最終話 自分の知らないところで、意外と関係は移ろっていたりする。
◇◇◇
「――っていうことがあってさー」
「いやぁ、まさかあいつらが付き合ってるなんてね」
週も明けた月曜日。俺たちは朝の教室で瑛太と咲相手に妹たちが恋人同士になったという何とも言えない報告をしていた。
「じゃあ二人とも妹と弟に先を越されちゃったのか」
「どうせだし、二人もこれを機に付き合っちゃえば?」
瑛太たちはいつにもまして息ぴったりといった様子で目を見合わせる。
「いやいや……そういえば最近、二人はあんまり喧嘩しなくなったよな」
「そういわれてみると、確かに咲ちゃんたち、ここのところ前より仲良しだよね!」
「この前なんて高木が、二人は付き合ってるみたいなこと言ってたし」
少しからかってやろうとそんなことを言って二人に目をやると、咲が満更でもなさそうに頬に手を当てていた。
「おい瑛太」
「なっ……なんだよ」
「お前たち、クラスの中じゃ付き合ってることになってるって言ってたよな?」
「そうだけど……それがなんだよ」
俺に勘付かれたことに気がついたのか、瑛太は教室の隅に視線を逸らす。
「お前たち、本当はちゃんと付き合ってるんじゃないのか?」
一瞬。本当にほんの一瞬だったが、時が止まったように音が消えた。そんな気がした。
そして、次の瞬間にはせき止められていた時が流れ込むかのように――。
「ちょっと! な、なななな、なに言ってんのよ!」
「そっ、そそそそ、そうだぞ佑斗! お前急に何言ってんだ!」
二人とも冷や汗だらだらで必死に声を荒らげていた。
「否定はしないんだな」
「ち、ちがっ」
「これは……」
小さく笑って言った俺に、二人はあわあわと言葉にならない声を浴びせてくる。
「二人とも、付き合ってたんだ……」
瑛太たちで遊ぶ俺を横目に、さぞかし驚いたといった表情を浮かべる琴葉。そんな彼女を見て、咲が立ち上がった。
「べ、別に、二人に隠してたっていうわけじゃないの。ただ、なんだか恥ずかしくって。いつ言おう、いつ言おうって思ってる間にどんどん言いにくくなっちゃったの。ごめんね、琴葉」
別に隠していたとしたって謝るようなことではないのに、咲は申し訳なさそうに琴葉を見つめる。
「ううん、それより二人が付き合うことになってたなんておめでたいことだよ! 学校が終わったらお祝いにどっかにケーキでも食べに行こうよ。もちろん私とゆーくんの奢りで!」
「えっ⁉ いいの? 瑛太、今日大丈夫よね?」
「え? あ、あぁ。昨日遠征だったから、今日はオフで部活はないけど……」
そんなところに行ったら、如何にして付き合うようになったのか根掘り葉掘り聞かれるんじゃないか、といった顔をしている瑛太。
安心しろ。根掘り葉掘り聞いてやるぞ!
「じゃあ、決定だね!」
「楽しみだなー」
なんとも複雑な表情の瑛太をよそに、盛り上がる女子勢であった。
◇◇◇
「この苺タルト美味しい!」
「このチーズケーキもクリーミーですごいよ!」
「ほんとに? 一口ちょうだい」
「はい、あーん」
放課後になり四人して向かったのは駅の近くのケーキ屋。店内にはカフェスペースもあってその場で買ったケーキを食べることができる。
俺のような冴えない一介の男子高生にとって決して居心地がいいとは言えないそんな場所で、なんとも百合チックな光景が眼前には広がっていた。
「で、二人はいつから付き合ってるんだ?」
俺は綺麗にチョコでコーティングされたケーキをフォークで口に運び、話を切り出す。
「学園祭の頃からだよ。二人して休んだ日の夜に仲直りして、その流れで?」
「ちょっと瑛太、流れでってなによ! ずっと昔から好きだったってあの時言ってたじゃない!」
「おい、余計なこと言うなって……」
素直に答えてくれた瑛太だったが、咲に告白のフレーズを暴露されてしどろもどろになってしまう。
「でも、咲ちゃんもずっと好きだったんだよね?」
「……まあ、そうじゃないと言えばうそになるというかなんというか」
一方の咲も、無垢な琴葉の質問に声をすぼめて顔を赤らめた。
この二人、見ていて心が和む。
「なんていうか、二人ともお似合いだよ。むしろ今までなんで付き合ってなかったのかっていうくらいだわ」
「「いや、お前(あんた)が言うな!」」
息ぴったしの二人に突っ込まれてしまった。
「でもまあ、なんだ。二人のことだから大丈夫だとは思うけど末永くな。付き合いが長いともし別れるなんてことになったらそりゃあ気まずいことになるからな」
「ちょっとゆーくん、縁起でもないこと言わないの!」
「悪い悪い。もしもの話だよ」
可愛く頬を膨らましている琴葉を見ながら、咲がニコッと笑って口を開く。
「でも大丈夫だよ。私はこのまま結婚までするつもりだからね」
「そうだぞ……ってあれ⁉ 今俺プロポーズされた?」
「なによ! あんたにはその気がないっていうの?」
「いや、そんなことはないけど……」
なんとも微笑ましい会話を繰り広げるお二人。咲もなかなか大胆なところがあるみたいだ。
「瑛太は、咲の尻に敷かれるタイプだな」
「あ? いやだよ、こいつケツでかいし」
「ちょっと今のどういう意味よ!」
思ったより馬鹿だった瑛太の返しに、即座に咲が反応する。
「なんだよ。本当の事だろ。もっと体引き締めないと夏休みに海になんて行けないからな?」
「引き締めてやるわよ! 夏までに絶対ボンッキュッボンッになってやるんだから!」
「いや、胸のボンッは無理――ッッッ!」
咲の拳が瑛太の腹に食い込んでいた。
「まあまあ。とにかく二人とも末永くお幸せにね」
と、琴葉の言葉で一連のやりとりは終わる。
そのあとに琴葉が追加でケーキを頼んだり、それに便乗しようとした咲と瑛太がまた言い争いになったりといろいろあったが、とりあえずは聞きたい話も聞き出せて、しっかりと二人の分も代金を払って店を出た。
◇◇◇
「じゃあ、俺らこっちだから」
「二人とも、今日はご馳走様。また明日ね」
ケーキ屋を出てからしばらく歩いて、分かれ道で二人と別れる。
「あいよ。気を付けてね」
「また明日―」
もう六時過ぎだというのに、外はまだまだ明るく蒸し暑い。夏がもう間近に迫っているんだと肌で感じさせられる。
「いやぁ、まさか二人も付き合うことになってるとはねー。びっくりしちゃったよ」
「そうだね。あの二人は付き合ってもあんまり変わらない感じもするけど」
苦笑して琴葉を見ると、彼女の足が止まった。
「なんか、本当に私たちだけ取り残されちゃったみたい」
「そう……だね」
俺も、同じことは感じていた。
口に出してこそいなかったけれど、妹たちに続いて親友たちも付き合い始めるとか、なんだか急かされているような気持ちになってくる。
夏休みまでに絶対彼氏彼女作らなきゃ的な雰囲気に当てられてるわけでもあるまいし。
でも、咲が言ってたようにこの機に乗じて『じゃあ俺たちも』っていうのはなんか違う気がする。
なんて言ったらいいのか、うまく言葉にはできないけれど。いずれ付き合うことになって、いずれ結婚することになるとしても、今はこの幼馴染という関係がそれよりも心地良いんじゃないかと思ってしまう自分が確かにいる。そういうことなんだと思う。
「ねぇ、ゆーくん――」
「焦らなくてもさ、いいんじゃないかな?」
「え?」
何かを決心したかのようにも見えた琴葉の顔の上にはてなマークが浮かぶ。
「別に取り残されてもさ、俺たちは俺たちじゃん? だから俺たちは自分のペースで、好きなようにすればいいんじゃないかなって、俺は思う」
「……うん」
俺が言わんとしてることを察したらしく、小さく呟く琴葉。
そして俺たちは、また歩き出した。
「瑛太たちさ、海に行くって言ってたよね」
「そうだね」
恐るおそる、琴葉の顔を覗き込みながら俺は続ける。
「俺たちもさ、行ってみる?」
「ほんとに⁉ 行く! 行きたい! 行こ!」
いつになく嬉しそうぴょんぴょんと跳ねて見せる琴葉に、息がひとつ漏れる。幸せ過ぎて漏れる、幸福のため息だ。
「行くとなったらバイトでもしてお金貯めないとだね」
「一緒になんか探そっか」
よくよく考えてみると、今まで二人だけで遠出をしたようなことは一度もなかった。
お互いの家族で一緒に旅行へ行ったり、二人で買い物に行ったりすることはあったけれど、どれも家族とどこかに行くような感覚に近いものだった。
「県外に二人でなんて初めてだね!」
「そうだね」
足取りが心做しか軽やかになった琴葉に合わせて、歩く速度を少し早める。
こうして並んで歩いていると、体から湧いてくる汗ですら心地よく感じられた。
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