廃課金、無料ガチャで邪神を引く。

芹澤なぎ

第一章 サービス開始記念・SSR以上確定無料ガチャ

第1話 欲望に呑まれながら


 20XX年 12月13日 00:13:33 


 「今日の武器更新は、と...全員のスキル200%バフに魔力吸収III、『時間遡行』だって?なんでもありかよ...」


 都市の郊外に点在しているコンビニエンスストアの一つ。

 そのイートインでは現在、スマホ片手に物々しい雰囲気を醸し出している不審者、もとい俺による一世一代の大勝負が行われようとしていた。もっとも、本当に一世一代と付くような大それた催しがそんな貧相な場所で行われているはずもない。ただ、少しばかり俺がの為に生活費を削っていて...現在進行形でその金が電子のドブへと捨て去られようとしているだけだ。

 コンビニで電子マネーをチャージするためのギフトカードを買い、それをソシャゲ──別名・基本無料とは名ばかりの底無し課金沼──にて最高レアを当てる為に全額ブチ込み、肩を落として帰路へ着く。それが俺の(ほぼ)日課であったのだ。



 ちなみに今回の軍資金は10万円。一回につぎ込むと考えれば、それなりの額と言えるだろう。...今回は事情が事情なので、これでも安い方ではあるのだが。

 狙うは今日更新の大目玉。その名も

 時断刀ときだちとうくさび』だ。

 簡単に説明すると、既存の強武器の性能を二つ程拝借し、両方を強化した挙句合体し、それに飽き足らず新スキル──それも超が付くほどのチートだ──をも付け加えて来た感じだ。この新スキルというものは、リーク段階で散々騒がれていた。なんとその効果というのが、『戦闘を任意のタイミングまで巻き戻す』という代物だったのだ。


 当然リークは信じられなかったし、よしんば似たような効果であったとしてもそんなアバウトかつ分かりやすくチートにはしないだろうと、リークは全く信じられなかった。いつもはリークに感謝してそうな奴も、お祭り感覚でリークは犯罪だと叩いていたりもした。都合の良い奴らである。

 大体、このソシャゲのジャンルがMMORPGである事を考えれば、そんな物が本当に実装されればゲーム性を確実に損なう事は自明の理だ。オフライン専用ならまだしも、ギルド機能やPvPといった要素が肝な訳で。

 だがしかし。そんな感じで楽観的に見ていたユーザーの思いは裏切られることとなる。丁度一週間前、運営から正式に実装予定と性能の開示がなされ、このソシャゲ──『Sacrificzサクリファイズ』界隈は火の海(ネット炎上的な意味で)に包まれたのだった。



 『Sacrificz』をサービス開始日から初めて二年半と少し。今まで絶妙なバランスを保ってきたこのMMO系ソシャゲのインフレの始まりとなる、いや、他のソシャゲみ見ても群を抜いて頭のおかしい時断刀『楔』──SNS等を見ても、リーク段階よりも荒れて大騒ぎのようだ──の提供割合はおよそ0.005%だった。性能を鑑みれば妥当ではあるが、到底大枚叩いて挑むべき確率ではない。もしかしたら、流石にやり過ぎたとナーフ弱体化されるかもしれない。クリスマスガチャもある。正月ガチャも控えている。引くべき武器ではあるが、瀬戸際というものがある。『Sacrificz』のガチャは青天井──つまり何万円つぎ込むと確実に目当ての物を入手できるだとか、そういうユーザーライクな運営では無いということだ。既に何万入れたかも分からない。

 だが。人はそこに浪漫を求める。

 己の天命を贄に捧げ、運営の従順なる僕と化す。

 今までの人生に感謝を伝え、これから先、長い人生の中での全ての運勢を注ぐ気持ちで臨む。

 何故なら、


 「今日はなんか...出る気がするから」


 引く!








 「あー......帰るか」


 いっそ清々しいほどに爆死した。俺は自分のフラグ構築能力とてんで役に立たないガチャ運の両方に肩を落としかけたが、何時もの事なので気に病まないことにした。

 ...課金して何も残らなかった時の、あと何度自分は沼に手を突っ込めばよいのか、金がレジへと吸い込まれていくのを見ればよいのか、ギフトカードの裏面のコードを読み込まなくてはならないのか。そう考えた時の気の遠くなる感覚ときたら...筆舌に尽くしがたい。

 俺は先程起こった悲劇──他人からすれば喜劇に見えるだろうが──を記憶から抹殺し、家の方へと歩を進めた。



 こんな毎日になんの意味がある?



「...?」


 今、誰かの声が聞こえた気がした。辺りを見渡す。大通りを歩いてはいるが、時刻は午前1時前。流石に自分を除いて誰もいやしない。風の音か何かだろうと、気にしない事にした。

 温暖化が進んでいるとかいないとか日夜議論が交わされてはいるものの、冬は寒い。寒いものは寒い。夜なら尚の事で、師走の慌ただしい冷気が歩く俺の肌を刺した。深夜の空は俺の淀んだ心とは対照的に澄み切っていて、今にも満ちてしまいそうな月が顔を覗かせていた。

 夜空へ向けて悪態の一つでも付いてやろうとして、やめた。爆死した後はなるべくその忌まわしい出来事を蒸し返さないようにしたいし、何よりそんな事をしても天より俺を見守るガチャの神様が微笑むわけでもないだろうからだ──いるかは別として。



 これ以上無駄な事はしたくないだろう?



「疲れてんのかな、俺...」


 まただ。また声が聞こえた。最近レイド等で徹夜続きだったし、とうとう幻聴がするようになってしまったのだろうか。いや、気のせいだ。

 俺はカイロの入っているコートの左ポケットに片手を突っ込み、右手で点きっぱなしのスマホを操作した。先ほど課金したソシャゲの攻略掲示板を見る為だ。アクセス稼ぎの為にテンプレートで固められた攻略wikiよりも、一般的──あくまで生活費をも課金につぎ込んでしまう社会不適合者から見た”一般的”だ──ユーザーの意見が集う掲示板の方がそれなりに役に立つと俺は考えていた。…情報の精査は必要ではあるが。



 先ほど日付けが変わったタイミングでガチャ更新があったこともあり、掲示板はガチャ報告で賑わっていた。神引き報告をして叩かれる者、ウン百万入れて最大強化を行い自慢する者、対照的に同程度の額を入れているのに爆死する者。

 側から見れば異常な光景だろう。いつサービスが終了して、今まで集めてきた使になるかもしれないのに、それを承知で金を入れ続けているのだ。でも俺には、そんな異常者蔓延る空間が心地良かった。



 周りを見て、安心したかっただけだろう?



 三度目の声。流石に気のせいでは済まされないだろう。オマケに耳鳴りもするし、近い内に耳鼻科に行くことを決意した。耳はデリケートなのだ。


「あーめんどくさいな病院行くの。せめて医療費をゲーム内通貨で...ん?」


 ブツブツ言いながらもスマホを触り続けていた俺の視線は、画面上部にバナー表示された通知に注がれた。真っ黒なアイコンのアプリからの通知。アプリ名は表示されておらず、通知の内容も同様で、何も書いていなさった。そんな怪しげなアプリを入れた覚えはない。バグか、或いはウイルスだろうか。

 少しばかり逡巡した後、通知を無視してホームボタンを押した。バグなら再起動すればいいし、ウイルスアプリなら触らぬ神に祟りなし。それらしい症状を家に着いてから検索して、危険そうであれば特に力を入れているソシャゲの引き継ぎ設定を済ませて、日が昇ってから携帯ショップへ相談に行けばいいだろう。

 俺は電源を切ろうとして、



 通知を押した。






 ふっと意識が返った。妙に頭が浮ついていた。ただ、自分の意識が飛んだのだという事はなぜだか即座に理解出来た。周りの景色は変わらず、自分の足は地についたままだ。空の様子を見るに、時間は殆ど過ぎてはいないようだ。

 意識が飛ぶ前、自分の意志と関係なく指が動いて通知を押してしまった気がした。余程ガチャで外したのが堪えていたのだろうか。

 そう考えていた俺の思考は、問題が起こっていた──いや、現在進行形で問題が起きているスマホに目を奪われて中断された。


 『GAME START』


 「ゲーム...スタート?」


 スマホの真っ黒の画面には、その白い文字と、反射した自分の顔しか映ってはいなかった。

 タッチしてもスワイプしても、うんともすんとも言わない。ホームボタンも反応しない。強制的に電源を落とそうとしても無駄だった。

 正直言って、これ以上面倒な事になるのは避けたかった。動いて──いや、動かしてしまった自分の指を呪いつつも、なんとか事態を良くしようとした。


 だが。


 「うおっ、なんだこれ!?」


 突如としてスマホの画面がひび割れ、液晶から光が漏れ始めたのだ。俺は思わず目を覆い、スマホを落としてしまった。慌てふためきかけたのだが、そんな暇も無いままに俺の体は液晶から出てきた触手のような何かに即座に拘束されてしまった。


 「う...ぐ、ぐ、ぐ」


 全身に力を込めて揺さぶってみた。体を包む触手はびくともしない。どの方向に動かしても無駄だ。

 意味がわからなかった。変なアプリから通知が来て、無意識に押してしまって。挙げ句の果てには画面が勝手に割れて、中から出てきた触手のような何かに体を縛られているのだから。



 ......を、捨て、な......。...を、掴.........て。



 声が聞こえるが、そんなもの気にしている余裕は無かった。もしかしたら、このよく分からないぽっと出の触手に殺されるかもしれない。そう思うと、今まで実感してこなかった『死』が隣にあるかのように感じられた。

 死ぬのは、嫌だ。俺は体を揺さぶり抵抗し続けた。死への恐怖と戦い続けた。こんな意味の分からない死に方をするくらいなら、課金しまくって借金まみれになって死ぬほうがマシだ。


 抗って。


 抗って。


 抗って。


 でも、そんな抵抗は無意味に等しくて。


 突如として俺の意識は、闇の底へと吸い込まれた。さっきとは違う、ちゃんと意識が薄れていくのが分かった。

 死ぬのだろうか。


 「嫌、だな」



 遠く......未来...貴方は.........を迫ら...ま...そ...時......は...きっと━━



 最後に脳に刻まれたのは、雑音が混じった、何処かで聞いた声と、重力に逆らって上へと落ちていくような、不思議な感覚だった。

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