第19話 自称進学校の学園祭は、大抵夏前にある。(5)


     ◇◇◇


「琴葉、ちょっといいか」

「ダメ。入ってこないで」


 帰宅後。すぐに琴葉の家に上がり、彼女の部屋の扉をノックした。いつもより低めの声で拒否する琴葉は無視して、部屋に押し入る。


「入るぞ」

「……」

「なんだよ」

「ダメって言ったのに……」


 琴葉は俺と目を合わせないようにしてそう呟いた。


「それは悪かったよ。でも今日は、ちょっと話がしたいんだ」

「なに」


 ベッドに座って視線を小刻みに動かしている琴葉の隣に、俺は腰を下ろす。


 ここ最近ずっと思っていたこと、思っていても口に出して訊けなかったことを吐き出す。


「琴葉、風邪が治ったくらいから俺とあんまり話してくれなくなったよね。ずっと俺が何かしたのかと思って考えてたんだけど、どんなに考えても原因がわからなくてさ。だから、もし俺がしたことでなにか不満があるんなら、遠慮せずに言ってほしい。甘えかもしれないけど、これ以上琴葉と話せないのは俺にはきついよ。前みたいに毎日一緒に登下校したいし、休みの日も一緒に遊びたいんだ」


 俺が思いの丈をぶつけている間、琴葉黙ってそれを聞いていた。


 ゆっくりと一つ息を吐いた彼女は、ようやく俺の目を見て口を開く。


「ゆーくん。それはほんと? ゆーくんの本心?」

「あぁ、もちろんだよ」

「そう、良かった……」


 琴葉はそう零し、俺の膝の上に頭をのせた。


「じゃあもういいよ。仲直りする。これからもゆーくんとずっと一緒にいる」

「ありがとう、琴葉」


 俺はようやくまともに話してくれるようになった琴葉の頭を撫でてほっと胸を撫でおろす。


 そして心配事がなくなったのが大きかったのか、そのまま二人して眠ってしまった。



「――あらあらこの子たちったら。二人とも起きて。もう夕飯よ」



 久々に聞いた声に目をこすると、そこにはおばさんが立っていた。



「あれ、俺……」



 まだはっきりしない意識のまま、なんで琴葉のベットで寝ているのか考える。


「祐斗くんも、今日はうちで食べていくでしょ?」

「あ、はい。いただきます」

「じゃあ琴葉も起こして連れて来てね」

「分かりました」


 えっと確か、今日は帰ってすぐにここへ来て、琴葉と話して仲直りしたんだったか。


 そうだ。やっと、琴葉と仲直りできたんだった。  


「おい、琴葉。夕飯だって。起きろー」

「……んー。ゆーくん……」

「おーい」


 俺は琴葉のすべすべ頬っぺをむにむにとつまんで引っ張る。


 もちろん、これは彼女の目を覚まさせるためだ。けっして自分がしたいからしてるわけではない。けっして。ほんとだよ!


「むぅ、やめてよぉ、ゆーくん」

「じゃあ早く起きるんだな」

「……ん、分かった。起きる。起きるから」


 しつこくむにむにし続けた俺に琴葉も降参し、立ち上がった。


「ほら、いくよ」

「うん……」


 まだ寝起きモードの琴葉を連れて、俺は龍沢家の居間へと向かう。


 久しぶりに琴葉と食べたおばさんの手料理は、頬っぺたが落ちるほど美味しく感じた。



     ◇◇◇



「そういえばうやむやになってたけど、琴葉が俺と話してくれなくなった原因て結局のところなんだったんだ?」

「え? ゆーくん、本当に心当たりないの?」

「うーん……誠に申し訳ありませんが」


 琴葉と仲直りした翌日。俺の理想の幼馴染ライフが復活した記念すべき日の朝に、俺は苦笑いを浮かべていた。


「ヒントは、私が風邪で休んだ日」

「んー、まったく分からん」


 琴葉は頬を大きく膨らませ、むぅと唸ってジト目を向けてくる。


「私が風邪で休んだ日、ゆーくん、六花ちゃんと帰ってたでしょ!」

「え? あ、あぁ、そういえばそうだったかも……って、なんでそんなこと知ってるんだ?」

「窓から見てたの」


 そういえばそっけなくなったのは、風邪が治ってからじゃなくて見舞いに行った日からだった。


「それからも時々一緒に帰ってきてたし、昨日なんか二人で仲良く買い出しにまで行ってたよね」

「いや、あれは鮫島が勝手についてきたんだよ!」

「ふーん」


 ちょっと琴葉さん、目のハイライトがなくなってるんですけど……。


「ゆーくんは私が一緒にいないと、他の女の子と帰ったりするんだねー」

「いや……」

「まあ、これからは私が学校休む時にはゆーくんにも休んでもらうようにするからいいけどね。ふんっ」

「悪かった、俺が悪かったから機嫌直してくれよー」


 気がつくともう校門の前。そこには、朝っぱらから手を合わせて可愛い幼馴染に謝り倒している高二男子の姿があった。


 まあ俺だけど。


 下駄箱で上履きに履き替え、教室へと向かう。


「ふふっ、冗談だよっ! でもゆーくん。私、結婚したら浮気は絶対に許さないと思うから」

「あ、ああ。心しておくよ」 

「なら良かった。私ちょっとトイレに寄っていくから先に行ってて」

「おう」


 満面の笑みを浮かべてトイレの方へ行った琴葉と別れて、一人教室に入り席に着く。


 あれ? 今俺、プロポーズされた? 


「あら祐斗、おはよう。今日も一人で登校してきたの?」

「いや、おかげさまできちんと仲直りできたよ。琴葉は今お手洗いに行ってる」

「ふーん……」


 始業までまだ時間はあったが、教室には早く来て学園祭の準備をしている生徒が何人かいた。そんな中ただ座って本を読んでいた鮫島が、話しかけてくる。


「まあでも、お前がちゃんと話してみろって言ってくれなかったら、まだ気まずいままだっただろうな」

「少しでもそう思うならデートでもしてちょうだいよ」

「まあ、原因は琴葉が風邪を引いた日に、お前と帰ったことだったんだけどな」

「え……」


 さすがに原因が自分だったとは予想外だったのか、鮫島は絶句した。


「で、でも、そんなことで嫉妬するってことはまだ私にもチャンスがある!?」

「いや、ない」


 しゅんとしてしまった鮫島に、俺は少し気になっていたことを訊ねる。


「それにしても、なんでわざわざ俺たちが仲直りするのに協力してくれたんだよ」

「なんでって言われても……」

「いや、言いたくないならいいけど」

「そういうわけじゃないけど――」


 彼女は少し俯いて続ける。


「――あなたと気まずくなり始めた日の龍沢さんが、保育園の頃の私と重なって見えたの。祐斗を他の女の子に取られて、トイレで泣きじゃくっていたあの頃の私と。だから、なんだか放っておけなかったのよ」

「鮫島……」

「私も少しはおいしい思いできたしね」

「……」


 それが本音かよ。ちょっと見直しかけてたのに。


「まあ、私が原因だっただなんて、まぬけな話だけれど」

「それでも一応は言っておくよ――」


 俺は席から立ち上がり、彼女を一瞥して言う。


「――ありがとう、六花りっか

「えぇ。……えっ⁉ 今、私のことなんて⁉」


 取り乱している鮫島を残して、俺は教室を出た。


 特に理由はなかったけど、トイレに行くためだったということにしておこう。



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