推しジャンしてたらドルヲタヲタされた

くにすらのに

第1話 推しジャン

 しジャン。アイドルにおのれの存在をアピールするために天高く跳ぶ行為。

 自分より後ろにいるファンからは煙たがられているかもしれない。

 それでも跳び続けるのはむーたんこと夢々ちゃんに振り向いてほしいからだ。


「うわっ! またマサイがいる」

「最悪」

「後ろでもいいから下手しもてがわ行こうぜ。マサイが視界に入るとうざい」


 ライブの開演前、こんな声が耳に入るのはいつものことだ。

 どうやら俺のジャンプはマサイ族を連想させるので『マサイ』と呼ばれているらしい。

 最初は本名がバレたのかと思って怯えていたが、今ではこのマサイ呼びを勲章のように感じている。


「みんな~! 今日も夢々むむに会いに来てくれてありがとー!」


 会場内にむーたんの声が響き渡る。

 ライブ前恒例の生アナウンスだ。


「おまいつの人は聞き飽きてるかもしれないけど、今日初めて夢々のライブに来てくれたみんなに注意事項だよ」

「「「「はーい!」」」


 声を上げるのはそのおまいつ達だ。『おまえいつもいるな』の略で、意味はそのままいつもライブに来ているオタクのことだ。

 もちろんこの俺、政井まさい飛雄とびおもおまいつだが、俺は他のおまいつと違って新参アピールをしてレスを貰おうとは思わない。

 おまいつはおまいつらしく、これまでむーたんに注いだ想いと時間を声援に込める。


「以上が注意事項です。もし守れない人がいたら屈強な警備員さんがつまみ出しちゃうからね」

「「「はーい!」」」


 オタクは返事だけはいい。ステージに立つアイドルに興味はなく、ただ派手なヲタ芸や下品な掛け声を出したいいわゆる厄介もたまに紛れ込んでいる。

 実際に出禁になった厄介もいるようだが、そのおかげで新規も入りやすく継続的な活動ができているように思う。

 やはりむーたんのような素晴らしいアイドルには素晴らしい運営が付くものなのだ。


 パッ! と会場の照明が落とされる。

 そして次の瞬間、軽快な音楽と共にステージが照らされ、その中心には我らがむーたんが降臨されてる!


「「「うおおおおおおお!!!!!」」」


 古参も新参も関係ない。ただステージに立つむーたんに向けて感情をぶつける。

 リズムに合わせてクラップする者。ペンライトを振る者。ステージを見ずに自分のヲタ芸に酔いしれる者。楽しみ方は様々だ。

 そして俺はというと、ただひたすらに跳んだ。

 俺の推しジャンでステージが見えないと言うなら俺より高く跳べばいい。

 

 今むーたんと目が合った! 優勝! お前が一番!

 心の中で喜びを爆発させならも跳ぶのをやめない。

 跳ぶことで俺はむーたんに気持ちを伝えているのだから。


「ちっ」


 隣のおっさんから舌打ちが聞こえたような気がする。が、俺は気にしない。

 むーたんからレスを貰ったことに対する嫉妬なら、お前もレスを貰う努力をすればいい。


 ああ、今日もむーたんは可愛いなあ。輝いてるなあ。

 ちっちゃい体が動く度、それに連動するように左右に揺れるポニーテール。

 胸元のガードは高いけどノースリーブの衣装はその白くて細い腕の魅力を引き立ている。

 そしてなんと言っても太もも!

 パステルブルーのミニスカートから見える太ももは天国と言っても過言ではない。

 俺はこの天国を目指して跳び続けているのかもしれないな。


「「「むーむ! むーむ! むーたんたん!」」」


 むーたんたんコールの時は客席が一体となる貴重な瞬間だ。

 予習をしてきた新参。この瞬間に命を掛けるおまいつ。大声を出したい厄介。

 オタクの境界線がなくなる優しい世界。


 この空間にいられる幸せを噛みしめていると、後ろから肩を叩かれた。

 なんだようるさいな。ライブ中だぞ。文句なら後で聞いてやらないけど今はやめろ。


 他のオタクと話している間に可愛いむーたんを見逃すなんて死ぬより辛い。

 だんだんと肩を叩く力が強くなっているが俺は無視し続けた。


「すみません。警備の者なんですが」

「え?」


 肩を叩き続ける者の言葉に思わず跳ぶのをやめて振り返ってしまった。

 俺の気を引くためのオタクの虚言かと思ったらが、スーツ姿でスタッフパスを首から下げる屈強な男は間違いなく警備員だ。


「お話があります。付いて来てください」


 警備員が通ってきたと思われる道は綺麗にオタクが避けていてまるでモーセだ。


「ジャンプ禁止ってむーたんが言ってただろうがw」

「ざまあwww」


 そんな声がむーたんの歌声の合間を縫ってかすかに聞こえた。

 ジャンプ禁止? そんなこと言ってたか? いつから? 今回から?

 疑問がグルグルと頭の中で繰り返される。


***


「と、言うわけで出禁にはなりませんが、同じ行為を繰り返す場合には覚悟してください」

「……はい」


 以前から俺の推しジャンにクレームが寄せられていたことを受け、今日の公演からジャンプ禁止になったらしい。

 いつもと同じ注意事項だと思って聞き逃していた俺はそれを知らずに推しジャンをして、こうして運営に呼び出しをくらっというわけだ。


「他界かなあ」


 心の声が思わず口から漏れる。

 周りのオタクからどう思われても気にしてこなかったが、さすがに運営に目を付けれたらこの現場には居づらい。


「あの」


 声の主はまるでアイドルな美少女だ。

 背は特別高いわけではないが手足が長いのでとてもスタイルがいい。

 長い黒髪はポニーテールにしていて、その高さはむーたんを意識してるかのように同じ高さで結んである。

 極めつけはTシャツの文字が歪む胸部だ。むーたんなんて普通に文字が読めるのに……。


「あの! マサイさんですよね?」

「え? ああ、そうですけど」


 こんな美少女が自分に用があると思わず無視してしまったが、どうやら俺に用があるらしい。


「突然すみません。その、なんて言ったらいいか……ジャンプ……」


 よく見るとそのTシャツはむーたんのライブグッズだった。

 アイドル現場は9割が男で、そのうち数%くらいイケメンが混じっている。

 つまり、女がアイドル現場に足を運べば男を選び放題というわけだ。


「なんですか? 出禁ざまあとか言いに来たんですか? 残念ながら出禁にはなってませんよ」


 アイドル現場の姫みたいな女から追い打ちをかけられたらいよいよ他界だ。


「違います! あ、いや、違わなくはないんですけど」


 姫(仮)の言葉はいまいち歯切れが悪い。

 推しジャンをして足腰は多少締まっているが基本ヒョロガリ系オタクの俺に好意を抱くとは思えないのでイライラが募っていく。


「初めはぴょんぴょん跳ねてて邪魔だなって思ってたんです」

「ならジャンプ禁止になって良かったな!」

「……でも、だんだんとステージのむーたんよりマサイさんのジャンプに興味がわいてきて」


 わざとなのか天然なのか、照れ隠しで体を縮めると同時に両腕がその豊満なバストを挟み大きさがさらに強調される。

 どんなにイラついていても男としてその胸部にはつい視線が行ってしまう。


「マサイさん、今度私と一緒にむーたんのライブを見てくれませんか?」

「は? え? あ、はい」


 おっぱいに夢中だった俺は何も考えず反射的にライブのお誘いを受けてしまった。

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