第13話

 急いで校門まで行くと佳華はすでにそこにいた。僕を待っていた。


「悪い。色々あって遅れた」


「遅いわね。女の子を自分から誘っておいてどういう神経しているの?殺すわよ」


 やはり言われた。言うと思った。


「こっちは色々と予想外の自体があったんだよ」


 佳華に今日あったこと否、さっきあったことを話した。もちろん噓を交えつつ。嘘だ。こいつには嘘は通じないだろう。そんなことは理解している。


「ふーん」


 一通り話終えた後の佳華の感想がそれだった。


「つまりごみ宮くんは他でもないこの私を誘っておいたのにも関わらず別の女の話していたせいで待ち合わせに遅れたのね」


「お前の自分主義の主観ととてつもない被害妄想が合わさればそうなるな」


 実際遅れたのは一、二分だぜ。


「それにしてもまさかこの学校に不思議な力を使える人が私以外にもいたとはね」


「その力って生まれついてのものなのか?」


「いいえ。違うわ。少なくとも私は。ただこの不安定であって強すぎるこの力には色々と悩まされるものよ」


 はっきり言ってこいつの言うことは理解できなかった。いやそうなる理屈は理解できるが真にそれを理解するのは力を持たない僕には無理だろう。不可能だろう。雨嶋の悩みも佳華の悩みもそれらがどの程度のものなのか分からない。だが少しは力になってやりたいと思ったかもしれない。


 そんなことを話していると突然前方に男が現れた。


「佳華真音だな。一緒に来てもらおう」 


 と、男は言った。何だ?こいつ。


「鳴宮君」


 と言って佳華は僕に手を伸ばす。


 僕がその手を握ると体が上空に舞い上がった。飛んだ。


「お前も空を飛べたのか?」


「当然でしょう。このぐらい」


「いや当然ではないだろう」


 僕と佳華はさっきの男を地に置き去りにしていく。


「あいつ。誰だ?」


 そう言うと佳華は俯いた。


「私の力を利用しようとしている人ってところね。今までも何人か来たわ。その度こうやって逃げているの。けどやっぱり怖くて下校はいつも空を飛んで帰っているわ」


 空を飛んで帰っている、か。笑えない冗談だ。ああいう連中が怖くていつも空を飛んで帰宅している彼女が、そのため猫の墓に着くのが僕より速かった彼女が、僕の誘いに応じたときどういう心境だったのだろう。想像し難い。ただ自分のことを頼りにならない奴だと思った。まあ僕にそういう感性が残っていればの話だが。


「なあ佳華。明日からも一緒に帰らないか?」


 僕はこの時彼女をそういう連中から守りたかったのかもしれない。いつも一人ぼっちの彼女に少しでも寄り添いたいと思ったのかもしれない。今日の分の名誉挽回をしたかったのかもしれない。ただ今握っている彼女の手を離したくなかったのかもしれない。これは気持ち悪いな。それらは全て噓で何も考えてなかったのかもしれない。ただ僕はそう言った。


「ありがとう」


 その言葉が気持ちだけは受けっとっておくという意味なのか、それとも明日からもよろしくという意味なのか、分からなかったがそれを問う前に僕らは度肝を抜かれることになった。下から人間が飛んできたのだ。そしてそいつは僕らを蹴り飛ばした。僕はとっさに佳華をかばったが体制を崩したらしくどこかの建物に突っ込んでしまう。


「おい。大丈夫か」


「ええ。問題ないわ」


 どうやら突っ込む直前、佳華が落ちるスピードを減速してくれたらしい。そのおかげで幸いけがはなかった。


「あいつ誰だったんだ?」


「分からないわ。それよりここ、人がいないみたいね。廃ビルかしら」


 と、佳華が言った次の瞬間何かかが落ちてきた。


「俺から逃げられると思うな。能力者」


 それは僕らを蹴り飛ばした男だった。


「あんた誰だ?」


 能力者とは恐らく僕が言うところの不思議な力もことだろう。それを知っていて彼女を追っているということはこいつも能力を利用しようとしている連中の一人か?


「小野坂圭吾。お前は能力者ではないな。邪魔だ。消えろ」


 小野坂圭吾どこかで聞いたことのあるような名前だった。どこだったか?まあそれはそれとしてこいつはやばそうだ。


「佳華逃げろ。あいつは空も飛べるようだし危なそうだ」


「そうね」


「いいか。一、二の三で逃げるぞ。ん、のタイミングで逃げるぞ。フライングはなしだ」


 念を押してそう言う。


「そんなくだらないことすると思う?」


 そうだな。お前はしないだろうな。


「僕がするんだよ。だから僕のことは気にせずに逃げろ」


「何を――」


「いくぞ。一、二の三」


 と言った途端佳華は走り僕はその場に残った。


「あなた何をやっているの?」


 佳華が僕に気づき振り返ってそう言う。


「ここは僕に任せて逃げろ」


「何言っているの?」


「僕は噓を具現化したような存在だ。すぐにお前を見捨てるだろう。だから今はかっこつけさせろ」

 

「でも――」


「かっこつけさせろと言っているだろう。僕はそういうことがしたくなる年頃なんだ。だから早く逃げろ。僕がお前を見捨てる前に」


「そう。……早く見捨てなさいよ」


 と言い残して佳華は逃げていく。それでいい。お前のことなんてどうでもいいんだからな。


「何だ?俺から逃げるつもりか?それは不可能だ。あきらめろ」


「不可能ではない。なぜなら僕がいるんだからな」


 言ってみた。言ってみただけだ。言ってみたかったの間違いかもしれない。


「お前には消えろ、と言ったはずだが」


「それはできない。僕は困っている人を助けるヒーローだからな」


 嘘だ。だがこれは本当にしたい嘘だったかもしれない。






 得意の口先や取っ組み合ったりもしたが気づいたらものの数分で瀕死になっていた。そう瀕死に。なにせ空を飛べるような奴だ。こんな奴の足止めできてたまるか。体は傷だらけで血が噴き出しており頭はボーっとして意識を保つだけで精一杯だ。もはや痛みも感じない。


「案外しつこいな。もてないぞ」


「最近はしつこい男の方がもてるんだよ」


 まずいな。どうするか。


「お前。自分のことをヒーローだと言ったな」


「ああ。言ったが」


「そんなものこの世界にはいない。それだけは教えておいてやろう。じゃあな。楽になれ」


 最後に夢も希望もないことを純粋な高校生に教え小野坂はとどめを刺そうと足を振り上げる。


「ヒーローはいるぜ。ここに」


「随分と弱いヒーローだな」


「弱くてもいいんだよ。人の助けになるなら」


「くだらん」


 そう言って足を振り下ろす。とどめというわけだ。小野坂は随分と辛辣な表情でとどめをさす。そういえばさっき必死で足止めしていたから気づかなかったがこいつはずっと渋い顔で戦っていた。なぜだろう?そう考えたがそれ以上思考が動くことはなかった。嘘だ。とどめは決まらなかった。それを妨害したものがいたからだ。


「神様降臨。華のJKに呼ばれて参上してやったぜ。感謝しろ」


 小野坂の攻撃を止めたのは自称神を名のる神ノ原神だった。でもなぜ?


「佳華真音が助けを求めていたからな。来てやった。それより鳴宮悠斗。忠告したはずだが小野坂圭吾には気をつけろって」


 ああ。そうか。こいつに言われたんだったな。でも気をつけていてもこいつはどうにもならないだろう。


「確かにそうだ。で、どうする形勢逆転ってやつだぜ。小野坂圭吾」


「神ノ原。貴様を殺す」


「神を殺すつもりなのか?そりゃあ随分と罰当たりで不敬極まりない行いだな。でもお前にはできるかもな。とりあえず今は、失せろ」


 そう言って小野坂を消した。そう。消したのだ。


「何したんだ?」


「ちょっと隣りの地方まで飛ばした」


 なんでもありかよ。こいつ。


「当然だろ。俺は全知全能だぜ。さて俺の出番は終わりだ。じゃあな」


 と言って消えた。まるで景色に溶け込むように。昨日の佳華と同じように。


 さてこれからどうするかと思っているとある人物が来てくれた。


「鳴宮君。大丈夫、ではないようね」


 佳華だ。佳華真音だ。


「ああ。この通りだ。せっかくかっこつけたのにかっこ悪いな」


「そうね。あなたなんてごみ以下よ」 


 酷いことを言いながら佳華は僕の胸に手を当てる。すると体の損傷した部分が次々と治っていった。これがこいつの能力か。


「なんの力もないくせにあの人に勝てると思ったの。馬鹿なの」


 佳華の声は少々涙ぐんでいた。


「馬鹿で愚かでもうごみ宮君では罵倒し足りないわ。だから悠斗君って呼んでもいいかしら?」


 と、彼女はなんの装飾もない笑顔でそう言った。僕は彼女の笑顔に不覚にも惚れてしまいそうになった。いや惚れたのかもしれないな。





 昨日あんなことがあったのに今日はいつも通り学校があった。当然といえば当然だがこの世界は何がどうなろうと回っているのだと思った。だが一つだけ違うのは


「悠斗君。おはよう」


僕に挨拶ができる知り合いができたことである。

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