「姫様の休日」(11)
「さて、偵察した結果を聞かせてくれ」
マルコスはアジトで集まった部下達から報告を受けていた。
日本に来てまずは状況の確認、情報収集を行っていた。ミルダナオで組織がほぼ壊滅した現在では日本の官憲に見つかれば本当に一環の終わりになるからだ。
情報収集において、日本の当局はマルコスを発見次第拘束せよと決めているのを知った。王族同士の交渉で動乱を収めつつあるミルダナオにとって、マルコスは危険な存在となっていたのだ。
事実、マルコスは軍事政権を打ち立て王族を管理下に置こうとしていたのだから、危険人物と見られても当然である。
「日本の警察や憲兵隊は今だ我々の存在に気が付いていないようです」
ロペスが最初に報告した。
日本の当局がマルコスやリベラ達を尾行しているか?アジト周辺に姿を現しているか?それらの動きが無いかを確認した上での報告だった。
事実、まだ日本の当局はリベラら日本潜伏組やマルコスの入国を察知していなかった。
「それは良い。我々はまだ活動できる」
マルコスにとっては自身の安全にも関わる良い報告だった。
「カイラ殿下の行動について報告します」
リベラが写真をマルコスへ渡しながら報告を始める。
写真にはテニスをするカイラ、中島本町の商店街を歩くカイラ、宮島口のフェリー乗り場から出て来るカイラなど外出時の姿が撮られている。
「殿下は日本を堪能されておるようだな」
マルコスは写真を眺めながら皮肉を言う。
「ここ最近は写真の通りにスポーツや行楽を日々楽しんでおられ、外出の時間は半日以上になる事もあります」
リベラの報告通りにカイラはテニスを中心に楽しみつつ、広島市の各地に足を運んで楽しんでいた。
「それなら機会は多そうだな。それと、写真を見るに護衛は一人に見えるが?」
マルコスは写真を見比べながらリベラに尋ねる。写真にはカイラの傍でお供をする冴子の姿も映っている。
「殿下のすぐ傍で護衛しているのは一人だけです。しかし、少し離れてもう一人が周囲の警戒をしながら同行していました。その護衛がこれです」
リベラはマルコスへ三枚の写真を渡す。三宅を映した写真だ。
「この護衛は手練れの兵隊だぞ。一番の脅威になる」
マルコスは映された三宅の姿、顔だちを見てそう言った。軍人であるマルコスは三宅がどんな人物がすぐに見抜けた。
「よし、作戦実行の時は男の護衛と女の護衛を切り離し分断するのだ。三人ぐらいで男の護衛を囲み、後は皆でカイラ殿下と女の護衛を囲めば捕らえられるだろう」
マルコスは作戦構想を思いついた。三宅と冴子を分断すると言うものだ。
「護衛が抵抗をした場合は?」
ここでレイエスが割り込む様に言う。リベラとロペスは眉をひそめる。
「護衛は殺して構わん。だが、カイラ殿下には傷一つ付けてはならんぞ」
マルコスはレイエスがどんな性格か分かった上で釘を刺した。
「日本の当局が我々の存在を知らない今の内が好機だ。カイラ殿下をお迎えに行く事にしよう」
マルコスは決心を伝える。
「実行はいつにしますか?」
リベラが尋ねる。
「殿下がテニスを終えた時だ。護衛がいつもの二人だけなら実行しよう」
「こちら〇三、ヒナドリが出た、ヒナドリが出た」
ロペスがテニスを終えて球技場から出るカイラを確認し、無線で報告する。
「〇二了解」
「こちら〇一、ヒナドリを捕らえよ」
〇二のリベラが了解し、〇一のマルコスが作戦開始を告げた。
最初に動いたのはロペスだった。ロペスは三宅へと駆け寄る。
「何だお前は?」
自分へ向かって来るとは予想外だった三宅であったが、背と腰をかがめ、両手を構えて危機に立ち向かう姿勢でロペスと向き合う。
ロペスは無言でナイフを三宅の腹へ刺そうと腕を突き出す。
「大尉、行ってくれ!こいつは俺が引き受ける!」
「分かった!無理をするなよ!」
冴子はカイラの右手を掴んで引っ張るように走り出す。
カイラは襲撃を受ける三宅を見て状況をすぐに理解できた。
冴子は乗って来た車へ乗り込もうとする。しかし、冴子の目の前で車は銃撃を受け、運転席を狙うようにガラスが割れた。
冴子は銃撃の方向を見る。背後だ。
三宅がロペスと格闘している横で、リベラが拳銃を冴子が乗ろうとしていた車へ向けているのが見えた。
カイラは自分に拳銃を向けているように見えて怯える。
「殿下、走りますよ!」
冴子はカイラを先に行かせ、自分はそれに続くように走り出す。冴子はリベラを睨みながらその場を後にした。
「まずは成功だな」
リベラは走って逃げる冴子とカイラを見て、冴子と三宅を切り離す最初の段階は成功したと確認した。
「くそ、こいつら・・・」
三宅はリベラとロペスにもう一人の合わせて三人に囲まれてしまい、焦りを感じていた。
敵は自分と冴子・カイラを引き離したと理解できた。
早く冴子と合流してカイラを守らねば。だが、敵は自分をここから動かさないつもりだ。
倒すにしても、この三人は訓練された兵士なのは体格と構えを見て分かる。
「厄介だな、まったく」
悪態をつきながら三宅はロペスへ殴りかかった。
(襲撃して来たのは誰?まさかミルダナオの国民軍の残党?)
走りながら冴子は誰が襲って来たのか考える。
日本海軍が艦艇を派遣する示威行動でミルダナオの王族達は話し合いを始めた。だから王族の誰かがカイラを連れ去る可能性は低い。むしろ必要が無い。
残るは壊滅したとされるミルダナオ国軍の有志による国民軍だ。
人質にして何かを要求するのか、勢力回復にカイラを旗印に担ぎ出すのか、こじ付けに近いが連れ去る可能性があるのは国民軍残党だろう。
「大尉、大尉」
カイラが息も絶え絶えに呼ぶ。
冴子は振り返ると、カイラは全力疾走で体力を使い果たし信号機の支柱に右手を当て、自分の身体を支えながら呼吸を整えていた。
「すみません殿下」
「いい、いいの。…少し、息を整えたら走る」
「殿下、私が背負います」
汗を大量に浮かべ息が整わないカイラを見て冴子は言う。
「嫌よ、足手まといなんて嫌だ」
カイラは冴子より前に出て、走り出した。
「殿下、行き先はあちらです。あちらに陸軍部隊が居ます」
「分かった」
冴子はカイラと並んで走りながら行き先を指さす。そこは広島城の北にある陸軍の衛戍地だ。そこには第五師団が駐屯している。逃げ込むには良い場所だ。
「あの単車・・・」
基町の歩道を北へ走りながら冴子は単車(バイク)が車道を逆走しながらこちらへ近づくのが見えた。
車道を走る車はその単車を避けたり、クラクションを鳴らし驚きを表す。
「殿下、あれも敵です!こちらへ!」
単車は歩道に上がり込み、冴子とカイラへ明らかに向かって来たのが見え、冴子はカイラと共に来た道を走りながら戻る。
「殿下、こっちです!」
冴子とカイラは歩道から出て、美術館の敷地を横切って再び衛戍地へ向かおうと走り出す。
「そっちへは行かせない」
単車に乗るレイエスは冴子とカイラの動きを見て、美術館の敷地に入り先回りをする。
「ダメです!こっちへ!」
周囲は暴走する単車と逃げ回る冴子とカイラに驚き呆然とする。そんな周囲は冴子もカイラも見えない。ただ敵から逃れるのが第一だ。
(こうなったら、あそこへ行くか)
冴子は近くにある姿を隠せそうな場所を求め、藤原興産基町ビルへカイラを連れて逃げ込む事にした。
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