第30話 ラブコメにあるまじき解決法4

 校門前、学校を背にして仁王立ちする本間は不敵な笑みを浮かべ、臆している様子は微塵も感じられない。というか、なに当たり前のようにここにいるの?



「おいおいおいッ! どうして本間がいやがんだよ花川!」

「知らん。が、絡まれたら碌な目に遭わなそうだ。ここは一旦引くぞ」



 いつにもましてただならぬ気配を漂わす本間を見て、俺はそう判断を下した。

「おう」と短く返してきた悪戸は、前後を確認してウィンカーを出しスムーズに発進……なによりも安全第一を貫く。



「逃がしはしないよッ!」



 後方を見やると燎原の火の如く追いかけてくる本間。下がアスファルトではなく砂上だったならば砂塵を巻き起こしてたに違いない、そう思ってしまうぐらいの勢いだ。



「やばいやばいやばいッ! 悪戸ッ! もっとスピード出せ! 追いつかれるぞ!」

「駄目だッ! これがこの道での最高速度、これ以上は無理だッ!」

「バッカお前、よく考えろ! 今俺達が乗るこのバイクは緊急事態に直面している車両、略して緊急車両だろ! だから少しぐらい速度超過しても許されるはずだ!」

「許されるわけねえだろッ!」



 俺が急かすも悪戸の石橋を叩くスタイルは揺るがず、速度は一定を保ったまま。後ろからは驀進ばくしんする本間が距離を縮めてくる。この光景は何だ? ギャグか?



「――ッんで平然とついてこれんだよあの野郎! バケモンか!」



 ミラーをチラチラと確認する悪戸がそう悪態をつく。全くもって同意見だ。制限速度を守ってるとはいえ、40㎞で走るバイクに追走してくるなんて、運動神経が秀でているだけじゃ説明つかない……悪戸の言う通り化物と呼ぶに相応しい、恐るべき性獣だ。



「悪戸! 取り敢えず人気のない場所まで本間を誘導してくれ!」

「お! なんか閃いたんか?」

「いや……ただ、ここは人の目がある、どうせ争うのなら目立たない場所の方が良い!」

「それもそうだな……っしゃ! 振り落とされないようにちゃんと捕まってろよ!」



 威勢のいい言葉を吐いた悪戸は、ウィンカーを点滅させ丁寧にハンドルを右に切った。



「どこへ行こうと無駄だよッ!」



 後方からはさっきよりもはっきりと聞こえる本間の声。それは着実に近づいてきている証拠でもあった。


 頼むぜ悪戸のバイク! お前の心臓だけが頼りだ!

 

     ***


「ふぅぅぅ…………ようやく、観念したようだね」



 壁面に落書きが目立つ高架下、如何にも治安が悪そうなこの場所で、大量の汗を流しながら息を整える本間と向かい合う。


 ……かろうじて誘導は成功したが……さて、ここからどう動くべき最善か。


 考えを巡らすがそう易々と突破口は見出せない。そんな俺を嘲笑うかのように迫り来る本間。



「如何にも君達ならず者が好みそうな所だね。わざわざ僕に速度をあわせていたのはここへ導き、隠れた仲間と共に懲らしめる為かな? もしそうだとしたら、前もって言わせてもうよ。いくら束になってかかってきても僕には勝てない、とね」

「誤解だッ本間ッ! 俺達は別に喧嘩したいわけじゃない!」



 ピタッ、と立ち止まる本間。名前を呼ばれたからか訝しむ視線を向けてくるがそれも僅かなこと、すぐさま表情に余裕を滲ませる。



「アウトロー界隈でも僕の名は知れ渡っているというわけか……有名すぎるのも困りものだね」

「違う違うそうじゃなくてッ! ――ああ、もう仕方ない!」



 この風貌では勘の悪い本間には一生気付いてもらえないと、俺は半ばやけくそに顔を隠す装飾を取り払った。



「――は、花川君ッ⁉」

「ああ。そしてこっちは悪戸だ」

「――あ、悪戸君ッ⁉」



 奴隷は二度、じゃなくて変態は二度驚く。



「ど、どうして二人がそんな格好を」



 本間は同じく装飾を取っ払った悪戸と俺を交互に見ながら訊ねてきた。



「詳しい事情は話せないが、新薗を救う為だ」



 俺は本当の目的を隠して本間にそう告げた。なんとなく、なんとなくだがこの男に小野町さんを知られたくない、ただそれだけの理由で。



「新薗さんを、救う? 一体どういう――」

「――その前に、どうして本間は球磨商にいた?」



 言葉を遮って俺が訊ねると、本間は特に言い淀む様子なくスラスラと語る。



「そんなの、狭山さんに助けを求められたからに決まってるじゃないか」

「ちょっと待て、どうしてお前が狭山と繋がってるんだ?」

「どうしても何も、僕に気があるらしいと紹介したのは花川君自身じゃないか」



 ……え、もしかして校門前でのこと? あの通報されてもおかしくない誘い文句から交流深めてたの?

 絶対ないと考えにすらしていなかった本間と狭山の繋がり、最悪な伏線回収だ。



「えっと、狭山とは結構親しくやり取りしてる感じ?」

「……LINE交換はしたんだけど僕が送っても既読がつくだけで、途中からは既読すらもつかなくなったよ。けど、今日ようやく繋がることができた」



 あ、それ首輪に繋がれただけだね。完全に飼いならされちゃってるね。


 そう俺は心中で呟く。


 しかし逆に言えば本間を利用して狭山が抵抗の姿勢を示したとも取れる。本間のたくましさは誰が見ても明らか、強さを誇示して退しりぞける単純明快な弱肉強食策。ならば、繋がれた鎖を断ち、本間を解放してやることができれば……倍返しできるかもしれない。



「本間、狭山は諦めろ。どう考えたって脈無しだ」

「そうは言い切れないんじゃないかな? この後の結果次第では彼女も僕を見る目が変わるかもしれない」

「いや言い切れる。それとお前は初耳かもしれないが、新薗が痴女だとデマを流したのは狭山だ。だから俺達は狭山に謝罪してもらうよう行動している」

「デマ? それは本当かい?」



 本間は俺にではなく横にいる悪戸に確認する。視界の端で悪戸が首肯するのを見て、俺は続ける。



「これを聞いて尚、脈無し悪女に一縷の望みをかけるか? それともクラスメイトを救う為に諦めるか?」



 自分の発した言葉に耳を傷めつつも、俺はまっずぐ本間を見つめる。



「僕は…………僕は…………」

「地面に答えは落ちてないぞ」



 俯く本間に俺はそう厳しく声をかける。探さなくてもいい、お前の気持ちが聞きたいんだ、そう思いを込めて。



「僕は…………僕は…………」



 病気かと心配するくらい自信家で、呆れるくらい性に従順だが……それでも、決して仲間は裏切らない。そんな憎めない奴だと俺は知っているからこそ、安心して言葉を待てる。



「僕は…………僕は…………」



 恥ずかしいかもしれない、照れくさいかもしれない、けど俺達は絶対に笑ったりなんかしない。だからさ、正直に打ち明けてくれよ、本間の本当の気持ちを。



「僕は…………それでも…………狭山さんとヤリたいッッッ‼」


 

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