第5話
この国と、隣国は敵対関係ではあるが、国交が断絶されているとか、そう言うことはない。いわば、表向きは仲良しのような状態に近い。
「よし、決めた」
国交がないわけではないものの、両国間を移動する手は本当に少ない。それに、母から聞いた話によれば、私たち一族の銀髪に紫の瞳は一族特有であって、外部にはない色合いだから気をつけなさいとの事だった。
「旅人かな」
旅人を装えば、国を渡り歩いてもおかしなことはない。そうなれば、森から抜けられるし、わざわざ人通りの多い関所を通らなくても、いい。
これからの旅が、そんなに甘く進むとは思っていない。もしかしたら途中で死ぬかもしれない。それでも、私は行かなければならない。行かなきゃ、みんなが危ないから。
「まず必要なものは……」
旅人として隣国へ入国するための準備を手早く始める。必要な荷物、道具、できるだけコンパクトになるように数を減らし、厳選したものを詰め込む。
精霊師だから、普通の人よりは楽に旅ができる。なぜなら、魔法は魔術よりも制限がないからだ。例えば魔法で空は飛べるけど、魔術で空は飛べない、とか。
空を飛ぶには、精霊から力を借りなければならない。そもそも精霊から力を借りられない魔術では空を飛ぶことは不可能なのだ。
「いってきます」
深夜、こっそりと家を出る。シスターには事前に精霊を通して伝えておいたので、明日大騒ぎになるなんてことはない。母も、私が深夜に出ていくことは想像していただろうから、何の問題もない。それに、顔を合わせれば、行きづらくなる。
そうして、私はこっそりと村を飛び出して、旅を始めたのだが……私は自分が他人の性癖を見ることができるという、役に立たない能力を持っていることを忘れていたせいで、地獄を見る羽目になったのだった。
なんだこれ、いや、なんだこれ。
森をホイホイと抜けて、国境を難なく突破した私は、あっさりと隣国へ入ることができたのだが、そこが何とも言い難い場所だった。なにせ、国境を守る騎士団が常駐する領地だったようで、むさくるしいったらありゃしない。
ついでに性癖もむさくるしいことこの上ない。いや、性癖がむさくるしいってなんだろうね。
「おーい、旅人さん」
「はい」
「これやるよ! ほそっこいんだから、もっと食え!」
それに、どこから来たかもわからないような旅人の私に、食べ物をしょっちゅう与えてきたりと、面倒見がいい人たちばかり。一応、髪の毛を一般的な茶色にして、瞳は紫のままだけれど、一族の容姿は隠し、ついでに男装もしている。
まだ女だとは気づかれていないので、ボウズ、と呼ばれることも多い。
「いつも、ありがとうございます! 今日も、お伺いいたしますね」
旅の理由を聞かれて、咄嗟に魔法治療師の腕をあげている、と言ったおかげで、騎士団の人の傷を癒す機会ももらえたので、腕が鈍ることもない。
正直、よくわからない旅人の魔法治療師なんて、絶対受け入れてもらえないと思ったが、ここの人たちはなぜか受け入れてくれている。
「そういやぁ、ボウズ。おまえ、名前はなんて言うんだ? いつまでもボウズじゃ悪いから」
「ソ、ソフィアンです」
名前を聞かれて、咄嗟に村で男の子に名付けられる名前を名乗った。明らかに名前が怪しすぎるものの、前にいる騎士様は全く気にしていないようで、疑うそぶりもない。
「ソフィアンか、ソフィーって呼ばせてもらうぜ」
「あ、はい」
普通に受け入れて、あだ名までつけてくれた彼は、ニカッと白い歯を見せて笑う。私も満面の笑みを浮かべたかったけれど、その頭の上に見えた『ナイスバディな雄っぱい』と見えた瞬間から引きつった笑みしか浮かべられなかったのは言うまでもない。
いや、騎士様の性癖を満たすうえでは騎士団は良い職場かもしれないけど。
「君が、最近騎士団が世話になっている魔法治療師か」
「閣下」
「ああ、いい。座っていてくれ」
静かに治療を再開し、包帯を巻き終えたところで騎士様が勢いよく立って敬礼をした。その視線の先に身体を向けてみる。すると、そこにはたくさんの勲章を身に着けた、明らかに身分の高い男性がいた。
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