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 私がジェンキンス隊マイクロフト小隊と合流したのは、国王カイル在位15年の年、4月13日に「ケミアンの戦い」が勃発して間もない5月1日のことだった。

「ケミアンの戦い」は、我が王国とダームガルス帝国が初めて衝突した戦いである。

 ダームガルス軍が我が王国との国境であるケミアン侯爵領に突如として襲来し(当時はまだ宣戦布告という概念がなかった)、10時間にわたる戦闘で双方に大きな被害が出たそうだ。


 その朝、私は素知らぬ顔でノーリンドンの町を歩いていたが、実のところ、集合場所として指定された兵舎の場所が分からずに道に迷っていた。

 てっきりハリントン城のような高くて目立つ建物と思っていたのに、それらしいものが見当たらなかったからだ。

 そんなとき、ひとりの女の子と目が合った。

 彼女は後に判明する鋭い洞察力で、私が困っていることを見てとったらしい。

 私は彼女に町を案内してもらうことになった。

 世話になる身なので私が先に名乗ると、彼女はリジー・フォスターと名乗った。

 私は礼を言ってから、これからジェンキンス隊のマイクロフト小隊の顔合わせがあるのだと話した。

 すると、彼女は顔を輝かせた。

「マイクロフト小隊? もしかして、カストバーグ子爵のジョン・マイクロフト?」

「あー、そんなふうに聞いたような……」

「そんならあたしの友達がいるんだ、あいさつしとこう!」


 リジーは椿つばきの花が開くように笑った。

 彼女は小柄だったが、表情の動きとジェスチャーが大きい女の子だった。

 彼女は目鼻立ちと輪郭の丸い、人懐っこい顔をしていた。

 年齢が見た目通りの十代半ばなら、私の妹と同じくらいの歳だ。

 当時、王国に住む女性はスカートを履くのが一般的だったが、彼女は男物のズボンと軽くて動きやすそうな上着を着ていた。

 大きなリュックを背負い、右手に背丈ほどもある杖を持っていた。

 防塵用のスカーフで髪が隠れているせいで、一見すると少年に見えた。

 実際、青年のような乱雑さや不潔さこそないが、少年のような快活さと率直さがあった。

 言いようによっては女性として年齢不相応なのかもしれないが、私はすぐに彼女に好感を持った。


 リジーはノーリンドンの町のことをよく把握していたが、聞けば、この近所にいくつか用事があっただけで、地元の人間ではなく旅人とのことだった。

 たしかに彼女の格好は旅人らしいそれだし、言葉の端々に聞き慣れない訛りがあった。

 何のために旅をしているのか私が尋ねると、彼女は神妙な顔で口を尖らせてから、「勉強、かな」と答えた。

「勉強?」

 当時から既に、貴公子の間では無学な女性よりも教養のある女性の方が人気だったし、裕福な農民の坊ちゃんが学問を修めることもあるにはあった。

 庶民の間では頭の良い奴は信用ならないと信じられている一方、高貴な身分の人々の間では教養を身に着けてそれを会話に散りばめることがいきだと思われていたのである。

 だが、農家の女児が学問をした話など聞いたことがなかった。

 そして、リジーは貴族の令嬢という雰囲気ではなく、いかにも農家の娘という感じの顔立ちだった。

 今になって思うと失礼な印象を抱いたものだが、しかし当時は実際に、顔の造りや肌の具合で貴族と平民を見分けられる場合が多かった。


 リジーは自分がいかに常識外れなことを言っているか無頓着な様子で、「これも勉強だって師匠が言ってた」と付け加えた。

「師匠?」

「サマーラのマイスター・ブレインシュタットだよ」

 私はその名前にも地名にもピンと来なかった。

「そっか、サマーラって町がエルデリアにあるんだけど、山奥だから、こっちの人は知らないか」

 エルデリアが我が王国の北西に位置する国だということは、いくら私でも聞いたことがあった。

 かの国はディバイディング山脈(隔てる山々の意)で南方の諸国と隔てられているため、我が王国との間の行き来も活発ではない。

「お前さん、エルデリアの出身なんかい?」

「ううん、あたしの出身はタシケントで……」

 目的の兵舎を見つけて、彼女は言葉を切った。

 ちなみに、タシケントという地名を当時の私は知らなかったが、我が王国の町だと後に知った。

 兵舎は石造りの堅固な建物で、甲冑を着た男たちが門をくぐっていた。

 門衛はリジーのことを私の小間使いだと思ったのか、私の名前を聞いただけで、彼女のことは特に見咎めずに、マイクロフト小隊が集まっている裏庭への行き方を教えてくれた。

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