第20話 痴女疑惑2

 やりたがったぞこの変態……と、誰もがそう思い、咎めるような視線を投げかけているだろう。しかし当の本間は今も現状を把握しきれていないのか下品に鼻息を立てている。



「衝撃だよね! 僕も皆にもマンチャンあるかもしれない。機械科全員が知らぬうちに穴兄弟の契りを結ぶ日はそう遠くないかもしれないよ!」



 これはひどい、品位の欠如が過去最低レベル。というか本間の視野は一体どうなってるんだ。透明な遮眼帯しゃがんたいでも装着してるの? って思っちゃうぐらい視野狭すぎだろ。


 へその緒と一緒にデリカシーも切り落としたのかそれとも便所に流したのか、本間の発言に頭抱える者が続出、その中で新薗はといえばただ黙って本間を見つめている。触れれば凍傷してしましそうな冷たい表情だ。


 そんな新薗が静かに言葉を発する。



「本間君……その話、もっと詳しく聞かせてくれないかしら」

「いいよ、新薗さんの噂なんだけどね新薗さん…………え、新薗、さん? い、いつから、そこにいたの?」

「本間君が教室に入ってきた時には既にいたわ」



 底冷えしそうな新薗の冷めた声音に、本間は地上にあげられた魚のように口をパクパクとさせ、遅すぎる驚愕に身を強張らせていた。


 百歩譲って今までのは仕方ないとしよう、けどさすがに新薗に声かけられた段階で気付けよ本間。途中まで新薗に新薗の噂を教える斬新な嫌がらせになってたぞ。


 俺は心中で呆れつつ静観していると、不意に落ち着きを失い視線を行き来させている本間と目が合った。



「助けてくれッ、花川君!」

「どうして俺⁉」

「そんなの目が合ったからに決まってるじゃないか! 言わせないでくれよ!」



 必死に訴えかけてくる割には理由が単純な偶然。わかるはずがない、そもそも目と目で通じ合いたくない人間の考えなんてわかりたくもない。


 しかし事情はどうあれ昨日、本間には理不尽から救ってもらっている。恩を返すという意味では手を貸すのも…………いや、こればっかりは自業自得だ。蒔いたのは本間、なら摘み取るのも本間の役目。


 てなわけで我関せずと俺は本間から視線を逸らし、断りの意を示した。

 悪く思うな本間、そして自分を悪く思え本間。これを機にもう少し状況観察力を身につけ、多少なりとも真面な人間になってくれ。


 そう勝手に本間の成長を願い、俺は窓の外を眺める。すると、視界の端で誰かの姿が入ってきた。



「花川君、あなたも知っているようね。教えなさい」



 てっきり本間だろうと決めつけていたが、声からして違う。俺の机の前に不機嫌そうな面持ちでいたのは新薗だった。



「だから何故に俺なんだ」

「本間君があなたに助けを求めたからよ。さすがに目が合ったというだけで指名したわけではないでしょ。あなたも事情を知っているとわかっていたから指名した。だから訊ねているの」

「いや考えなしの適当だぞ、あれは」

「あら、〝知らない″とは否定しないのね」



 そう言って見下ろしながら微笑む新薗。そんな彼女に向かって自分でも驚くほどスムーズに言葉がでてきた。



「知る知らない以前に、俺には関係ないからな。それだけだ」



 あれほど本間の空気の読めなさを批判してきた俺の空気をぶち壊す発言に、ピンと糸を張ったような緊張が室内に走る。



「…………そう」



 しばらくの間の末、新薗は小さくそう呟き自分の席へと戻り、俺も再び窓の外に顔を戻した。

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