第10話
二章
ここから回想。
学生時代の僕は一言で言うと捻くれ者だった。今でもどこかの心ない後輩に捻くれ者だと揶揄されるがこれでもましになったほうだ。
僕の……いや僕と彼女と彼女の物語はそんな捻くれ者の僕がとある不思議なもの目撃してしまうところから始まる。そしてこの物語はまだ終わっていない。もちろんフィクションかもしれないぞ。
朝、一時間ぐらい早く目が覚めた。もちろんその日が修学旅行でドキドキして眠れなかったというわけではない。ガキじゃあるまいし。誰がドキドキするか。
二度寝しようという気分にもなれずこれといってすることもなかったので学校に行くことにした。行きたくもない学校に。なぜかって?少し早く学校に行けば何かが変わるかもしれない。そう思ったのだ。嘘だ。その程度で何か変わるのなら誰も苦労しないだろう。そもそも何かを変えたい、と思ったことはない。学校に行こうと思ったのはただの気分だ。まあ挨拶する知り合いは作りたいと思っていたかもしれないがな。
学校には徒歩で向かう。自転車も電車も使う必要のない距離に学校があるからだ。さて朝の素晴らしさを味わうかと思いつつ学校へ向かった。までは良かった。
断言しよう。朝なんてのは素晴らしいものではない。空気が美味しい?いつもと同じだ。早起きは三文の得?あんな言葉は噓っぱちだ。得なんて三文どころか一文もない。むしろショッキングなものを見てしまった。猫が車に轢かれるところだ。
あまりにも唐突に猫は僕の目の前で命を落とした。運転手は自分が轢いたのにも関わらずまるで他人事かのように去っていった。周りに人がいなかったのでその場には猫の死体と僕だけが残った。
……。
僕は猫の墓を作ってやることにした。まあ墓と言っても石を積み上げただけの歪なオブジェだがそれでも猫を弔おうという意思はこもっている。嘘だ。これはただの気まぐれである。猫を弔おうという気持ちは一切ない。
だがそんな気まぐれがあの奇想天外な物語の入り口であることをこの時の僕は知らない。知る由もない。知ることもないかも。
学校が終わり僕は朝立てたばっかりの墓を参ることにした。僕の帰宅は光よりも速い。つまり誰よりも速い。そのスピードで墓に向かった。はずだがそこには先客がいた。しかもうちの学校の生徒だ。制服を見ればわかる。おかしな話だ。冗談抜きで僕に帰宅でかなう奴がいるはずないしここにあるあの歪なオブジェが猫の墓だと知っているのは僕だけだ。だがあの生徒は、彼女は、そこで手を合わせていた。美しくよどみない所作だった。
艶のある綺麗な長い黒髪、すらっとした細い脚。後ろ姿を見ただけで彼女が誰なのか分かる。彼女の名前は佳華真音。僕のクラスでひときわ異彩を放つ人物である。
彼女は手を合わせ終わると不変なオブジェに手を当て「かわいそうに。次からは車に気を付けるのよ」と言ってその場を後にする。
すると猫を埋めていた場所がむくっと膨れそこから猫が出てきた。死んだ猫を埋葬したのは他でもないこの僕だ。だから分かる。あいつは、あの猫は、間違えなく今朝死んだはずの猫だ。
なんだ。生き返ったのかそれは良かったな。などと言っている場合ではない。死んだ猫が蘇ったのだ。珍しく動揺した。とにもかくにも彼女に話しかけてみることにした。
「よう。佳華」
「誰?」
は?
「お前と同じクラスの鳴宮悠斗だ」
「あー。猫を埋めていた人ね。あの猫残念だったわね。さようなら」
随分と素っ気なく。彼女はさよならを告げる。というか墓を作っているところを見られていたのか。
「残念だったもなにもさっきその猫生き返ったぜ。良かったな」
「見たの?」
佳華の鋭い視線が僕を刺す。
「見てない」
嘘だ。何でこんな見え見えの噓をついたのかというとさっき「誰?」と言われたのが気に障ったからだ。
「そう。どちらでもいいわ。けど女の子の秘密に男が土足で踏み入ってはダメよ。忘れなさい」
と言って彼女は消えた。すっと。景色に溶け込むように。本当だ。嘘ではない。そもそもそんなくだらない嘘はつかない。いやつくな。でもこれは本当だ。
「は?」
と思わず声が出てしまった。
今日起こったことをまとめよう。猫が死んだ、クラス一の美少女が猫を生き返らせた、その女が目の前で消えた。意味不明かつ不明瞭で滅茶苦茶な出来事だ。
次の日の朝も僕は早く目覚めた。ドキドキして眠れなかったのだ。そういえば僕もまだガキだったな。
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