第31話 ラブコメにあるまじき解決法5

 これが幻聴だったならばどれほど良かっただろうか。しかしいつだって現実は残酷。高架下で反響する本間の本心が何度も何度も俺の耳に訴えかけてくる……「ヤリたいッッッ‼」と。



「こ、こいつやべぇ」



 悪戸の言う通り、この男はやばい。やばいがここまで似合う男が他にいるだろうか? いやいない。この男はさもお洒落のようにやばいを着こなしている。違う、この男がやばいでやばいが服着て歩いていると形容した方が正しいか。とにかくやばい。



「ふぅ、スッキリした。包み隠さず本心が打ち明けられる、やはり友とは素晴らしいものだね」



 しかし当のやばいは心中をぶちまけたからか、清々しい表情でそう言った。


 ……綺麗にまとめようとしてるとこあれだが、本音が汚すぎて拭ききれてないからな? 自分がつけた汚れの頑固さを自覚してね?



「新薗さんには申し訳ないけどそういうことだから、花川君達もこれ以上邪魔しないでね。それじゃ」



 身を翻し背を向け去っていく本間。



「いいんかよ花川、本間を放っといて」



 いいわけがない。褒められたやり方ではないにしろ、ここまで来たんだ。その築きを、女の尻をよだれ垂らして追いかけるような性獣ラガーマンに張り倒されていいわけがない。まあ、俺も小野町さんの為にやってるわけだから? 動機に似た部分があるのも否めないが……だからと言って引き下がるわけにはいかない。ここで諦めたら、協力してもらった悪戸達にも示しがつかないというもの……こうなれば是が非でも、だ。


 本間の去り行く足を止めるのに手段は選んでいられない、と俺は咄嗟に浮かんだ〝嘘〟を本間の背中にぶつける。



「――狭山はッ…………性病を患っているらしいぞ」

「……………………僕を引き留めたいが為のデタラメだとしても軽率が過ぎる。見損なったよ花川君」



 停止した本間は失望したよと振り返らずに冷たく突き放す。


 狭山には悪いが……いや別に悪くはないか。あの女もそうしてきたわけだし、因果応報ってことで。


 俺は放った嘘を更なる嘘で塗り固め、より信憑性を上げる工程に入る。



「球磨商に俺の友達がいてな、そいつが犠牲となった」

「そんなの――」

「――聞けば狭山が泌尿器科に出入りしているところを目撃したという人間も何人かいるらしい」



 嘘を貫き通す為の鉄則『疑われる前に説き伏せる』に則り、俺は畳み掛ける。



「…………」

「まあ確証はないがな。真に受けるか受けないかは本間次第だ。狭山が潔白だというのなら、身をもって証明すればいい。事に及んでな」



 そして最後は本間に委ねた。どれだけ俺が口を出そうと最終的には本間が決めなければならない。だが必ず本間は屈服する。どれだけ見境ない人間だったとしても欲の対象が性病だと知れば萎える。否定したい気持ちはあれど、完全に嘘だと突っ撥ねることができない現状、故によぎる性病という二文字が萎えに萎えさせしぼませる。さすがの本間も己がマッスルスティックを危機に晒してまで快楽を得ようとはしないはず。


 つまり、二択ではなく実質一択! 本間は俺達に従う他、道はない。


 俺は内心ほくそ笑みながらも顔には出さず、黙って本間の背を捉え続ける。「こ、こいつもやべぇ……」と隣でブツブツ言ってる悪戸を無視して。



「…………そこまで言うのなら仕方ない、僕も協力するよ。新薗さんにかけられた疑いを一緒に晴らそう」



 振り返った本間は呆れ口調で上から目線に承諾した。


 ……釣れた。が、何か勘違いしているようだから明確にしておかないとな。


 追い込まれた末の消去法、言い換えれば俺が差し出した救いの手、それを無下にするかの如く履き違え、対等かそれ以上に振舞おうとする本間に俺は立場を弁えらせんと突き放す。



「俺はお節介に忠告しただけ、別に説得したわけじゃない。嫌々仕方なくなら協力してくれなくてもいい。本間はしたいように……ヤリたい! ように……ヤレば! いい」

「え、えと……ぼ、僕、新薗さん、助ける」

「じゃあ、さっき叫んでた本心は嘘ってことか? それはちょっと都合がよすぎやしないか?」



 うッ、とみぞおちを殴られたかのような音を漏らす本間。



「もしかして、狭山が難ありと踏んで仕方なく新薗を助けるにシフトした……そんな最低極まりない理由じゃないよな?」

「――そ、そそそそんなわけないじゃないかッ! 僕は、新薗さんの為なら身を賭しても構わないとすら思ってるんだから!」

「……身を賭す、その言葉に二言はないな?」

「そ、そうだね……可能な限りは、やらせてもらうよ」

「さりげなく保険をかけるな。何でもしますと誓え」

「……な……何でもします」



 声を落として誓った本間。立場も明確になり、これで解決するまでは心置きなく扱き使える……と言っても本間にやってもらうことは一つしかないが。


 してやったりという感情が内側からは溢れ頬が歪に緩む。そんな表情で歩み寄ったからか、本間は自分の身体を抱くようにして戦慄する。



「よーし、じゃあ遠慮なく……まずそこにひざまずいて」

「ど、どうして――」

「――早く、しよっか」



 意味を問いだそうとする本間に俺は間髪入れず言葉を被せ、地を指し示す。

 何でもしますと口にした手前、本間は二の句が継げず、神に祈るようにして膝を地につけた。



「本間には〝やられ役〟を演じてもらうから。その体勢で顔は地面を舐めるように伏して、反対に尻は突き上げるようにしてくれ」

「こ、こうかな?」



 要求されたポージングをそつなくこなす本間に俺は懐から取り出したスマホのレンズを向ける。



「……いまいちインパクトに欠けるな。もっとこう〝やられ役〟感が欲しいというか……おい本間、取り敢えずズボンを下げて半けつにした状態で再度その体勢になってくれないか?」



「わ、わかったよ」と答えた本間は、何故かワイシャツのボタンを上から三つほど開け、それからベルトを緩めて引き締まった尻を曝け出した。



「これで……いい、かな////」

「おーいいねいいねイエスイエスイエーース! もうちょっと胸の筋肉を寄せて強調したら更に良くなるよッ! じゃねーわッ! 赤く染めた汗まみれの頬、不愉快な上目遣い、親指加えて甘えッ子みたいなその身の毛がよだつポーズ、その一切を今すぐやめろ! 真面目にやれ!」



 声を荒げての指摘に、すっかりグラドル気分な本間はしゅんと表情をかげらせながらも従う。なんで残念そうにしてんだよ。



「……もういいぞ本間。あとは今日のことを他言無用にしといてくれればいいから」



 本間の情けない姿を写真に収め、俺は自由にしていいと口にした。



「え? これだけでいいのかい?」

「ああ、十分だ」



 この写真を狭山に送りつければ、いやましに恐怖するだろう。雇った屈強の護衛でも、狂人一派には敵わなかったと。

 そうなればもう時間の問題、心折れる日も遠くはない。



「帰ろう、悪戸」

「お、おう……本間、お前はどうすんだ?」



 悪戸が心配そうな面持ちで声をかけたのは、今尚〝やられ役〟の格好を維持している本間だ。どこか悟りの境地に達してしまったような顔をしている。



「僕は、しばらくこのままでいるよ。このまま、自分を見つめ直す……二人は気にせず帰ってくれてもいい」

「…………」



 沈黙が支配する高架下、説明を求めるような悪戸の視線に俺は静かに首を横に振る。考えるだけ無駄、新たな性癖の誕生を予感しているのかもしれないし、本当に自分を見つめ直してるかもわからん。ただ一つわかることと言えば真面に取り合ってはいけないということだけ、これは確かだ。


 許しを乞うように地に伏せたままの本間をそのままに、俺と悪戸はその場を後にした。


 ――次の日、狭山が新薗の痴女疑惑が嘘であるとツイッターにて公言した。

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