旅するこぐま アナザーストーリー

 ティンティンはマーライオン公園にやってきました。マレーシアとシンガポールを巡る旅行も今日で終わり。最後の観光スポットです。


 公園はたくさんの観光客で賑わっていました。みんな楽しそうにマーライオンの写真を撮っています。


 ティンティンも記念写真を撮ろうと、良さげな場所を探して歩いていると、ある老夫婦に声を掛けられました。


「お嬢さん、すまないがシャッターを押してくれるかい?」


「ええ、もちろん!」


 他の旅人とのふれあいも旅の醍醐味です。ティンティンはマーライオンをバックに、老夫婦の写真を撮ってあげました。




 ☆ ☆ ☆




 デンマークから来たというこの御夫婦、少し変わっていたのは、その後、持っていた仔熊のぬいぐるみを主役にした写真も撮っていたこと。ティンティンはその理由を尋ねました。


「どうやらこの仔熊は、世界中を旅しているらしくてね」


 見ると、赤いマフラーを巻いたぬいぐるみの背中には、何やら文字が記されたカードが縫いつけてありました。


「なるほど、素敵なお話ですね」


 説明書きを読んだティンティンは感心しました。


「良かったら、次は私に預けてくれませんか? 私は今から香港に帰るところなので、そこで彼の写真を撮りましょう」


 ティンティンがそう提案すると、老夫婦は快諾しました。


「じゃあ、彼を宜しく頼むよ」


 老夫婦から仔熊のぬいぐるみを受け取り、ティンティンは香港に帰りました。




 ☆ ☆ ☆




「香港らしい場所といえば、やっぱりここね」


 ティンティンは九龍の夜景と一緒に、仔熊の写真を撮ることにしました。


 香港島のフェリーターミナル、海沿いのベンチにぬいぐるみを座らせ、対岸の煌びやかなビル群を背景に写真を撮ろうとした、その刹那でした。


 突然吹いた強い風に、仔熊はベンチから転げ落ち、岸壁の向こう側に消えてしまったのです。


「あっ!」


 ティンティンは慌てて駆け寄りましたが、夜の暗い海に落ちたぬいぐるみはどんどん沖の方に流され、やがてその姿は見えなくなってしまいました。


「ああ……」


 写真をプリントしたらすぐに送ろうと、既に宛先を記した封筒を用意していたのは不幸中の幸いでした。


 ティンティンは病院で暮らす少女に、ぬいぐるみを失くしてしまったお詫びの手紙を送りました。


 しばらくして、少女から返信が届きました。


「気にしないで、彼はきっと大丈夫だから!」


 手紙にはそのように書いてありましたが、自分の不注意で少女の大切な友達を失くしてしまったことを、ティンティンは深く悔やんでいました。




 ☆ ☆ ☆




 しかし、それから半年くらい経った頃に、エジンバラの少女から届いた手紙はティンティンの心を明るく照らしました。


「ぬいぐるみが見つかりました! 彼はとっても元気です!」


 良かった、本当に良かった……!


 ティンティンはぬいぐるみの仔熊に起きた奇跡に感謝しました。




 ☆ ☆ ☆




 その後も、香港とエジンバラの二人は文通を続け、ティンティンは病気と闘う少女を懸命に励まし、祈りました。


 諦めなければ、どんな奇跡だって起きるんだ。


 そう、小さなぬいぐるみが還ってきたように……!


 ティンティンはそう信じるのです。


 そして時は流れ、ある日。


 ティンティンは特別な気持ちで、国際空港の到着ゲートで待っていました。


 ヒースローからの飛行機が着陸してしばらく、あの『黒い仔熊のぬいぐるみ』を両手に抱えた女の子が、こちらに向かって歩いてくるのが見えました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る