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あのあと一時間もユリウスに正座させられた上にくどくどと説教を受け、メリーエルはくたくただった。
爆発した大鍋と、ぐちゃぐちゃになった部屋の中は、ユリウスの素晴らしい魔法で元通りにはなったものの、苦労してかき集めてきた魔法薬の材料はほとんどパアになってしまった。
リビングでユリウスの煎れた紅茶を飲みながら、メリーエルは地味に落ち込んでいる。
(マンドラゴラこの辺に生えてないのよねー。紫キャベツもどきも、今時期じゃないしなー)
両方ともあと数回分のストックしかない。これは由々しき事態である。
それでなくとも、冬である今は魔法薬の材料になる植物はほとんど生えていないのだ。雪の中からひょっこり顔を出すスノードロップは手に入るが、あれは惚れ薬くらいにしか使い道がない。
「それで、お前はいったい何を作っていたんだ?」
ユリウスは焼き立てのガトーショコラを切り分けながら訊ねた。
メリーエルは、目の前の美味しそうなガトーショコラをじっとりと見つめる。
ガトーショコラは好きだが、ユリウスがこれを作っている間正座させられ、材料をかき混ぜているユリウスにネチネチと説教されたことを思い出すから少し複雑だ。
メリーエルは複雑だーっと思いながらガトーショコラにフォークを差した。
「何って、脱毛薬だけど?」
「――脱毛?」
「そ。飲むとたちどころに全身の毛が抜けてつるつるピカピカに! ただ、髪まで抜けちゃうのが残念なところ」
「……何に使うんだ、それは」
「うーん、改良して、髪だけは残すように出来たら売れると思うのよね」
ただ、改良するには薬の実験体が必要だわー――と言いながら、メリーエルはガトーショコラを口に入れる。
「んまっ」
これを作る過程には思うところが多分にあるが、さすがはユリウス、作っているときに説教していても味はピカイチ。
うまうまとガトーショコラを口に入れつつ、何とかしていい感じに髪だけには影響のない脱毛薬を作れないものかと悩むメリーエルである。
メリーエルは、王都の裏路地に、不定期に開ける小さな店を構えている。変装してメリーエルだと気づかれないようにしており、国を追放されたあとも、たまに営業をしているのだが、売られているものが魔法薬だと気づいていない貴族のお嬢様たちに密かに人気の店なのだ。
つい最近では、洗うだけで一週間は香りが消えない薔薇の石鹸なるものを販売したところ、飛ぶように売れてあっという間に完売した。
計画中の脱毛薬も、きっとお嬢様たちにヒットするに違いないと思うのだが――、髪が抜けては元も子もない。
「やっぱりあれよ、モルモットになってくれる人が必要なのよ」
「やめろ、俺を見るな」
「でも、身近にいるのユリウスだけだし」
「却下だ! そんなことをしてみろ、向こう一年食事を作ってやらないからな」
それは困る。死活問題だ。
メリーエルは「ちぇっ」と舌打ちして、二切れ目のガトーショコラに手を伸ばした。
食べても太りにくいメリーエルは、小柄でほっそりとしており、実年齢の十六歳よりも幼く見られがちだ。
胸が小さいのも気にしていて、いつだったか、本気で胸を大きくする魔法薬を開発しようとしたのだが、出来上がったものは、飲んで三日で効果の切れるものだったので、持続性のなさで却下した。
捨てるのはもったいないので店で売りさばいたところ、なぜか三日でも構わないという女性たちがものすごい勢いで買って行った。もちろん完売だ。
「さすがに髪まで抜ける脱毛薬じゃ、誰も買ってくれないから実験結果も取れないよー」
どうしたものか――、考え込んだメリーエルは、ふといいことを思いついた。
「……そうよ、復讐しないのは、魔女の名折れよね?」
「は?」
ユリウスは新しく紅茶を煎れていた手を止めて、怪訝そうにメリーエルを見やる。
「魔女って復讐する生き物でしょ?」
「それは、いつの時代の魔女だ?」
「やっぱりそうよね! 私は魔力が少なくっても、れっきとした魔女なんだもの! ここは華麗に復讐しなくちゃ!」
「って聞いちゃいねー」
「華麗な復讐ついでに、魔法薬の実験データも取れて万々歳! さすがわたし、天才!」
「――天才?」
「さあ、ユリウス! わたしを追放してくれた人間に、目にもの見せてやるわよ!」
ピシっと虚空に向かって指を突きつけるメリーエルに、ユリウスははあっと大きなため息を一つつき、
「嫌な予感しかしないな……」
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