第2話 男の子になっちゃった
人混みの中に紛れ込む。ひたすら走る。恐怖が私を駆り立てる。石畳の道は、田舎暮らしで野山の柔らかい地面に慣れている私の脚には少し負担だ。でも、体を動かし続けることで何かを誤魔化し、振り切ろうとしている自分がいた。
大通りを真っ直ぐ行くと、また大きな道に出て、その通りの突き当りには巨大な真っ白の城がそびえている。私は、ふと白鷺城を思い出して足を止めた。急に止まったのがいけなかったのか、すぐに後ろから誰かがぶつかってくる。その勢いで地面に膝をつけた私が振り返ると、人の良さそうなオジサンが心配そうにこちらを見下ろしていた。
「坊主、大丈夫か? 下着姿のまま家を追い出すなんて、酷い親もいるもんだ」
異世界にも関わらず、話しかけられた言葉が理解できた。英語が大の苦手だった私は、語学を始めなくて良いことにほっとしながらも、なかなか頭が追いつかない。
「いえ、ちがうんです。でも、仕事を探していて」
動揺しすぎて、自分でも何が言いたいのかよく分からない返事になってしまう。
「あぁ、そういうことか。冒険者ギルドはあっちだぞ。城の隣。それにしてもお前、やたら身綺麗だな」
そりゃぁ、現代日本のシャンプーにコンディショナー、ボディーソープ、さらには化粧水や乳液を使っていますもの。花の女子高校生なんですよ? そんなの当たり前。でも、ここではそんな常識は通用しない。私がこの街で浮いている理由は服装だけじゃないということだ。
「オジサン、ありがとう!」
オジサンの話からもう一つ分かったことがある。この国で私みたいな未成年が働き口を見つけようと思ったら、冒険者ギルドに行くのが当たり前なのだ。衛介に借りたラノベでも、よく主人公が冒険者になって無双し、ハーレムやら人脈やら財産やらを築いていた気がする。
よし、きっと何とかなる!
私は、道行く人達がポカンとした顔でこちらを見つめているのにも気づかず、一目散に冒険者ギルドへ向けて駆け出した。
◇
ギルドは見上げる程にデカイ煉瓦造りの建物だった。ついでに言えば、出入りしている人々の図体もデカイ。普通の人はいないのか、普通の人は! と思ってキョロキョロしながら扉の外から中の様子を伺っていると、受付カウンターらしき場所に座るお姉さんと目が合ってしまった。目が合うって、異世界では流行っているのか。できるものなら、死んだ衛介に匹敵するイケメンが良い。
と、心の中で毒づいていたのがバレたのかもしれない。お姉さんは喧嘩上等っていう顔でこちらに手招きをしている。これは『おいで』じゃなくて『カモン! 来やがれ!』という感じだ。お姉さん、せっかくの美人が台無しだよ。私は仕方なく中に入っていった。
「あの……」
先程のオジサンとのエンカウントで、この世界でも日本語が通じることは分かっている。だから気軽に声をかけたいところなんだけど、周囲の猛者達から刺さる好戦的な視線もあって、どうしてもタジタジになってしまうのだ。
「ちょっとあなた! こんな昼間から出入口に立って客引きなんかしないでくれる? 娼婦のことを馬鹿にするつもりはないけど、マナーは守ってもらわないと」
へ? 坊主の次は娼婦か。いえいえ、私は高校生です。
瞬きして固まってしまった私を見たお姉さんは、その視線を私の顔から胸へと下ろして行った。そして睨むこと三秒。
「あ、男娼の方か。それなら私がお持ち帰りを……って違うわ!」
お姉さんテンション高いっすね。ひとりツッコミお疲れ様。そんなことよりお仕事しましょうよ。
「あの……冒険者登録したいんですけど」
「は?」
「冒険者登録をお願いします」
「あなたが?」
「はい」
「舐めてるわね」
「お姉さんこそ」
異世界にひとりきり。泣きわめいたりもせずに現実を受け入れ、健気にも職探しから頑張っているか弱い女の子なんだよ? 舐めるも何も、私は生きるのに必死なんだよ。どうにか働いて、お金稼いで、できれば治安の良いところに住んで、たまには美味しい焼鳥を食べたいなっていうのが今の夢なんですけど何か?
私の睨みが効いたのか、お姉さんは仕方ないわねという顔で受付カウンターの下から占い師の水晶みたいな丸い球体を出してきた。
「あなたみたいなナヨナヨした男は、どうせ三日も続かないでしょうけれど、登録ぐらいはしてあげるわ。ほら、さっさと手を出して」
私はいろいろ言い返したい言葉を飲み込んで、透明の球体の上に手を置いてみる。
「ん?」
お姉さんは首を傾げた。そのまま三秒経過。
「んん?」
お姉さんの眉間の皺が深くなった。
「もう一回手を置き直してみてくれる?」
「はい」
言われたとおりにしたけれど、水晶は無反応。お姉さんは壊れたのかなと言いながら、自分の手を載せている。あ、赤く光った。
「これが壊れているわけではなさそうね。となると、あなたが変なんだわ。もう一回。ちゃんと手を置きなさい」
次は変人扱いか。私は次こそ何かの反応が出ますようにと祈りながら手を載せる。でも、私は神様から見離されてしまったらしい。
「……駄目ね。これじゃ冒険者登録はできないわ。この魔道具が反応しないと、ギルドカードの発行も、討伐依頼の受付も、報酬の受取もできないのよ」
「そんな……」
もしかして、私が異世界人だから反応しないのかな? って、考察している場合じゃない。つまり私は……
「残念ながら冒険者にはなれないわね」
お姉さんの顔は全く残念そうじゃない。だけど私は、ここで簡単に身を引くわけにはいかないのだ。冒険者が駄目なら、どんな職業に就けばいいのだろう。この世界の知識が無い上、何の身分も保証も無い私を雇ってくれるような会社が簡単に見つかるとは思えない。
「これから、どうやって生きていけば良いんだろう」
と、こんな呟きも出てしまうわけだ。
するとお姉さんは、打ちひしがれる私に少し同情してくれたらしい。人差し指に薄紫の髪をクルクルと巻き付けながら思案顔になった。
「どうやってって……そうねぇ。見たところ、あなたは身寄りが無いんでしょ? そういう場合、冒険者になって身を立てるのが手っ取り早いのだけど、それができないとなると……あ、そうだわ!」
「もしかして、仕事を紹介してくれるんですか?!」
「紹介というわけではないけれど、一つだけ心当たりあるわ。確か、王城で門衛を募集していたはず。男だったら入れるんじゃないかしら」
「男……ですか」
一瞬有頂天になった心がジェットコースターの如く急降下。それと同時に、お姉さんはなぜかとてもびっくりした様子で。
「もしかして、あなた女の子なの?」
「どこからどう見ても女です。ほら、髪も長いでしょ?」
お姉さん、私の胸見すぎ。確かにお姉さんみたいな巨乳じゃないけど、よく見ればちゃんと膨らみあるでしょ? 私は着痩せするタイプなんです。たぶん。
「……困ったわね。門衛は明文化されたルールではないけれど、男性のみということが暗黙の了解なのよ」
「なんて差別だ!」
「で、どうするの?」
「決まってます。私は男になって、門衛になります!」
「あなた、見た目によらずなかなか骨があるみたいね。よし、分かった。これも乗りかかった船よ。私が一肌脱いであげる!」
そう男前にまくし立てたお姉さんは、受付カウンターに『離席中』のプレートを出すと、私をギルドの奥へと引きずっていった。そして私は、あっと言う間に髪を短く切られて、男物の服に着替えさせられてしまったのである。
「私は元Aランク冒険者で、今は冒険者ギルド本部の受付譲、ミントよ。また困ったことがあったら私を訪ねてきなさい」
「いいんですか? でもなんで……」
「あなた、ちょっとだけ私の妹に似てるのよ」
ミントさんはクスリと恥ずかしそうに笑うと、足早に受付カウンターに戻っていった。初めは怖い人だったけれど、本当はとても世話焼きな良い人みたいだ。しかも冒険者としても実力があるなんて驚き。
私はミントさんに重ね重ねお礼を告げて、すぐに王城へ向かうことにした。そして、なぜ王城の門衛という一見美味しそうな職業に、私みたいな人が就ける可能性があるのか。その理由について確認するのをすっかり怠ってしまったのだった。
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