第2話 姫
「マサイさーん!」
手を振りながら、そして胸を揺らしながら走ってくるのは
地下アイドルのむーたんファンで、推しジャンをする俺のファン。いわゆるヲタヲタというやつだ。
「どうも」
「えへへ。今日のライブも楽しみですね」
初対面の時は心が荒んでいたせいもあってそれなりに話ができた。
だが、今こうして目の前に自分を好きでいてくれる女の子がいると思うとまともに会話できる自信がない!
「そ、そりゃじゃ……」
「ライブ前に気合を入れるんですね! さすがマサイさん。私も、そりゃじゃ!そりゃじゃ!」
ただ噛んだだけなのに成大な勘違いで俺を高く評価してくれる。
もはや
「あの沼野さん」
「ダメですよマサイさん。アイドル現場ではヒメって呼んでください」
「ヒメ……さん」
姫子だからヒメなのか、アイドル現場の姫だからヒメなのか由来が知りたい。
後者なら現場の騎士たちに殺されるんじゃないだろうか。
今まで他のオタクなんて気にしてこなかったが、女絡みになるとマジで事件に発展するから怖い。
「俺、もう推しジャンできないんですけど、それでもいいんですか?」
「はい! きっかけは推しジャンでしたけど、
一体この子は俺の何を知ってるんだろう。
彼女いない歴=年齢(21歳)
勉強も運動もできない、ただ跳ぶしか能のないヒョロガリ系オタクでそのジャンプすら運営に禁止された今や無能だ。
「マサイさんの推しジャンは厄介とは違うって思ったんです。目立つためでなく、むーたんを応援してるぞって気持ちを伝える推しジャン。そんな風に見えたんです」
「そうですか。むーたんじゃなくてヒメさんに伝わってしまったみたいですけど、そう言ってもらえると嬉しいです」
大多数の人間から存在を否定されたような気持ちになってたいけどヒメさんの言葉に少しだけ救われた。
あれ? もしかしてこの子、本当に俺のことが好きなんじゃね?
「だからジャンプが禁止されたのならそれは仕方ないんです。マサイさんの隣でむーたんのライブを見られたら、きっと幸せなんじゃないかって思ったんです」
そう言いながらヒメさんは少しずつ距離を詰めてくる。恋人とまではいかないまでも他人との距離感ではない。
何かきっかけがあればグッと近付けそうな、そんな絶妙な間合い。
「あの、ヒメさんがむーたんファンになったきっかけって何なんですか?」
「それ聞いちゃいます?」
「だってヒメさんも可愛いし、アイドルオタより本物のアイドルの方が向いてるんじゃないかな…‥なんて」
自分としてはかなり思い切ったことを言った。
最近は女性に『可愛い』と言うだけでセクハラ認定されることもある。
「えへへ。褒めてもらって嬉しいです。だけど私は自分がステージに立つんじゃなくて、ステージに立つむーたんを応援したいんです。ちっちゃいのに頑張る姿を見守りたいんです」
そう語るヒメさんの言葉に嘘はないように思えた。
むーたんの身長は143.7cm。19歳なのでもう伸びることはないだろう。
まるで中学生のような外見でアイドル業界をソロで戦い抜いている。
「私、男の人って苦手なんですよ。その、すぐに胸を見るし、視線のいやらしさが分かるというか、怖いんです」
「………‥」
女慣れしていないので何も言えなかった。
それに『男の人が苦手』というのはオタサーの姫の
ここから泥沼の人間関係に足を踏み入れてしまう可能性に身を震わせた。
「自分の体が男ウケするっていう自覚はあります。だからこそ、むーたんみたいな女の子が輝いてる姿を見ると、自分にない輝きがまぶしくて好きになっちゃったんです」
「そういうもんなんですね」
「そういうもんなんです」
えへへと笑顔を見せるヒメさん。
俺に向ける笑顔には特別な感情や裏の意味合いもなく、ただ純粋にむーたんを応援する仲間に対するものだ。
一緒にライブに行こうと誘われただけで、別に好きとは言われていない。
勘違いするな。勘違いするなと心の中で自分に釘を刺した。
「あの、私、前の方ってなんか怖くて行けなかったんですけど」
「大丈夫です。俺がガードしますから」
これじゃあいよいよオタサーの騎士だ。
マサイがカコイになったとか言われそうだな。はは……。
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