第13話 練馬の幼馴染み1
新薗が転校してきてから一ヶ月が過ぎた。雲が主役になりつつある今日この頃だが梅雨時期の陰鬱な空気を吹き飛ばすくらい学校中には活気があった。いや活気が戻ったと言った方が正しいか。
中間テスト最終日の今日、最後のテストも無事終わり、解放感からかいつも以上に活気に満ち溢れている。それは機械科二年に限らず校内全体だ。窓側に座している為、他クラスの雄叫びが嫌でも聞こえてくる。球磨工生が如何に勉強嫌いかが良く分かる。
だが気分が高揚してしまう気持ちもわかる。実際俺もテンション上がってるうちの一人だし。というのも今日はテスト期間中でいつもより放課後を迎えるのが早く更に金曜日という事実。異なる時間割と定期的な土日休み、日常と非日常が織りなす至福の日といっても過言ではない。ここまで整った条件で喜ばない生徒はいるはずがない。
そう決めつけていた俺だったが例外がいた。しかもすぐ隣に。
騒々しい機械科でただ一人、隣人の新薗は喜びで声を上げることもなければ嬉しさで笑みを浮かべることもく、無を顔に張り付けて教室を出ていったのだ。
内心は知らないが、表面上は嬉々としている様子が一切ない。なんと能面。
「鋼理、辰真、頼みがある!」
と、名指しの誘いを受け俺は後方の引き戸から視線を外した。
「頼み?」
「……嫌な予感しかしないのだが」
不審を言葉にした吉田に、俺も過去の経験が頭によぎる。
「頼む! 何も言わずについてきれくれ。一生のお願いだ」
「前回も前々回も同じこと言われたぞ。悪いが俺と花川が供にすると殺伐とした空気になるのが容易に想像できる。お前もわかっているだろ?」
「それは……頼むッ! この通り!」
遠回しに断りを入れようとする吉田だが、練馬に頭を下げられ二の句が継げないでいる。
困った顔を浮かべる吉田と目が合う。どうする? そう顔には書いてあったが俺は首を横に振るしかなかった。
諦めたように息を吐き、練馬に向き直る吉田。
「わかった。付き合うから頭を上げろ練馬」
「…………マジで?」
「ああ。花川も構わないな?」
吉田の訊ねに俺は頷く。すると練馬は頭を上げ安堵の笑み浮かべる。どうして安堵するのか、俺には理解できない。もし俺が練馬の立場なら安堵は愚か、そもそも誘いもしないだろう。
「マジで助かる! この借りは後で絶対返す!」
気前のいいセリフを口にする練馬はすっかりご機嫌な様子。苦行の対価として工業スペシャル肉丼でも奢ってもらおう、そう自分を納得させ先導する練馬に付いて行った。
電車を利用し連れてこられたのは駅ビルとして商業施設などが併設された球磨谷駅。どうやらここが待ち合わせの場所らしい。
改札を抜けて直ぐに目的の人物が見つかったのか、練馬はまばらな人の群れを避け駆け足で向かっていった。
目的の人物も練馬に気が付いたのかそれはもう満面の笑みで出迎えたが、それもわずかな時間だけ。その後を追う俺達の存在も知り態度が急変する。
「……ねえ、がっくん。どうしてまたこの人達がいるの?」
あの一瞬の笑みは幻なんじゃないかと錯覚してしまうくらいの白け切った表情、そこには怒りも含まれている。ちなみにがっくんとは練馬の呼び名だ。
「あーえっと、この間俺達で遊んだ時が結構楽しかったらしくてさ。だから今日も呼んだんだけど…………迷惑だったか?」
「ううん、別に」
言葉とは裏腹に俺達が邪魔者であると視線から態度から空気から痛いほど伝わってくる。しかし矛盾を生まない為に強張った表情筋に無理を強いて愛想笑いを浮かべた。恐らく隣にいる吉田も同じような顔をしているだろう。
「それより早くいこっ」
「お、おう。鋼理、辰真、行こうぜ」
俺達の干渉を良しとしない彼女。本来ならば空気を読んで俺と吉田はここで退散するのが最善。しかしそれは空気の読めない、いや読めない振りをしている練馬に許されない。
だから前を歩く二人にしぶしぶ付いて行くしか俺と吉田にはできない。これがこの集いの暗黙の了解。
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