第2話 大会とは名ばかりのお遊び1

 一週間後に控えた球技大会に向け、体育の授業は各々が選んだ競技に別れて練習することとなる。


 種目はサッカーとバスケ、俺が割り当てられたのは後者の方で必然的に体育館が練習場所となるわけだが……。



「あ~くっそあっちぃ~な~もう~」

「教室戻んね? こんな中動き回りたくねーよ俺」

「暑いぞ……球磨谷……」



 さっきまでの盛り上がりがまるで嘘のように、バスケ組は蒸し風呂状態の体育館で早々に音を上げていた。てか最後の奴なに? 球磨谷市の回し者?



「これは……一回戦敗退が目に浮かぶな」

「リーダーであるお前がそれを言ったら駄目だろ」



 俺の呟きを拾ったのは隣にいる吉田だった。



「そもそも何故俺がリーダーに抜擢されたんだ? 自分で言うのもあれだけど、上に立つような人間じゃないよ? 不釣り合いだよ? 俺」

「そんなこと、わざわざ言わなくても百も承知だ…………あいつが花川を推薦したんだ」



 そんなことないぞ、じゃないんだ……と、お世辞なしの正直に心痛めつつも、吉田が向ける視線の先を追う。


 そこにいたのは新薗だった。開け放たれた扉の近くで膝を抱えて座っている。風通しが良いのだろう、その身に汗は見当たらず、憎たらしいくらいに涼し気な顔をしている。



「……あの変人が」



 勝手に人を推薦し、いざ選ばれたら我関せずな新薗に、俺は聞こえないよう悪態を吐き、目を細める。



「――なに?」



 うん、だからどうして気付けるの? めちゃくちゃ声抑えてたよ?


 旋盤室での時と同じように気配で気付いたとでもいうのか、首を回し刺すような視線を放ってくる新薗。


 このまま睨み合って火花散らしてても埒が明かない。俺は新薗の元に足を運び、直接対峙することに決めた。



「……なに?」


 少しはビビるだろうと肩で風を切ってはみたが新薗は微動だにせず、俺が見下ろし新薗は見上げる構図が出来上がる。



「なに? じゃねーよ、どうして俺をリーダーに推薦した」

「どうしてって……リーダーが決まらず難航してたからよ。後々、押し付け合いになるのも面倒だったから花川君を推薦しただけ、あなたも断らなかったじゃない」

「いや、俺は聞いてなかっただけで……」

「そうね。あれだけ身悶みもだえていたんだもの、知らなくて当然」



 さらっと口にし、すっと俺から視線を外す新薗。この女……意図してやりやがったな。



「あのな! 自分で言うのもあれだが俺は上に立つべき人間としては相応しくないからな!」

「安心して、百も承知よ」



 え、もしかして俺の頼りなさって周知の事実なの?


 心無い言葉に呆ける俺への慰めだろうか、肩を優しく叩かれる。


 一体誰が?と顔だけを振り向かせる。背後にいたのは吉田。



「心配してくれてありがとな、吉田」

「ん? 何のことだ?」

「ははッ、こういう時だけ正直じゃないんだな……それ、慰めてくれてるんだろ?」

「何故俺がお前を慰めなければならんのだ。これは、トイレの乾燥機が故障中だったから代わりにお前の肩で手についた水を拭ってるだけだ」



 …………最近、俺の周りが俺に厳しすぎな気がするんだが。



「それにしても、球技大会だというのに活気がないのね。球磨工は」

「ほぼ男しかいないからな。黄色い声援でもあれば少しは変わるのだろうが……球磨商はどうだったのだ?」

「活気に溢れていたわ。球技大会のみならず、イベント事においてはどれも。私は積極的に参加はしなかったけれど、〝紡希ちゃん〟を筆頭に明朗な子達が盛り上げていたの」



 内外を汚すだけ汚した新薗と吉田は俺を放置して二人で話し出した。が、その会話の中で聞き捨てならない言葉があり、俺は口を挟む。



「――ちょっと待て新薗。お前今〝紡希ちゃん〟って随分親し気な呼称してたけど、そっれてまさか小野町さんのことか?」


「え、ええ……そうよ」と、ほんのり頬を染め答えた新薗。


「なッ! 人が悩み苦しんでいる間に……なんて卑怯な」

「あなたが嫌われたのは自業自得じゃない」



 冷めた目でそう掘り返す新薗。その隣で吉田が賛同するように首肯する。あの眼鏡、いつの間に新薗サイドに。



「今は俺じゃなく新薗、お前だ。どうやって小野町さんから紡希ちゃんと呼べるくらいに親睦を深めたんだ!」

「別に……あなたには関係ないでしょ」

「関係ないことはないはずだ。理由はどうあれ俺がお前を救ったからこそ、今ある小野町さんとの関係だろ?」

「それは……」



 傲慢な発言、しかし間違いではない。二の句が告げず、目線を斜め下に逸らす新薗がその証拠だ。



「……清々しいほどのクズだな」



 眼鏡のブリッジに人差し指を当て、溜息交じりにそう零した吉田。安心しろ、言われずとも自覚している。



「で、どうなんだ? 新薗」



 俺は再び新薗へと目を向け、急かしを込めた問いを投げた。

 すると新薗は「わかったわよ」と観念したように口を開き、俺は続く言葉に耳を傾けた。



「あなたが迷走している間、何度か紡希ちゃんと会ってたの、それでよ」

「なるほど……で、言葉を交えていくうちに仲が良くなっていったと」

「まあそうね。さすに会話の内容までは言えないわよ」



 新薗はそう前もって釘を刺してきた。気にはなるが、まあいい。それよりも他に知りたいことがあるからな。


 俺は喉の調子を確かめるようにして咳払いを挟む。これから訊ねる内容の恥ずかしさを少しでも和らげる為に。

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