サンタくろすマミー

 12月24日、2A生徒・木並海斗の家でのことである。

「たっくん、サンタさんにプレゼント、なんてお願いしたの?」

 海斗が小学一年生の弟、たっくんこと卓志に、可愛い無邪気な答えを期待してそう尋ねると――


「ママ」


 ずーんと重い答えが返ってきた。

 いや、無邪気は無邪気なのだが、ちょっと無邪気すぎた。

 木並家には母親がいない。ママはたっくんを産んですぐに、若手芸人と駆け落ちしてしまったので、たっくんはママを写真でしか知らない。


「おい親父、こんなこと言ってるぞ。どうするんだ?」

「ちゃんと手を打ってある。大丈夫だ。問題ない」

「は? どういうこと?」


 今年のクリスマス大丈夫かと心配になった海斗が父親に対応策を求めると、なんと父親から自信満々にそう答えが。それに戸惑うばかりの海斗。と、その時だった。


「プレゼントは、わ・た・し。メリークリスマス、マイニューファミリー。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします!」


 木並家のリビングのドアが開け放たれ、サンタの格好をした黒須真美先生が口上と共に現れた。海斗の担任。


「……は? 先生、なんなんですかいきなり? なにしてんすかそれ?」

「今日から私が君とたっくんの新しいママだ。よろしくな息子よ」


 面食らうあまり事態が呑み込めずにいる海斗。この人ヘンなこと言ってるよ? とばかりに父親の顔を見ると、パパはニッと笑い親指を立てる。

 それで海斗は、何が起こっているのかを理解した。


「え、ええええええ―――!? 嫌だあああああああ――!」


 同時に悲痛な叫びを上げる海斗。唐突に担任の先生が母親になってしまうとか。嫌ずぎる。

 そして、部屋の隅でジョーのように灰になってしまった海斗を放置し、パパはたっくんにニューママの紹介を始めた。


「ほら、たっくん、ママが欲しいってお願いしただろう? だから、サンタさんが新しいママになってくれるってさ」

「よろしくね、たっくん」


 が、やはりたっくんも、ぽかんとして言う。


「そういう意味じゃない」


「ですよね~」


 こまったな、と頭をかくパパ。と、たまらずサンタ、そこでつぶやいた。


「ママならぬな」


 オイ、サンタ、うまいこと言おうとするのうぜえぞ。と思う海斗。


 しかし、子供は無邪気である。サンタの格好をしている真美先生に聞いた。


「ねえ、おば……お姉さんサンタなの?」

「ん? うん、そうだよ~」

「じゃあ、トナカイで来たの?」

「いや、残念ながら、トナカイには関係解消されてしまったんだ」

「どうして?」

「ソリが合わないって」

「ソリで繋がってるイメージしかないのに」


 オイ、たっくんも張り合ってうまいこと言おうとしなくていいぞ。


 さらに、たっくんはまた、無邪気にサンタに言った。


「ねぇ、ほかのもってきてないの? プレゼント」


「……もってのほかである」


 だからうぜえぞ先生。小1に気に入られねえよ、その手のユーモア。


 だが、サンタはなおも頑張り、言った。


「おい、そんな悪いことばっか言ってると、親の死に目にケツの穴から手ぇ突っ込んで、あ痛!くて会えなくて奥歯ガタガタふるえる~♪」


 西野カナに謝れ。わけがわかんねーし母親と離別した子になんてこと言うんだよ!

 ムリだ、あなたにたっくんの母親は。と肩を落とす海斗。

 そして、この人なに言ってんの? と心のシャッターを下ろすたっくん。

 それを見て、サンタ、寂しげに言った。


「……人の母親となるには、私はまだ未熟だったようだ。今日のところは帰ろう。おっと、そうだ。コレ、他のプレゼント。メリークリスマス」


 しかし、サンタが置き土産にと、たっくんがずっと欲しがってたプラレールを渡すと様子が一変。たっくんは急にクールに振る舞い、言った。


「ふっ、たまには親の敷いたレールの上を走るのも悪くない。……敷いてくれやサンタさん」


 なんだコレおい。

 

 海斗のツッコミが間に合わない家庭生活が爆誕した瞬間だった。


 そして、こうして真美先生が木並家の一員になった後のある日、教室での昼休みのこと。


「こらー海斗。お弁当作ってあげたのに忘れてたぞ。愛情たっぷりだから、味わって食べるんだぞ」


 真美マミーがそう言って、海斗の机の上に弁当箱を置いた。

 それを見て、教室中から「ウィ~」「ママのお弁当ウィ~」と冷やかしの声が上がる。

 その時点で穴があったら入りたい思いの海斗だったが、食べるより仕方なく、その弁当箱のフタを開ける。

 と、ご飯の上にでっっかく、さくらでんぶでハートマークが作られていた。見れば、真美マミーが得意げにウインクを投げて来ている。

 それらを見た教室中の生徒からまた「ひゅ~ひゅ~」と冷やかしの声が上がる。

 毎日が、おかんが張り切りすぎた格好で来ちゃった授業参観日レベルの恥ずかしさ。地獄の日々であった。

 海斗は教室の中央の席で一人うなだれ、また灰と化していた。

 なお、味はおいしかった。

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