九尾様のお嫁さん!

空月 若葉

第一章

 「おまえを嫁にやる事にした。」

「…はい。」

いつかはこんな日が来ると思っていた。こんなに早いとは思っていなかったけれど。

父は私をじっと見つめたけれど、私は父に微笑み返さなかった。

「おまえの幸せを思ってのことだ。」

嘘だ。こいつは私を人形としか思っていない。どうせ、政略結婚か何かなんでしょ?

私は父を睨んだが、父は母と話していて気づきもしなかった。母も母だ。いくら父と母がお金のための政略結婚だったからって、止めないなんて。ありえないわ。

「まぁ、あそこに?それはいいお考えですわね。」

母の笑顔は久しぶりに見た気がする。それほど都合の良いところなのだろうか?

「私たちのことは気にせず行ってきなさい。」

気にするものか。おまえたちなどどうなっても構わない。心の中で抗議する。その声は届くはずもなく心の中で消えた。


4月1日。私、堂島琴音、19歳。嫁ぐ事になりました。


 さらさら水の流れる音。ひゅうひゅう風のふく音。そんな自然多い山の中に、私は父の運転する車でつれだされた。

「ここだ。さ、ここからはおまえ一人で行きなさい。」

「はい、お父様。行ってまいります。」

いったいどんな人が待っているのだろうか。まともな人だと良いが。せめて、両親よりは。

そんなことを願いながら、ゆっくりと前に進んだ。落ち葉を踏み分け、サクサクと音を鳴らしながら進んでいく。

かなり登らなければならないようだ。だんだん坂になっていて、山を登っていく。白むくではきつい坂道だ。

ふと、私の頭の上に影が刺す。見てみると、人の形をしている。ありがたい。お迎えだろうか?

「お嬢さん。君が嫁ぐように言われて来た子?」

綺麗な声に、

「はい。」

とゆっくり返事をした。声は優しそうで、ほんの少し安堵する。が、まだどんな人かはよくわからないのだから、警戒を解いてはいけない。

「いらっしゃい。僕が君の旦那になるリクだよ。」

「はい、堂島琴音と申します。」

一切表情を変えずにそう答える。相手の方、リクは顔をしかめてこういった。

「こんな人形みたいな子が来るとは思わなかったよ。」

びっくりした。あんなに優しそうな声だったのに、こんなことをいう方だったのか。まるで大嫌いな父親のようだ。

けれど、反論できなかった。私は、父の人形として育てられた上に、表情のない、確かな人形に育ってしまったのだから。怒りは湧かなかった。ただ、これから先が不安になった。


 「ついてきて。君と話がしたい。」

案内されたのは、私の部屋と似たような和室だった。綺麗な部屋で、あんなものの着物がかけられていた。部屋の雰囲気も私の部屋と似ているから、あらかじめ調べてくれたのかもしれない。途中、女の人が運んできたお昼ごはんも、私の大好物だったから。

「これから夫婦になるんだ。君のことについて聞きたい。」

「はい。」

はいと答えたものの、どんな話をすればいいのかわからなかった。そんな私に、彼は助け舟をくれた。

「大丈夫。君がどんなことを思って生きてきたのかを聞きたいんだ。」

何かが、ふっと切れた気がした。美しく保たれてきたはずの、何かが。

「私、父に人形のように育てられてきたんです。」

今までのことがすらすら出てきた。それは、彼の魔法だったのかもしれないし、私が限界を超えていたのかもしれない。もしくは、その両方だったのかもしれないけれど、とにかく私は話し続けた。何時間も、いつまでも。

私の話が途切れた時、旦那様はふと言った。

「気が済んだかい?」

そういわれた時、私はポロリと一筋だけ涙を流した。


 「やっぱり、君は人形じゃあないんだよ。証明しに行くかい?」

彼は優しく私の頭を撫でながらそう言った。私はゆっくりと首を縦に振った。

彼はもう笑いも泣きもしなくなって落ち着いた私の手を引いた。お昼ご飯は運ばれたまま虚しく部屋の中に残されていた。

私の歩幅に合わせてくれているようで、ゆっくりと進んでいく。木の大群をかき分け、山を下っていく。彼は何も言わなかった。ただ、少し怒ってるかのように思えた。私は、もしかしたら助かるのかもしれない。彼が、この地獄から助け出してくれるのかもしれない。そう思えて、嬉しかった。

…嬉しい?こんな感情は久しぶりに感じた。美しい彼は、私の救世主、旦那様だ。


 2時間ほどかけてついたのは、私が住んでいた父の屋敷だった。普段、歩き慣れていない私は、途中でくたびれてしまって、旦那様が抱えてくれた。ものすごく恥ずかしかったけれど、表情には出ていないだろうさ、バレないのならとそのまま黙っていた。

屋敷につくなり、旦那様は大きな声で叫んだ。

「屋敷の主人はいるか!?」

と。

父のことを呼んでいるのだ。父は使用人に呼ばれて慌てて出てきた。娘を返品されたのかと慌てているのだろう。

「何か娘に問題でもありましたか?」

父が敬語を使っているのは初めて見た。そのくらい偉い人なのだろうか?旦那様は。

「お前の育て方には問題があるようだ。」

旦那様が怒ったようにいう。

それに対し、父は申し訳なさそうに言った。

「厳しく叱っておきますので、どうかお許しください…。」

父は旦那様に頭を下げようとした。けれど、旦那様はそれをさえぎった。

「違う!俺が怒っているのはお前に対してだ!」

いきなり叫ぶ旦那様に、父は怯えてい……あれ?

「だ、旦那様…?」

「ああ、すまない。驚いたかい?」

私の頭を優しく撫でる旦那様。でも、私は一歩後ずさった。

「ど、どうしたんだい?」

「だ、だって、し、尻尾…。」

旦那様には、九本の尻尾と獣のような耳が生えていた。


 「ああ、バレちゃったね…。」

私は驚きを隠せず、膝から崩れ落ちてしまった。

「ど、どういうことですか?旦那様…。」

「そうだね。帰ってから説明しようか。」

ちょっと待ってて。旦那様はそう言って腰を抜かした私を隣の部屋に運んだ。

それから、1時間くらいしただろうか?その間、ずっと旦那様の怒鳴る声が聞こえていた。父はひたすら謝っていたようだ。

『私は旦那様に愛されている』

おろかにも、私はそう感じた。私が誰かに愛されるわけないし、ましてや初対面の方だ。私を愛しているはずがない。きっと、同情してくださっているんだ。可哀想な私に…。

「ごめん、終わったよ。」

ひょこっと隣の部屋を覗くと、父が泣き崩れていた。あんなに情けない父の姿を見たのは初めてだ。

私はそんな父の姿に驚きながら、旦那様が差し出した手をとった。



山に帰ると、旦那様は正座をして私と向き合うように触った。

「どこから話せばいいのか…。」

旦那様は少し申し訳なさそうだ。

「怒りませんから、ゆっくり話してください。」

私がそういうと、旦那様は驚いた顔をして私を見た。そして、にっこりと笑って

「優しいんだね。」

と言った。それから、旦那様は常人には予想もつかない真実を、私に話してくれた。

「九尾なんだ、俺。」

旦那様は苦笑いをしながらそう話してくれた。そして、

「それでね、君の家の守護神なんだ。」

と付け加えた。

「そうですか。」

私はもう驚かなかった。あの尻尾と父の態度を見た時から想像はできていた。そっか。私は、生贄みたいなもんだったのか。なんとなく、納得がいった。

「で、でも!」

旦那様は少し顔を赤らめて続けた。

「大事にするから!もし、俺が九尾でもいいっていってくれるなら、大事にするから!」

『大事にする』?信じられない一言だった。でも、旦那様のいうことなら信じてみてもいいのかもしれない。

私は、にっこり笑って言った。

「ありがとうございます。旦那様。」

その目には、涙が浮かんでいた。

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