箱の中の空の下

海溝 浅薄

2020年

彼女は即死魔法を習得している

 ひどく鬱々とした森の中、自らに立ち塞がるものは邪魔とばかりに動植物を灰へと変えながら、私の数歩先を突き進んでいく少女。彼女は即死魔法を習得している。即死魔法といえばその名の通り、あらゆるものを即座に死滅させられるという禁断の魔法である。


 通常であればそのような高等の魔法を使えるようなものが人前に姿を現すことはない――そもそも存在していること自体が許されるものではない――のだが、なぜだか彼女は現れた。そして、目の前にいる全てを瞬く間もなく亡き者にした。彼女はその力を自らの憂さ晴らしに使用していた。誰かのためにとか、何かしらの脅威を止めるためにとか、人のためになるような使い方は一切しなかった。彼女は単純に、全てを消し去るために現れたのだ。


 何の能力も持たない私のような人間たち、人を食う鬼、鬼を屠る力を持つ人間、それらを食らう巨大な飛竜――果ては、神と呼ばれし存在まで、彼女は全てを葬ってきた。何の躊躇いもなく、助けを聞くこともなく、淡々と粛々と、さもそれが当然であるかのごとく、彼女はこの世に溢れる生命全てを再び無に帰した。


 いや、全てではない。私である。私は彼女に消されなかった。それが幸であるのかそうではないのか。少なくとも、世界にとっては不幸であろう。


「何をぼさっとしているのですか。早く次の町を消しに行きますよ」


 あの時、私の故郷を訪れて破壊の限りを尽くしていた彼女に対して私は命乞いをした。他の人々と同じように、跪いて頭を地面に叩きつけながら――ただ一つ違っていたことがあり、ひと目見て惚れ込んだから付き合ってくれと叫んだ。事実であった。面白みのない日常に突如として現れた、即死魔法を操る少女。何もかもをなかったことにする存在。惚れない理由がない。


 いよいよ睨みをきかせてきた彼女の姿を追いながら、私たちは今日もまた、世界を滅ぼす歩みを続ける。[了]

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