第20話 学園祭では当然のようにトラブルが起こる。(1)

     ◇◇◇


「俺は琴葉とちゃんと仲直りしたぞ? お前たちも早く元通りになれって」

「いやよ。むこうが謝ってくるまで絶対に許さないんだから」

「そうは言っても、もう明日だぞ? このまま本番で大丈夫なのか?」


 ついに今日は学園祭前日。


 咲と瑛太はというと、この期に及んでまだ喧嘩状態が続いていた。まあ俺が言えた義理じゃないのだが。


 ともかく二人が一緒に練習したがらないので、引き続き俺と琴葉がそれぞれ二人の練習に付き合っているというわけだ。 


「今日の劇のリハーサルだって、瑛太とのやりとりぐだぐだだっただろ。練習じゃ上手くできるんだから、原因はあいつと喧嘩してること以外にないよな」


 黙りこむ咲に俺が言うと、彼女もゆっくりと口を開く。


「そんなこと言われたって。説得するんならあいつを説得してよ。私だって仲直りしたいわよ。けど……あいつが他の子と買い物に行ったりするなんて今までになかったし……」


 向こうは向こうで、琴葉が説得してくれてるだろうとは思うけれど。


 咲にも彼女なりに思うところがあったのだろう。ただ、思っていることをきちんと伝えずにいたって相手には伝わらない。


 言葉にしなくも伝わるだなんてのは嘘っぱちで、自分の押し付けでしかないのだから。それを俺はつい最近、身をもって知らしめられたばかりだ。


「とりあえずその不満をぶつけてみればいいんじゃないか? 一回、落ち着いてちゃんと話してみろよ。俺と琴葉で取り持つからさ」

「んー、そこまで言うなら……まあ」

「よし、じゃあ明日の朝、皆よりも早く教室に来るようにな。瑛太にも伝えとくから」

「分かった」


 押し切られて仕方なく、を装ってはいるが、咲の頬は無意識にか少し緩んでいる。


「これで明日には晴れて二人仲直りだ。さっ、もう少しだけ練習するぞ」

「うん!」


 やっぱり咲と瑛太には、いつものように仲良く痴話喧嘩をしていてもらわないと。


 くして学園祭当日の朝、二人を仲直りさせるために俺と琴葉はクラスメイトよりも一足先に登校することになったのだった。



     ◇◇◇



 六月三日、金曜日。二日間にかけて催される学園祭の初日。午前七時半。  


「ねえ、ゆーくん。二人とも来ないね」

「……来ないな」


 いつもならまだ寝ぼけ眼を擦っているそんな時間に、俺たちは教室にいた。


「寝坊かな?」

「二人そろってか?」

「うーん……」


 俺たちがそろって教室に来たのが七時ごろ。二人には七時過ぎには来るようにと言ってあったので、今来たとしてもかなりの遅刻をしていることになる。罰金ものだ。


 どうかしたのかと二人して考えていると、気の早いクラスメイトが教室に入ってきた。


「おはよう祐斗、龍沢さん」

「さ、鮫島。おはよう」

「おはよう、六花ちゃん」


 鮫島六花だ。彼女は琴葉を一瞥すると、俺に訝し気な視線を向ける。


「それにしてもこんな時間に教室で二人きりだなんて、不純な匂いがするわね」

「そんなわけあるか!」

「そうだよ、六花ちゃん。私とゆーくんはお互いいつでも自由に家を行き来できるんだから、そんなことわざわざ学校でするわけないじゃん」

「おい琴葉、それだと俺たちがふしだらな関係みたいに聞こえるんだが」


 爆弾発言が飛び出した琴葉に俺がすかさずつっこむと、彼女はにこっと微笑んだ。


「ふしだらな関係(予定)でしょ?」

「……」

「ふしだらな関係(予定)でしょ?」

「なんで二回言った!?」


 いつもじゃ絶対に言わないようなことを連呼する琴葉とその隣の俺に、鮫島は冷たい視線を向ける。


「……で、なんでこんな朝早くから教室にいたのよ?」

「そんなの、二人でいちゃいちゃ――」


 鮫島の言葉に琴葉が返答をし終える前に、俺は手刀をつくって彼女の頭に軽く振り下ろした。 


「琴葉、いい加減にしなさい」

「痛っ……痛いよ、ゆーくん」

「なんかテンションおかしいぞ、今日」


 上目遣いで俺のワイシャツの裾をぎゅっと握ってくる琴葉。


 あざとい。あざと可愛い。


「私の質問をいつまでも無視しないでほしいのだけど」

「あ、ごめんごめん。なんだっけ?」

「だから、実際なんでこんな朝早くに二人っきりで教室にいたのかって訊いてるのよ!」


 あからさまに苛ついて口調を強める鮫島。 


「それはまあ話せば長くなるんだけど」

「いいから話して」


 きりっとした瞳をいつも以上に細めて睨んでくる彼女に、俺は事情を話すことにした。  





「――なるほど。それであなたたちは早めに教室に来たけど、真島君と日向さんはなぜか一向に来ないのだと、そういうことね」

「ああ」


 瑛太と咲が苗字で呼ばれてるってなんか新鮮だなぁ、なんて思いながら一通りの説明をしている間に、教室には三分の一ほどのクラスメイトがやってきていた。


「でも、もう八時よ? まだ来ないっていうと、やっぱりなにかあったんじゃないかしら」

「ああ。さっきからスマホにメッセージ送ってるけど、既読つかないんだよ。電話も掛けてみたけど出なかったし、事故とかに遭ってなきゃいいんだけど……」

「……事故、ねぇ」

「ほんと、二人とも大丈夫かな」


 結局、話は最初に戻ってしまった。



「おいみんな! 聞いたか⁉」



 二人が来ない理由を考えたところで答えにたどり着けるはずもないので、潔く琴葉の机に突っ伏していたところ、委員長がすごい勢いで教室に入ってきた。



「聞いたかってなにをだよ、委員長」



 膝に手をついて肩で息をする委員長に訊ねると、彼は少し息を整えてからもったいつけるようにひとつ、咳払いをして言った。



「ロミオとジュリエット――真島と日向が、熱を出して今日休むってことをだよ」




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