空を飛んだり、墓地とお寺巡りをしたり……、あと映画館にも行きました。」

 これだけの説明ではなんだか思いっきり幽霊生活を楽しんできたみたいで段々恥ずかしくなってきたのだが、少年の返事はそこには触れず、淡々としたものだった。

「ここから出られるなら地縛霊じゃないな。ってことは成仏待ち? ここは人が多い分視える人に騒がれやすいし、地縛霊のお局もいて面倒くさいし良いことないよ。お姉さん自分の家に帰んなよ。じゃあね。」

「あっ待って」

 この二ヶ月弱の間に話した幽霊の誰よりも事情を知っていそうだと思った。彼を行かせてしまったら、この先なんの手がかりも掴めなくなるような気がした。

「君は何で私を怖がらないの? 私はどう見えてる? 成仏の仕方を知ってるの?」

 一気にそれだけ質問すると、少年は首をかしげた。

「僕、小さい頃から視えるし話せる人なんで。お姉さんは高校生くらいに見える。自然に成仏できないタイプの人は自分で成仏しない理由を持ってるはずだから、それを解決できるまで成仏できない。あんた、どこの誰さん?」

「分からない。名前も、今までどこに住んでいたかも忘れて気が付いたらここの校門の前にいたの。その時は桜が咲いていたから、もう自然に成仏できる期間はすぎちゃったと思う。鏡に自分の顔も映らないし、私が視える人には怖がられるしでどうしたらいいか分からなくて……。私は、高校生くらいの姿をしてるように見えるの?」

「ふーん、珍しいタイプだな。」

 少年が何やら考えているのをじっと待っていると、校舎からチャイムの鳴る音がした。

「あ、ここじゃまずいな。人が来る。あんた、もう少し家で事情を聞かせてくんない?」

「いいけど、あなたはここの生徒より年が若く見えるけど、どうして高校の敷地内に入ってきてたの? 自分の学校に戻らなくていいの?」

「僕ここの隣の付属中学の二年だから、近道によく通るってだけ。今日はもう帰るからいい。ほら、周りから見ると僕一人で喋ってるやばいやつになっちゃうでしょ。詳しくは後で話す。えーっと、名前無いなら仮で……そうだな、竹下町に出た幽霊だから竹下ゆう子!」

 こうしてゆう子は、この幽霊に全く動じない沢井隆介という少年と行動を共にすることになったのだった。

 沢井少年は父親が院長をやっている個人病院と、自宅とが繋がっている大きな家に住んでいた。敷地内には生きている人間と、生きていない人間がまばらに行き来している。生活空間の中にこれだけ幽霊が浮遊していたら、なるほどゆう子に驚かないのも納得できる。

「ここ」

 沢井家の自宅側玄関は裏手にあった。鍵を開けて中に入っていく隆介の後にゆう子も続こうとすると、何もない空間にまるで見えない壁があるかのように額を硬い何かにゴンと打ち付けられ、それ以上先に進めなかった。

「痛っ! 隆介くん、入れない……!」

「ん? あ、そうか。忘れてた。」

 隆介が玄関の端と端に設置してあった盛り塩を片付けると何事もなかったかのように室内に入ることができるようになった。家の中は飾り気がなくこざっぱりしていて、生活に必要な最低限のものしか置いていないという感じだった。二階へ上がり、隆介の部屋に入っても同じで、机にノートパソコンが置いてあり、ベッドと本棚とクローゼットがあったが、余計なものが外に出ていない。

「で、本題だけど。ゆう子さんは成仏したいのにその方法が分からない。方法としては普通は未練に思っていることを解決するしかないはずだけど、記憶がないからそれが何なのか分からない……と。」

 ゆう子はうんうんと頷いた。

「じゃあ解決方法は二つだ。ゆう子さんの本当の名前や素性を探り出し、記憶を呼び戻す手がかりを見つける。もしくは、記憶が戻らないままでも成仏できる方法を見つけることだ。」

「そんなことできるの?」

「さぁ。僕は死んだことなんてないから分かんないよ。でも今のところ情報が不足し過ぎてどっちにしろ同じくらい難しそうだと思わない?」

 隆介はそこでなぜだかにやりと笑みをこぼした。

「だけど、生きてる人間が味方になれば話は別。新しい成仏の方法なんて分からないけどさ、最近死んだ人間の情報なら多少糸口が見つかるかもしれないし。」

「協力してくれるの?」

「もちろん、交換条件つきでね。」

「交換条件?」

「そう。僕の活動に協力してくれることが条件。これ見て。」

 隆介はゆう子にノートパソコンの画面を見せた。ずらっと長い文章が書いてあって、小説のようだった。

「読んでいいの?」

「どうぞ。」

 じっくりといくつかの文章を読ませてもらうと、内容はなかなかヘビーなものが多くてゆう子は驚いた。産まれた時から持病と戦い続けて大人になる前に亡くなった少女の日常と夢の話、宗教にのめり込み家族を捨てて怪しい商売に手を出した男性が孤独死にいたるまでの日々のことと懺悔、夫と別れ女手一つで娘を育ててきた女性がある日突然交通事故に遭ってしまい、残して来た娘への心配を綴ったもの……。

「どう? 結構よく書けてるでしょ。」

「すごい。これを隆介くんが一人で書いたの? よく取材されてるけど、中学生がどうやって……あ、もしかして。」

「ご明察。全部幽霊に聞いたんだ。これは僕がやってるブログみたいなもので、結構閲覧数多いんだ。」

 隆介は涼しげな顔立ちに、得意げな表情を覗かせた。

「ブログ……?」

「え、ブログ知らない? 記憶抜けてるから色んなこと忘れてるのかな。まぁいいや。とにかく、この記事を更新するのにゆう子さんも協力して欲しいんだ。なるべく面白いネタを持ってる人を探してる。」

「何でこんなことしてるの?」

「何でって、お小遣いの為だよ。ここにほら、広告つけてるから閲覧数伸びれば伸びるほど広告収入が入るの。」

「中学生がお金稼ぎ〜?」

「いやいやいや、そんな顔しないでよ。今時フツウだって。それにほら、地道な聞き取り調査がゆう子さんの欲しい情報に繋がることだってあるかもでしょ?」

 言われてみればそうかもしれないけれど、こんなことに協力するのは中学生には不健全じゃないかと逡巡していると、隆介は急に声のトーンを暗く落として語り始めた。

「……母さんを探してるんだよ。」

 隆介は真剣な眼差しでゆう子を見た。

「今一緒に住んでる母は父の再婚相手で、僕を産んだ実の母は亡くなってるんだ。小学校三年生の時だった。それから少し経ってからかな、急に幽霊が視えるようになったんだ。でもゆう子さんみたいにくっきり視えて会話もできるタイプと、うっすらとしか視えないタイプがいる。どうして違いがあるのか分からないけど。母さんの霊は一度も見たことがない。自然に成仏できたんだろうなと思うし、それが一番だって分かってるけど、世の中に成仏できないタイプの霊もいっぱいいるって知ったから、もし母さんがまだいるなら、会って話してみたい。取材させてもらった幽霊たちにはそのことを話して、知ってることがないか聞いてるんだ。」

「そうだったの……。ごめんね、何も知らないのに失礼なことを言って。」

 ゆう子がそう言うと、隆介は途端にぱっと顔をあげてにっこり笑った。

「ま、実際美味しいんだよねぇ、このやり方。幽霊はお金いらないから取材費用無料で聞き放題だし、生きてる人だったら中学生の僕にプライベートなこと話す人なんてあんまりいないだろうけど、僕みたいに視える、話せる人間少ないから話聞いて欲しい幽霊とはウィン・ウィンな関係だし!」

「ちゃっかりしてるのねぇ。」

「それにね、僕はちゃんと彼らの役にも立ってるんだよ。例えばほら、SNSのアカウント。いつ死ぬかなんて分からないから大体みんなそのまんまでしょ? 絶対知られたくない裏アカウントを僕のパソコンから消してあげるの。公開してるアカウントは急に消すと家族に不審に思われることもあるから、とっときたくない投稿だけこっそり消したりさ。これがすごい喜ばれるんだ。ね、いい関係築いてるでしょ。」

 ゆう子さんもそういうのあったらやるけどどうする? と隆介は言ったが、ゆう子にはSNSやアカウントという言葉があまりピンと来なかったので断った。

「でも、君の言い分は分かった。お互いに協力しましょう。私は記憶がない以上、何の意味もなくこのままこの世を漂い続けるより、早く成仏しちゃいたい。」

「決まりだね。」

 早速二人は役割分担を決めた。ゆう子は隆介の指示通りにより古株そうな幽霊を訪ねて回った。隆介の母が亡くなったのは五年前だし、幽霊として過ごす時間がより長い方がこの世により強い未練を持っていて中身の濃い記事が書けそうだからだという。ゆう子にとっても、その方が自分と同じように記憶を失った幽霊の前例を知っているか聞けるかもしれないと思ったので好都合だった。

 隆介の方は、ネットや図書館に保存された新聞を使ってゆう子の素性の手がかりがないか探った。

 心残りを抱えた幽霊というのは言いようによっては執着心の強い者とも言える。どうにも頑固だったり、偏屈だったり、話の通じないタイプも多かった。墓場に集まるようなのは自然に成仏していくのが多いと隆介は言った。人生に概ね満足して自然に成仏していけるタイプの幽霊は、四十九日の間に身内が集まってくるのを眺めたり、お墓に集うたちとのひと時の交流を楽しんでいるらしい。そういえばゆう子が仲間を探し求めて巡った墓地の幽霊たちは、愚痴や自慢大会と言ってもどこか楽しそうな雰囲気があった。隆介が探しているのは、そういうタイプではない。

「なぁに、五年前に死んだ女の幽霊?」

 ある日の夕方、ゆう子は飲屋街の一角で歌を歌っていた女の幽霊を見つけた。女はアキコという名前で、そこのスナックの元従業員だったらしい。ハイヒールに薄手のドレスを纏い、化粧の濃い女だった。

「さぁ、知らないけど。もし今でも成仏せずにいるんなら、家の周りとかあたしみたいに元職場とか、そういう生きてる頃に縁のあった場所にいるはずよ。残念だけどいないのならもうとっくに天に召されたんじゃないかしら。」

「それは何となく、私もそう思ったんですけど……でも、隆介くんは普段大人びているけれど、そうは言ってもそんな悲しいことは言えなくて。それに、まだそうと決まった訳ではないですから。アキコさんは、どうしてそう思うんですか?」

「あたしはね、何でここにいるかってぇと、毎日会社帰りにここを通る彼を眺める為なのよ。ここ、彼の会社から駅に行くまでの通り道なの。」

 アキコのいう彼には、別に家庭があったらしい。つまり、不倫カップルだ。

「馬鹿よねぇ、あたし。元々妻子持ちだって分かってたのにさ、そんでも会うと優しいことばっか言うからさ。まぁそんだけクズな男だったってだけなんだろうけど。あたし変に期待しちゃってさ、もしかしたらあたしのとこに来てくれる未来があるかもしれないって。それなのにアイツの奥さんにまた子どもができたって分かって……それが想像以上に堪えてさぁ。勢いで睡眠薬とお酒大量に飲んで死んじゃった。苦しかったぁ。」

 アキコは笑いながら話しているが、目には涙を浮かべている。ゆう子はアキコの気持ちが痛いほど伝わってきて、つられて泣きたい気分になってしまった。

「聞いてよ。それなのにアイツ、朝と夜ここを通るとき、今でもちらっとこの店のドアを必ず見て行くのよ。どーせあたしのことなんか、すぐ忘れると思ったのにさ。アイツがこのドアを見て行くところを見たくて、それであたしは成仏できないの。どうせいつかアイツが死んでも、奥さんと同じ墓に入ってくって分かってるのにさ。でもアイツがここへ来なくなるまで、あたしはそれをずっと見ていたいの。馬鹿だよねぇ。」

 ゆう子は早速隆介に報告した。持ち帰った話が隆介に採用されれば後日改めてその幽霊にネタ提供の交渉に行くことになる。それまで、記事のことやSNS処理代行の話などはゆう子が勝手に話してはいけないルールになっている。そうしないと、SNS処理の依頼ばかりが殺到して面倒なことになるからだと隆介は言った。

「でね、アキコさんもやっぱり私があの高校にいたのはそこに会いたい人か恨みに思うことがあるからじゃないかって。」

「うん、その線で調べてみたよ。でも最近あの高校で学生のうちに亡くなった人はいないみたいなんだよねぇ。それかゆう子さんの不倫相手の先生がいるとか?」

「ええっ、私が不倫!?」

「記憶ないんだからその可能性だってあるでしょ?」

「全然そんな気がしないんだけど……。」

「まぁもしかしたらゆう子さんが実際に死んだ時より若い姿で幽霊になってるって可能性もあるけどね。」

 話していると、外から何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「コンコーン! すんませーん! リュウスケくんっちゅー子おるぅ? 痛っこれどないなっとんねん、入れへんやんけ!」

 そこにいたのは、つい最近不慮の事故で亡くなったばかりの人気お笑い芸人だった。ゆう子には分からなかったが、隆介は目を輝かせていた。

「すげぇ、大島サイジだ。」

「おー、おー、苦しゅうない、少年よ。キミがSNSを代わりに対処してくれるっちゅうリュウスケくんやな?」

「どうして知ってるんですか?」

「あら、姉ちゃんも俺のお仲間さんやないか。そらもー死んだら急に幽霊視えるようになってなぁ、懐かしの劇場行ったら大物芸人の幽霊に会うて聞いたんや!」

「あぁ、この前記事にした人か。」

「そうそう、そんで俺のことやったら名前とか分からんように上手ーく書いてくれたらなんぼでもええネタ話すから、俺の身辺どうにかしてくれ! 俺裏垢もあるし見つかったらアカンスマホ何台も持ってんねん。嫁にバレてへんやつはバレる前になんとかするのが男の優しさやろ?」

 大島はどや顔で言っていたが、ゆう子は不服そうな顔でそれを聞いていた。

「ふーん、面白そうだけどスマホそのものの処理はできないよ。あくまでいじっても周りで騒ぎが起こらないレベルの操作を遠隔でやるってだけだから。」

「ほな裏垢は消せてもスマホの解約はできひんかぁ。ま、そらそーだわなぁ。あ〜どないしよ。まぁとにかくできるモンだけでも頼むわ。で、お姉ちゃんは先客なんか? えらい古風な服着てはるけど、昔っからの幽霊さんやったらスマホなんか持ってへんのちゃう?」

「え、私の服そんなに変ですか?」

 急に自分のことを指摘されてゆう子は驚いた。隆介には外見について何も言われたことがなかったからだ。

「変っちゅうか、古い? あえてそういうスタイルしてんのかなぁ思てたけど、どうもホンマもんっぽいねん。アレンジがきいてへんっちゅうか。」

 隆介はファッションに疎いらしく、ぽかんとしていたが少し間を置いてから、

「あぁ、確かに言われてみれば朝ドラに出てくる人みたいな服だね。」

 とだけ言った。早く言ってよ、というゆう子の切ない声はあまり響いていないようだった。

 なりゆきとは言え、大島サイジとの出会いはラッキーだった。ゆう子の服装は大体一九五〇年代に流行したものだと分かり、その頃高校生から二十歳前後の年齢だとすると生きていたら現在九十歳くらいだと想像がつく。

「えーっ私、そんなにおばあちゃんなの!?」

「なんや、自覚あらへんのか。」

「どうりでSNSとかブログとか、そういう言葉が通じないと思った。」

「スマホは分かったんだけど……」

「お孫さんが持ってたんとちゃう?」

「孫……。」

 本当にそんな家族がいたとしたら、こんな風に何もかもを忘れてしまっているというのは申し訳ないことだとゆう子は思った。

「ん、ちょっと待って。そんなに昔の話なら、あの学校は昔男子校だったはずだよ? ゆう子さん何であそこにいたんだろ。」

「そらぁ男やろ。昔の男に会いにいったんやなぁ。」

「でもいないでしょ、高校に九十歳のおじいちゃんなんて……ゆう子さん?」

 サイジと隆介の推理を聞いている内に、ゆう子の脳内にじわじわと記憶の欠片のような映像が蘇ってきた。

 まばゆい光に包まれている不思議な光景。隣に立つ老人がゆう子の手を引いている。

「ほら、お迎えの光だ母さん。」

「ごめんなさい、私……行けない。」

「何を言ってるんだ。私たちはこの光の中に入らなくては……美代さん、お願いだから。」

「ごめんなさい……どうしても。」

「昭一さん……か。」

 ゆう子は気づけば頭を抱えて泣いていた。映像はそこで途切れた。

「ゆう子さん、大丈夫?」

「なんか思い出したんか?」

 ゆう子はゆっくりと頷いた。手が、小刻みに震えていた。

「私……名前は美代だった。それで……そうだ、私が死んだのは春じゃない。春、あの学校に現れたのは死んだんじゃなくて、四十九日を迎えた日だった。私も夫と一緒に光の中に入る筈だったのに、拒否したの。会いたい人がいたから……。」

 夫はあの後、自分だけで光の中に入って、私が現世に残れるよう強く背中を押したのだ。あんなに優しい人に、最後の最後にこんな仕打ちをするだなんて、自分はなんてひどい女なんだろうと思った。

「昭ちゃんに会いたい……。」

 それなのに口をついてでるのは夫の名ではなく、どうしても会いたかった男の名なのだ。さっきまで、アキコのことを不倫をするような女と少しでも見下した目で見ていた自分が恥ずかしい。

 数えてみると美代が亡くなった本当の命日は二月の下旬らしかった。全てを思い出したわけではないが、「美代」という名前と夫と一緒に幽霊になっていたことを合わせて後日もう一度隆介に調べてもらうと、ちょうどその頃隣の市で連続放火事件があり、その被害者の中に老夫婦がいた。

「じゃあ、美代さんは昭一さんって人に会えば成仏できるんだ。」

 隆介の調査報告を一通り聞いて、美代は隆一とともに自宅のあった場所に行ってみたが、家は新聞に出ていた通り全焼してしまったようで今は更地にされていた。

「どうかなぁ。昭ちゃん、戦争に行ったっきり消息不明なの。私も嫁いでしまって、その後何か報せがあったか深く聞くことはできなかったし……。とっくに亡くなっていたのかもしれない。分からないのにここに残っているなんて、可笑しな話よね。夫は本当に馬鹿な奥さんを持ったわね。」

 美代は、昭一からいつも聞かされていた高校のことを自分の目で見たくてあそこへ向かったのだった。

「それならそれで、どっちにしろ調べがつけばじきに成仏できるんじゃないかな。」

「ありがとう。隆介くんは優しいね。ごめんね、交換条件だったのに私ばっかり調べが進むことになって。」

「いやぁ、お陰様でブログ記事の方はいいネタ入ったし文句なしだよ。まさかあのサイジの父親の不倫相手がアキコさんだったなんてね。……母さんのことは、元々もういない人なのに変にこんな能力がついたせいで期待しちゃってさ。諦めがつかなくてこんなに時間が経っちゃった。」

 母親の話になると隆介の顔は途端に子どもっぽい表情になる。この子にちゃんと子どもとして過ごす時間を与えられるのは、その母親だけなのだろう。美代は隆介にどう言うのが正解なのか分からなかった。

「九十二歳からのアドバイスなんだけど。」

「うん、重みあるね。」

「会いたいって気持ちは死んでも消せないと思う。」

 隆介がお腹を抱えて笑うのを、美代はこの時初めて見た。

「じゃあお互い、諦めるのを諦めようか。」






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