第10話 幼馴染の弟と妹もまた、幼馴染である。(2)


     ◇◇◇


 実を言うと、俺はゴールデンウィーク初日である昨日にも、一人でこの駅前のショッピングモールに足を運んでいた。


 二人が琴葉へのプレゼントを買いに行くと言っていたように、俺もプレゼントを見に来ていたのだ。


 ちなみに琴葉の誕生日は五月一日。明日である。


「ゆーくん。唯ちゃんたち、またお店を変えるみたいだよ」

「あ、あぁ」


 これで確か五軒目だったか、今度はアンティーク調の雰囲気が漂う小物屋へと入っていく二人。


 それを眺めて、俺は通路に設置されているベンチに腰を下ろした。


「琴葉、俺はちょっと疲れたからここで座って休んでるよ。一人でも見つからないように気をつけるんだよ」

「えー、ゆーくんがそうするなら私も一休みするよ」


 基本的に、一般的な男子というのはウィンドウショッピングをあまりしない。


 いや、まあ俺がそうってだけで男が皆がそうだとは断言できないけれど。でもまあ、他の男子がどうであれ、ファッションに気を使ったりしない俺からしたら、何時間も見ていられる店なんて本屋くらいのものだ。


 一方、俺の隣に座りこんだ琴葉はというと、疲れた様子は一切ない。これこそ女子の習性であり、彼女たちからしたらきっと何も買わなくとも商品を見ること自体が遊びとなり得るのであろう。女子とは謎多き生き物である。


 そんなくだらないことを考えているときだった。琴葉が「あっ」と何かを見つけたように声を発した。



「ん? どうかした?」



 俺も彼女の視線の先に目を凝らす。



「あっ」



 おそらく琴葉と同じ光景を目にした俺の口からは、やはり同じような声が零れていた。 


 視線の先にいるのは、巨大な一つのパフェを挟んで仲良さげにしている一組の男女。なにも知らない人がそれを見たら、十中八九どころか全員が全員彼らをカップルだと思うであろう。


「駅前のパフェのお店って、ここだったのか……」

「そうみたいだね」


 俺と琴葉はお互いに苦笑いをして見つめ合う。


 そういえば最近、このショッピングモール内のいくつかの店が改装をしているみたいだったが、そのうちの一つがパフェの店だったらしい。


 昨日来た時には買うものをあらかじめ決めて目的の店へと一直線に歩いていたから、店舗が入れ替わっていることにも気がつかなかった。


「瑛太くん、この前はあんなこと言ってたけど、奢りなのかな?」

「まあ、そうなんじゃないか。咲も機嫌よさそうだし」

「やっぱりそうだよね。良かった良かった」


 琴葉は遠目に二人を眺めながら、ふふっ、と微笑んだ。


 いつもいがみ合っている瑛太と咲が、俺たちが見たことないくらい仲良く話している。


 もしかしたら、いつも二人きりの時はそんな感じなのかもしれない。


 珍しい光景にくぎ付けになっているうちに妹たちはプレゼントを見つけてきたようで、これまた仲が良さそうな二人組が小物屋から出てくる。


 俺たちは妹たちが瑛太たちと同じように並んでいるのがなんだか嬉しくなって、顔を見合わせながら頬を緩ませた。



     ◇◇◇



「琴葉、誕生日おめでとう!」



 クラッカーの乾いた音が龍沢家のリビングに鳴り響き、皆が皆「おめでとう!」と琴葉を祝福する。彼女はその一つひとつにありがとう、ありがとう、とにこやかに照れながら返した。


「皆、本当にありがとう。こんなに祝ってもらえて私、すごい幸せだよー」

「それならよかったよ。琴姉、これ私と和葉から」

「プレゼント? 開けてもいい?」

「いいよー」


 二人が時間をかけて選んだのは、おしゃれなコルク調の写真立てだった。可愛らしい包装を解いた琴葉は、嬉しそうに声を上げる。


「うわぁ……すごいおしゃれ! ありがとう。大事にするね」

「うん!」


 唯たちは琴葉の反応に満足げな表情を浮かべて、それからちらちらと俺に視線を送ってきた。


「琴葉、俺からもプレゼント。あっ、中身はあとで見てね」

「うん、分かった。ありがとうゆーくん!」


 ふっ、妹たちよ。俺はお前たちとは一味違う豪華なプレゼントを贈ってやったぜ。


「あっ、おばさん! それもらってもいいですか?」

「ふっふっふ。唯ちゃん、取ってほしければお姉さんと呼びなさい」

「なに馬鹿言ってんだ。おばさんだろ。ほら」


 俺が妹たちにきりっとかました決め顔は完全にスルーされ、二人して琴葉の母さんとじゃれていた。


 お兄ちゃん、へこんじゃうわ。


「ほら、祐斗くんも遠慮しないで食べなさいよ」

「あ、ありがとうございます」


 おばさんはしょぼくれていた俺に気を遣ってか、出前の寿司を俺の小皿に取り分けてくれた。   


 うん、美味い。


 久しぶりに寿司を食べていたら、なんだかしょぼくれるのも馬鹿らしくなった。


「おい、祐斗たち、今日は泊まっていくだろう? 俺は一服してくるから、あんまり遅くならないうちに風呂入っちまえよ」

「はい。分かりました」


 テーブルに並んだ豪勢な料理もだいたい片付いてきたころ、おじさんがそう言って立ち上がる。


「あらあら、折角だし、琴葉と二人で入ってくれば?」

「ちょっと葉ちゃん、この二人にそんなこと言ったら本当に入りかねないでしょ!」

「いいじゃない、それならそれで」


 おじさんが部屋を出ていくと、母さんたちがそんなことを話し始めた。


 ちなみに二人は幼馴染で、お互いを「葉ちゃん」、「宏ちゃん」と呼び合う仲である。


「いや、さすがに一緒には入らないよ」

「えー? 私は別にいいよ?」

「はぁ……」


 別に俺だっていいわ。むしろ一緒に入りたいわ!


 心配されるべき当人たちの方が何事もないように振舞っているというのはよくあることだ。普通、拒否するのは琴葉で、娘が男と風呂に入るのをなんとしてでも阻止するのはおばさんの方であるはずなのに。


 まあこれまでずっとそうであったからこそ、俺はこんな立場に置かれても動じずにいられるように育ったわけなのだが。


「まあ、二人ももう高校生だものね。和葉たちはどうする? 中学生ならぎりぎりセー――」

「――アウトだわ!」


 間髪空けずに和葉が大声で突っ込む。



「はぁ……」



 大きくため息を吐いた和葉に、なんだか俺は自分と同じ匂いを感じた。



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