生徒会役員補欠選挙

 二年A組には、まるで対極的な幼馴染みの二人がいた。

 真面目な生徒会役員で人望厚い冬美と、バカでお調子者で人望がない桜井ハルト。

 ハルトのいい加減さに冬美が呆れることも多々あったのだが、家が隣同士の腐れ縁といった感じで、今日まで友人関係が続いていた。同じく幼馴染みのナツ、秋子、節子と共に、高校までずっと一緒だった。

 しかし、ついに別れの時が訪れる。父親の仕事の都合で、冬美が転校することに決まったのだ。

 そして、転校が間近に迫ったある日の朝、教室にて、ふいにナツが時計を見ながら切り出した。


「おっ、そろそろオレ達も行かないとな」


 すると、一限目は時間割通り、この教室で授業を受けるものだと思っていたハルトは、それに意表を突かれた様子で、目を丸くしながら尋ねた。


「え、行くってどこに?」


 それを耳にすると、ナツもまたそれに驚かされた様子で、目を丸くしながら答えた。


「え? お前わかってないの? 今日、転校する冬実の後任となる生徒会役員補欠選挙が行われるんだって」

「……あ」


 と、ハルトは、それを聞いた時の記憶をおぼろげに思い出した。少々前のことだったので、すっかり忘却していた。まぁ、これもまた、いつものハルトだ。


「……今日の選挙に立候補してるのって、どんな奴だ?」


 それを思い出すと、ハルトはナツ達にそう尋ねた。険しい顔付きだった。その心中には期するものがあった。だが、一人その様子に気付いていない秋子が、それにぼんやりと答える。


「ああ、あの人なら知ってるけど、内申点稼ぎとか、ステータス目当てってくらいの理由でしょうね。ま、興味本位っていうか、そんなにやる気ないわよどうせ」

「……なぁ、立候補の期限って、いつまでだ?」


 すると、それを聞いたハルトが、真顔になって、さらにそう尋ねる。と、それで、ようやくハルトの腹に気付いた秋子が表情を引きつらせながら答える。


「え……当日まで立候補は可能だけど、あんたねぇ、他の立候補者は事前に選挙運動だってしてんのよ? それに、演説が始まるまであと一分もないのよ!?」


 その言葉を聞いた瞬間に、ハルトは走り出し、教室を飛び出していった。


「あいつ、勢いだけで立候補!?」

「当日出馬!?」

「あいかわらず、バカ、やってるわねぇ……」


 教室に残されたナツ達は、面食らうあまり、しばし呆然と立ち尽くしていた。


 ハルトは走った。力の限り走った。校庭へと。選挙管理委員と、担当の教員の元へと。


「俺も、立候補します!」


 担当の二人の元に辿り着くと、ハルトはそう声を振り絞った。


「はぁ!?」


 すると、二人よりも先に、その横に立っていた冬実が、大きく驚きの声を上げた。


 そして、生徒会長選挙が始まり、先に立候補していた者の演説が滞りなく終わると、次にいよいよハルトの演説の順番となった。

 冬実やナツ達が、ある種の異様な緊張感を持ち、固唾を呑んで見守る中、ハルトは檀上に上がり、マイクの前へと立った。その瞬間だった。


「珍しくおもしれーネタ考えたなハルト!」

「いや、お前が生徒会って!」

『アハハハハハ!』


 ハルトの前に居並ぶ生徒達が、嘲りの声を上げた。

 好奇の対象でしかなかったハルトのこの行動は、彼らにとって物笑い以外の何物でもなかったのだ。

 しかし、それでもハルトは怯まず、力強い口調で喋り始めた。


「立候補させてもらった、桜井春人です。前生徒会役員の冬実とは幼なじみです。思えば、冬実はめちゃくちゃ良い幼馴染みでした。いつでも俺のことを気にかけて、良くないことには注意をしてくれてました。なのに、俺は冬美に、友人らしいことは何もしてやっていないってことに、あいつが転校しちまう、今になって気付きました」


 いつもとは違う真剣な表情と言葉に引き込まれ、生徒達は居を正し、じっとその演説に聞き入った。


「だからみんな、どうか俺にチャンスをくれないか!? 俺は、あいつが生徒会役員としてやってきたことを守りたいと思ってる! あいつが、安心して行けるように! 俺が全部引き継ぐ! どんな風にだって働く! だからみんな、頼む! 人任せにしておきたくないって感じたことなんて、初めてなんだよ! それで今日も居ても立ってもいられなかったんだよ! だから、だから……頼む!」


 ハルトの思いの丈を訴えたその演説は、胸に響き、染み入るものがあった。聴衆達は誰からともなく、自然と拍手を起こし、ハルトに送った。その中には、目に涙に浮かべている者も数人ばかりいた。秋子や節子、ナツも、その中の一人であった。


 そして、選挙の投票結果が発表された。



窪塚久里……四百二十三票

桜井春人……四票



 ハルトは、その結果が貼り出された掲示板の前で、がっくりと膝を落とし、地に両手を着いて、涙をこぼした。


「何だよ四票って……この中の人数にも足りてねえじゃねえかよ!」


 ハルト本人と合わせれば、幼馴染み勢だけで五票であったはずなのである。なのに足りていない。

 その事実を前に、ハルトの周りに立つ仲間達は、みな笑いを堪えるのに必死であった。


「誰だよ! 入れなかった奴誰だよ! あんな演説しといてこの結果とか、俺めっちゃ恥ずかしいじゃん!!」


 そして、ハルトはそう言いながら立ち上がり、仲間達に食って掛かる。が、彼らはただただ笑いを堪えることに必死だった。


 なお、ハルトが負けた相手の選挙公約が、こちら。


・僕が当選した暁には、校歌を以下のものに変更することをお約束いたします。


 青い空には窓が一つもないのに、いつから僕達は、自分と他人とに、この世界を分けてしまったのだろう。

 フッ……俺の体に染み付いた血の臭いが、こんな運命ばかりを引き寄せる……果たして今宵の刺客は我が覇気を静めるや、あるいは滾らせるや……

 僕達が歩む道、遠回りだって仕方ない。何もない道よりも迷う方が好きさ。

 授業中にレーザーポインターで先生の後頭部の十円ハゲを指し示してクラスの笑いを誘っていたら、先生が突然そこを手で押さえて言った。「クッ……なぜ今になってこの傷が痛むのだ……まさか奴が復活したのか!?」

 中学の卒業遠足で行ったデズニーランドで、一人ずっとベンチで太宰治を読んでいたほどの陰キャだった僕も、夜、町に繰り出し、「黒の風が泣いている。今宵はやけに、この右手がうずくな……」こんなセリフが言えるまでになったよ!

 迷った道、振り向いたら僕らの足あとに花が咲いていた。



「俺こいつに大差で負けたの!?」


 それを知るや、ショックのあまり再び膝から崩れ落ちるハルトと、必死に笑いを堪える仲間達。

 こんな奴にばっかり票を投じてしまうのが、この学校の生徒達なのであった。


 ただ、ハルトの気持ちだけは、しっかりと冬美達に届いていたという。

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