第25話

 あの建物の場所は憶えている。佳華と空を飛んだ時上から見たからな。神ノ原が見せてきた建物とよく似ていたのが印象深い。そう思った時点でこの可能性に気づくべきだった。ヒントはあった。それなのにどうしてこのことに気づかなかったのだ。僕は愚かだ。だが今ならまだ間に合う。あいつの思い通りにさせてたまるか。


 僕は走った。がむしゃらに。自分の記憶を頼りに。そして辿り着いた。あの建物に。あいつがいる場所に。


 あいつは言っていた。上から人を見下ろすのが好きだと。だとしたらあいつがいるのはこの建物の一番上だ。建物の中には組織の奴らがうようよいたので壁をよじ登ることにした。非効率なやり方だが今はそんなこと言ってられない。一番上の階まで着くとそこの窓ガラスをぶち破って中に入る。侵入成功だ。


 中に入ると信じたくはなかったが彼女がいた。僕に背を向けて奴らを見下ろす彼女が。


「来ちゃいましたか。鳴宮先輩」


「ああ。お前だったんだな。情報を連中に漏らしていたのは。雨嶋後輩」


 ヒントはあった。そもそも最初僕に話に来たところからおかしい。あの時お前は佳華が能力を使っているのを見たと言った。だがそれがおかしい。あれは学校が終わってすぐのことだ。お前には化学部があったはずだ。化学部は部員がいないから毎日活動していると言っていたよな。なら部活動があったはずのお前がどうやって佳華の能力を目撃した?どうやってあの場所に居合わせた?簡単だ。能力を偽っていたのだろう?本当の能力を使えばあの場に居合わせることも可能だったのだろう?僕が能力のことを訊いたときお前は物を少し浮かす能力だと言った。それも少し疑問だった。流石にしょぼすぎる。まあこれはただの感性の問題だがな。それが本当の能力を隠す虚言だとしたら佳華の能力を目撃したことも頷ける。この声も聞こえているのだろう?


「ばれてました?」


 雨嶋はずっと背を向けたままでこちらを見ようともしない。


「ならなぜ本当の能力を隠すのか?それはお前が能力を使えば人の心を読めるからだ。そんな能力を持っているが知れたら警戒されるもんな。他にも色々できるのだろう?お前の能力。佳華の力を見たというのは……そうだな。分身でも作ったか?」


 そう言いつつ彼女に近づいて行く。


 冷静に考えたらこの三ヶ月間はおかしなところばかりだった。なぜ佳華を狙っていた組織がこの三ヶ月間手出ししてこなかった?神ノ原が守ってくれていたのか?その可能性は高いし実際守っていてくれたのかもしれないがだったらなぜあの神様が瀕死だった時に狙ってこなかった?確かに向こうは小野坂という大型戦力を失ってはいたがこの好気につけ込まない手はないだろう。だが奴らはそれをしなかった。なぜか?お前が情報を操作していたからだろう。今回も情報を操作して奴らをここに集めた。違うか?


「当たりです」


 わざわざ似ている場所を選んだのは少しでも嘘だと気づかれないようにするためだろう?同じ嘘つきだ。それぐらい分かる。


「こんな所でダイナマイトとか爆発させたらこいつらを一網打尽にできるだろうな」


 そう。ダイナマイト。彼女が昼間必死で作っていた危険物。


「……」


「一番不審に思ったことだ。なぜろくに活動していない化学部が今日になってダイナマイトなんてものを作り始めたのか?答えは出たよ。ここで使うためなんだろう?ここで奴らを一網打尽にしてお前自身も死ぬつもりなんだろう?」


「……全部分かっているんですね」


「ああ。全部お見通しだ」 


 そう言うと彼女は人呼吸おいてから話し始めた。


「私生まれた時からとてつもない力を持っていたんです。願いを叶える力です。私が人の心を知りたいと願えば知れるし、空を飛びたいと願えば飛べます。分身だって作れます。神ノ原って人?いや神様には及びませんけどそれに近しい力を持っていました。組織はそれに目を付け私を拉致しました。私はモルモットにされる予定だったんですけど利用価値があると判断されてモルモットにはなりませんでした。でもそれからは組織に言われるがまま色々な人を騙しました。そして私に騙されて捕まる瞬間を、彼らの目が絶望に変わる瞬間を見るたびに思いました。死にたいって。誰の助けもないんだって」


「……」


「でも最近はそう思わなくなりました。ある人のおかげで。その人悪ぶってるくせに真っ直ぐなんです。この世界に絶望していた私ですがその人の言葉を聞いて何度も助けられました。私、その人のことが好きになりました。初恋です。でもその人には好きな人がいました。ライバル出現です。けど私はその人に幸せになってほしかったので自分の恋を諦めてその人の恋を応援することにしました。どうです?私っていい女でしょ?」


 雨嶋の声がだんだんと涙ぐんでいくのが分かる。


「そうだな」


 そう言って気がついた。僕の声も涙ぐんでいることに。


「その人のためにずっと捨てたかった命を使おうと思ったんですけど、今は死にたくないんです。少し前まではあんなに死にたかったのに、死にたくないんです」


「じゃあ……死ぬなよ」


 そう言って彼女を抱きしめた。決して離さないように。


「先輩卑怯ですよ」


 知らなかったのか?僕は卑怯で姑息な奴なんだぜ。


「そうでしたね」


 分かっている。もう何をしても彼女の意思が変わらないことは。三ヶ月間だけだったがほぼ毎日顔を合わせていたんだ。自分が出した決断をおいそれと変えるようなつまらない女ではない。だから今していることがどれほど愚かで、情けなく、弱いことかも分かっている。それでも今はこうしたかった。


「私まだその人とやりたいことがいっぱいありました。一緒に帰ったり、不気味な道を通って吊橋効果とか実験してみたり、あとご飯にも行きたかったですね。その時は奢ってくれますか?」


 もちろんだ。くそ。もう声も出せない。


「ほい」


 雨嶋は能力を使って僕を引き離す。そして最後に一度だけ振り向いて


「私、先輩のことが好きです。でも先輩の恋を応援します。だってそっちの方がかっこいいでしょう?」


と言って僕を建物から退去させた。


 そして建物は爆発した。跡形も残らないほどに。


 ……。


 気にすることはない。僕にとって彼女はどうでもいい存在だ。これからは貴重な昼休みを奪われないで済む。そう。どうでもことなのだ。……嘘だ。


 そんなことがあるか。


 泣いた。声と涙が枯れるまで泣いた。腕にはまだ彼女の温もりが残っていたがそれさえも薄れていくのを感じ涙が止まることはなかった。

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