花を供える

 落ちた枝葉に散った花弁。それらを舞いあげたぬるい突風に、僕は強く背中を押された。向かい合ってどのくらい経っただろう。君はここにいるのだと言うけれど、その姿はどこにも見えやしない。今日も花を持ってきた。いつもと同じ、君の好きなユリの花を持ってきた。種類は何というのだったか。

「一番大きくて香りの良いものを」

 君はいつも決まってそう言っていた。そんな君の真似をして買った花は、白く美しい大輪だった。そういえば、君と出会う前の僕はユリの花が持つ強く甘い香りが苦手だった。いつしか君を思い出すこの香りが、君と同じくらい愛しくなっていた。ユリの花を胸に抱いて、上品な香りだと喜んでいた君を思い出す。

 僕はずっと言おうと思っていたことがあった。愛を伝える言葉を、君にずっと伝えたかった。それはたったの一言で、愛しているとか、好きだとか、そんな簡単なものでよかった。僕はそれすらも言えなくて、あの時も、今日だって、いつだって僕は言えなくて、ずっと言えないままだった。音になれず喉に詰まらせた言葉を、水で流して飲み込み続けた。

 本当に伝えたかった言葉が、もう君に届くことはないと分かっている。手を伸ばしても、触れられるのは石と土。やはり君の姿はどこにも見えやしない。僕の喉につかえた言葉は、強く残るような甘さを携え、僕から涙を溢れさせる。消えることの無い深い悲しみを、かき消すことのできない後悔を、僕が手放すことはないだろう。その一片を愛と名付け、あたたかな色で染めることができたなら、言葉と共に花に添えて大切な君へと贈ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る