第21話 痴女疑惑3

 午前中の機械実習を終え昼休み。練馬、吉田と共に俺は学食の列に並んでいた。



「いやーしかし朝っぱらからどうなるかと思ったぜ。筋肉の奴、よっぽど情報共有したかったのかしらねーけど、ふつーその場に当事者がいるかいないかまず確認するだろ」

「普通ならばな。本間のことだ、性への好奇心が警戒心を勝ったのだろ。それよりも……」



 待ち時間、朝の出来事について練馬が私見を口にしそれに吉田も続いた。だが、吉田はそれよりも気になる話題でもあったのか推し量るような視線を俺に向かって投げかけてきた。



「花川には驚かされたな。まさかああも冷たく突き放すとは……ポロッとでた本音というようにも見えなかったが、あれは意図して発言したのか?」

「当たり前だろ。いいか? この世の中、自分のことが嫌いだという人間に手を差し伸べる善人がいると思うか?」

「時と場合によるが、それでも結構いるだろ。」



 特に悩む素振りも見せずに答える吉田に俺も首肯する。



「そうだな、まあいるだろうな……お為ごかしの偽善者なら」

「偽善者ってまた大袈裟な……」



 呆れた様子の練馬が溜息交じりにそう零したが俺は構わず持論を展開する。



「大袈裟じゃなく事実だ。表面上ではヘラヘラしていても内面では何を考えているかわからない。営利目的や自尊心の満たしにほくそ笑んでいるかもしれない。そんな輩が善人と呼べるか? 呼べるわけがない」

「いやいや、必ずしも全員がそうってわけじゃないでしょ」

「そう思うのなら一度、自分の身になって考えてみてくれ。こいつ間違いなく俺のこと嫌ってるなって奴に都合の良い時だけ救いを求められてそれを心から助けてやれるか? 絶対無理だろ。は? なんだこの調子の良い奴ってなるだろ。そういう奴ってのは大概――」

「――わかった、もうわかったから結局何が言いたいのかを教えてくれ」



 氷上を舞うスケーターのように口から滑り出る言の葉を打ち切り収拾を図る練馬。どうせなら全て吐き出したかったが、そろそろ俺達の番も近い……仕方ないな。



「つまりだな、周囲から印象が悪くなるのを承知で包み隠さず言いのけた俺偉くね? ってことだ!」



 俺がそう自信満々に放つと、練馬は顔を引きつらせついでに身も引き、訊ねてきた張本人の吉田に至っては愛想が尽きたのか黙って順番待ちし、見向きもしてくれなかった。



「いやほら、ラブコメ主人公とか戸締り忘れて口からぽろぽろ本音垂れ流してるの多々見受けられるだろ? それが何故か武器となってヒロイン攻略に役立ってる。俺はそれに則っただけだから……あ、でも勘違いしないでね? あくまで練習であって別に新薗を攻略しようとしてるわけじゃないんだからね?」

「え、あ、うん……最後の方ツンデレの練習になってたけど、まあ頑張って。あ、おばちゃん、工業スペシャル肉丼一つ!」



 順番が回りまず練馬が注文を済ませる。



「花川が本音を撒き散らしても女子がトキメキ、心開くことはまずないだろ。それにさっき「俺偉くね?」と言っていたが、盛大なブーメランだな。もろ歪んだ自尊心を満たしているじゃないか…………おばさま、右に同じ物を」



 続いて吉田。



「……た、確かに。そうなると俺、ただ印象が悪い悪人ってこと? 最悪じゃね? あ、俺も右に同じくでお願いします」

「はい、三百円ね」



 練馬と吉田から反応はなく、学食のおばちゃんだけが俺の味方だった。なんて薄情な友人達、なんと温情なおばちゃん。

 俺はそんなおばちゃんに応えるべくポケットの中をまさぐる。



「あ、あれ? 財布が…………あ!」



 そこではたと気づく。午前中が実習だったことに。



「す、すいません、作業着の中に財布入れっぱなしにしてきちゃったみたいで…………スマホ決済できます?」

「――次の方どうぞ!」



 あ、あれおかしいな、おばちゃんが目を合わせてくれないぞ? 急速に老いたのか?



「ぶふッ、だっせーな鋼理」

「全くだ。情けない」



 始終を見ていたであろうの練馬と吉田が惨めにより拍車をかける。こやつらめ……「立て替えといてやるよ」の一言もないのか。



「――ちょっと取ってくる!」



 すっかり恥ずかしい状況になり居心地悪くなった俺はそう言い残し駆けだした。



「新薗って二年の話聞いたか? そうとうなビッチらしいぜ」

「らしいな。俺でもいけっかな」



 機械科棟へと戻る道中、端々から新薗の噂が聞こえてきた。どうやら広がりは学年を超えているらしく、下品が際立つ。


 耳障りと思った俺は足をさらに速め、耳に入ってくる言葉を曖昧にした。

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