月から来ました

「こんにちは! あなたこの辺りの人? 少し教えて欲しいことがあるの」


 街をぶらぶら歩いていると、何やら奇抜な服装の――今年一番の暑さだというのに厚手のモッズコートを羽織り、首にはこれまた外気を通すまいとする圧を感じるマフラーを巻いた――少女に声を掛けられた。彼女の声は若干掠れていて、どこか急いでいるように見えた。


「最近引っ越してきたばかりで」

「そう……。まあいいわ。立ち止まってくれたのはあなただけなの。少しお話をしましょう」


 立ち話もなんなので、近くのベンチに座って話を聞くことにした。少女は「月から来たのだけど」と前置きをし、正確には追い出された形になるのかもと言いよどみながら訂正した。月のどの辺りから来たということについて質問を投げかけると、月の地下深くに広がる大小様々な建造物群の一つだと教えてくれた。彼女を含めてそこに住む人々は生まれたときから決められた仕事を与えられ、完全に動けなくなるまで全うしているという。


 動けなくなったらどうなるのかという問いには分からない、けれどあまり楽しくはないでしょうねと寂しそうに答えた。


「本当にひどいの。ひどいのよ! 何で毎日毎日同じ服を着て同じことをしないといけないのかしら! 少しでも違ったことをすると怒られるし」


 月での生活は彼女にとって非常に不便なものであったと熱弁した。規則正しい生活と言えば聞こえは良いが、それら全て――食事から睡眠時間、娯楽や恋愛等、多岐に渡る――を監視されているから実質的には囚人と変わらないと少女は爪を噛み、どこか遠くを睨みつけていた。空を見上げれば、もうそろそろ星が見え始める頃合いになっていた。


「そりゃあね。私の家は代々一般的な従事者よ。一般的な従事者。分かるかしら」

「平凡な」

「そう! 平凡! 普通! 何の特徴もない! つまらない!? 私が!? この私がよ!? 信じられない! ああもう、思い返すだけで腹が立ってくる!」


 そしてある日、溜まった鬱憤を晴らすように騒ぎ立てた結果、こじれにこじれて月の居住地を追い出されたという。彼女はしばらく宇宙をさまよっていたが空腹に耐えかね、たまたま近くに見えたこの星につい先程降り立ったと語った。


「ま、時々私のようなのもいるみたいなんだけどね。少し調べれば他の星での過ごし方なんてのも分かるし。やっぱりみんな思うところはあるってことね……。あ! もうこんな時間! 忘れていたわ。この辺りに××××はあるかしら」


 それはないが、代わりになるような似たものはそこら中に溢れていると伝えた。少女は一瞬考え込んで、


「――ごめんなさいね。変わった子だと思ったでしょう。私の話は全て忘れてちょうだい。全部嘘よ。それじゃあ、また。ありがとう」

 と足早に去っていった。


 結局最初から最後までどうして意思の疎通が取れているのか、月での言葉が通じているのか疑いもしなかったようだが、同郷のものとしていつか彼女がヘマをするのではないかと気が気でない。[了]

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