第36話 妹弟を見ていると、いつもほっこりさせられる。(1)
◇◇◇
「うわ、なんかおしゃれな店だな」
「でしょ? 私も外から見たことしかないんだけどね」
お洒落ではあるが居心地が悪くならない落ち着いた雰囲気を帯びたその店は、花にまつわる小物を専門に扱っているようだった。
「いらっしゃいませ」
店に入ると迎えてくれたのは、まだ二十歳くらいに見える人当たりのよさそうなお兄さんだった。
アンティーク調の店内に窓から陽の光が差し込む様子は、まるで時間が止まっているかのようにも錯覚させられる。
「どのようなものをお探しですか?」
何の気なしに棚の商品を見ていると、店員さんが少し遠慮がちな声で話しかけてきた。
「えっと、弟への誕生日プレゼントなんですけど」
「弟さんか……」
独り言のようにそう呟いた彼は、顎を手で引いて少し黙る。きっと何の気なしにやっているのであろうその仕草は、やけに様になっている。
「―――それなら、これなんてどうですか?」
おしゃれな店内によく似合うポージングを崩して、店員さんは棚に置いてあったキーケースを手に取った。
いい意味でハンドメイドだと一目でわかるそれには、五枚の花びらが鮮やかな紫色で描かれている。
「これはデュランタという花で、花言葉は『あなたを見守る』。弟さんへのプレゼントにはちょうどいいのではないかと」
「デュランタって聞いたことないな……」
「なかでもこの種類の花弁は、紫色なのに
二人して頷きながら、へぇと声を漏らす。やはりこういうところで働いていると、詳しくなるんだろうか。
「全然考えてなかったけど、花言葉ってなんかロマンチックで贈り物にいいかもね、ゆーくん!」
「そうだね。でも『あなたを見守る』ってちょっとブラコンっぽい気もするね」
「えへへ、そうかなー?」
「いや、褒めてないよ?」
俺と琴葉のやり取りを見て、微笑む店員さん。そんな彼に、琴葉は小物のモチーフとなっている花の花言葉を片っ端から訊いていく。
かれこれ十分以上は経っただろうか。
「決めた。これにしよう!」
琴葉がそう断言した写真たてのモチーフとなった花の名前は、ヒヤシンスといった。
風を信じる子と書いて
花言葉に関しては店員さん曰く、「ヒヤシンス全体の花言葉は『スポーツ』や『ゲーム』、『悲しみを超えた愛』ですが、紫のヒヤシンスの花言葉は『初恋のひたむきさ』です。他の色にもそれぞれ違う花言葉があるんですよ」ということだった。
「まあ琴葉がそういうならそれでいいけどさ。またなんで?」
「だって『初恋のひたむきさ』だよ? 念願かなって唯ちゃんと付き合うことになった今の和葉にぴったりじゃん」
「あぁー…………ん?」
「ん?」
無言の時間が二人の間を流れる。
「今、唯と和葉が付き合うことになったって言った?」
「言ったけど」
「初耳なんだけど……」
「この前言ったじゃん!」
「そういえば……」
中間試験の前日だったか、琴葉がうちで何か言っていたような気もする。確か、和葉と唯がどうとか。
「じゃあゆーくん、今までずっと知らなかったの?」
「知らなかったよ」
ここ最近、ずっと引っかかっていたこと。思い出せそうで思い出せない、あの何とも言えないモヤモヤの正体はこれだったのか。
そう思えば、すべてのことに納得がいく。
昨日、琴葉が二人に気を遣っているように感じたことも、食卓で唯を見てなにか思い出せそうになったことも。
「いやぁ、まじかー」
俺はポリポリと頬を掻きながら、和葉が夜の部屋に来たときのことを思い出す。
『もう少し歩み寄ったほうがいいんじゃないか』だなんて、よくもまあそんな偉そうなことを言ってしまったものだ。
「それでは、贈り物用の包装をしてきますので、少々お待ちください」
いつ話に入ればいいのかとずっと機会をうかがっていた店員さんが、やさしい声でそう言ってレジへと向かう。
「あ、はい。お願いします」
いやぁ。そっかー。まじかぁ。
最近前にも増して仲良くしているなとは思っていたけれど、まさかあの二人が付き合っていたとは。
和葉に助言をしたつもりになっていた自分が恥ずかしい。恥ずかしくてたまらない。穴があったら入りたいとはまさにこういうことなんだろう。
ゴールデンウィークの温泉旅行で和葉が俺に相談してきたのも今は昔のことのようだ。
「なんか、私たちだけ置いてかれちゃったような気になってこない?」
「……まあ、人には人のペースがあるからね」
二人して感慨に浸っていると、店員さんが包装を済ませて戻ってくる。
「お待たせしました。千五百円になります」
俺は財布から千円札を一枚取り出してキャッシュトレイに載せた。
「今細かいのないからまた今度ジュースでも奢って」
「う、うん」
琴葉はその上に五百円玉を重ね、店員さんから紙袋を受け取る。
「ありがとうございましたー」
笑顔で見送ってくれる店員さんに会釈して、俺たちは家路についた。
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