なくならないもの

高梯子 旧弥

第1話序ノ口

「行ってらっしゃい」そう笑顔で見送る母の顔を見るのが一日の始まりであり地獄の始まりでもあった。そこから学校までの道のりは三途の川を泳ぎで渡るような苦難に満ちていたと言っても過言ではないと僕自身は思っている。そんな僕の心情と反比例するかのように空は今日も元気に明るくしているから全然関係ないけど腹立たしかった。気分が暗いと考え方まで暗くなるのかそれとも考え方が暗いから気分が暗くなるのか。そんな意味のない考えをぐるぐるしているうちに学校が見えてきてしまった。本当だったら考えではなく通学路をぐるぐるして学校に辿り着かないようにしたかったのになかなかうまくいかないものである。気分が乗らないまま学校の敷地へと足を踏み入れた。特段空気が変わったりするわけではないのに空気や地面の感触が気持ち悪いもののように感じるのは僕が学校を嫌っているせいだからなのか。そんなことを考えながら下駄箱を見ると僕の上履きが無くなっていた。またかと思うと同時にこれならまだ良かったと安心する。上履きに落書きされたり画鋲を入れられる等々のほうがかえって面倒くさい。それだと登校してすぐに自分の上履きを履けるような状態にするというミッションが発生するからだ。逆に上履きごと無くなっていれば職員室に行ってスリッパを借りればいいのである。……まあそうしたところでいずれは上履きを探さなければならないことに変わりはないが個人的にはこのほうが気持ちが軽かった。そんなわけで僕は職員室にスリッパを借りに行く。理由はまさか隠されたと言えないので持って来るのを忘れたということにした。僕は度々こう言っているため先生に「気をつけろよ」と注意される。僕も激しく首を縦に振り職員室を後にする。借りたスリッパには『生徒用』と黒のペンで書かれている。それを装着して歩きだすと上履きのときとは違う少し間の抜けたような足音が廊下に響く。僕の足のサイズが小さくスリッパと合っていないからか階段の上り下りするときには脱げそうになってしまう。しかし何とか無事に教室のある三階まで上りきることができた。僕のクラスである六年一組は階段から右手に曲がった所のすぐ近くにある。その奥には二組三組と続いている。僕は後ろのドアをなるべく存在感を消しながら開け自分の席へと向かう。僕の席は窓側の一番前という隅っこだから嬉しいが一番前という少し嬉しさが軽減するような場所だ。何とか何事もなく自分の席へと辿り着いた僕は日課となっている自分の席チェックを開始する。自分の席がいたずらされていないか確認してからでないと席に着けないのである。椅子を引いて防災頭巾や椅子に何かされていないか確認。机を見ては落書きや机の中に何か入っていないか確認。それをやって初めて席に着ける。今日は何もなかったから普通に座れるが日によっては落書きがされていたり机の中にゴミを入れられていたりするとそれをホームルームが始まるまでに処理しなければならないから面倒だ。席に着き鞄から今日の授業の道具を取り出して机の中へとしまう。本当だったら学校に置いてける物は置いておきたいのだがそうすると何かされるのではないかと思っておちおち置いていけない。そのため毎日普通の人より重たい荷物を持っておっちらえっちらと登校しているのである。それでもいたずらされるよりはましと自分に言い聞かせながら荷物を整理していると僕の名前を呼ぶ声がした。そちらへ顔を向けると小柄な体躯にぴったりと合っているランドセルを背負った丹部にべが居た。「おはよう」と言ってくる丹部に対して「おはよう」と返す。丹部は僕の横を通り過ぎて自分の席である僕の後ろの席へと着いた。「またスリッパなんだね」というのに対して「……言わないでよ」という弱弱しい答えをしてしまった。丹部はというかクラスメイトなら僕がいじめられているというのを知っているがその中でも丹部は数少ない味方だ。元々曲がったことをするのが嫌いなのと幼馴染みということもあり僕がいじめられている現場を目撃すると助けに入ってくれる。僕よりも小柄な女の子だけど僕にとっては大きな支えになっていた。「上履き探しに行く?」「もうホームルーム始まっちゃうし昼休みに行くよ」「手伝おうか?」「大丈夫。ありがとう」丹部は親切の押し売りのようなしつこく食い下がってこないのも僕は好感を持っていた。下手に丹部といたら丹部にもいじめの被害がでるかもしれないと考えるとそのほうがこわかった。

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