003

「……で、この町に何しに来たんだ?」

「仕事ついでに君の顔を見に来たのに、随分な言い種だね」

 カウンターに肘を突いてグラスを傾けるライに、メレディスは逆に背を預けながら話しかけた。

 互いに武器は外側に立てかけているが、いつでも手に取れる位置にある。警戒心がどちらに向いているのか分からないまま、酒盛りは続く。

「心配しなくても、君の縄張りを荒らしに来た訳じゃないよ。ここに来たのだって、荷物運びの代理だし」

「荷物運びの代理、ってまさか養母エルザの?」

「当たり」

 元々、ライの養母であるエルザは、町の外から定期的に荷物を受け取っていた。本来ならば同じ人間が運んでくるのだが……。

「ちょっと別口の仕事が長引いてしまったらしくてね。急ぎの分だけボクが代理で運んできたんだ。君の様子も見たかったしね」

「……そりゃさぞかし落胆しただろうな。その日の風俗すら怪しい日々なんて」

「もう少し健全に生きたらいいのに……」

 呆れて溜息が漏れるメレディスだが、丁度店の外に出ようとする女性が視界に映り、表情が一変する。

「ごめん、ちょっと待っててくれる?」

「どうした?」

 突如、態度を変えたメレディスに訝しげな視線を向けるも、ライが止める間もなく席を立ち、店を出ようとする女性に声を掛けていた。

「いったい……げっ!?」

 メレディスが声を掛けていたのは、今日一緒に仕事をした一人、フランソワーズ・ハイヒールだった。次に仕事が入るまで会うつもりが無かったのに、まさか夜も明けない内に会うことになるとは、ライも予想がついていなかった。

 そもそも、メレディスとは昔からの付き合いで、一時期別の町で組んでいたことがある程度だ。その時から一人で食っていくには困らない実力を持ち合わせていたから、騎士団との付き合いは特にないはずだが……。

「おまたせ。いやまさか、ライと知り合いとは思わなかったよ」

「すまない、ライ・スニーカー。セッタ殿から彼女・・が昔馴染みと伺っていたので、店を出ようとしたのだが……」

「いいよ、別に……」

 片手を額につけて呻くが、事態は好転しないと一つ訂正を加えておくことにした。




「……後ついでに言っておくと、そいつ男」

「なっ!?」




 中性的で紛らわしい格好をしている昔馴染みは、カラカラと笑っていた。

 人数が増えたこともあり、ライ達は最初フランソワーズとセッタが座っていたテーブル席に移動した。セッタは既に席を立っていたが、丁度店員が片付けを終えたところだったので、すんなりと座れたのだ。

「セッタも居たのか?」

「ああ、あなた達が入ってきたので私は席を立ったんだ。おそらく一緒に出ていったんだろう」

 とはいえ、入り口は一つで先に席を立ったのはフランソワーズ、しかもメレディスが声を掛けてから誰かが店を出た気配はなく、なのにテーブル席は既に空。

「あいつ……食い逃げしてないよな?」

「いや、そこはどうやって移動したのかを疑問に思うんじゃないの普通?」

 話だけ聞いて、メレディスは『なんだその情報屋は?』と頭に疑問符を浮かべていたが、ライはいつものことと軽く流させた。

 この世界には、考えるだけ無駄な問題もある。

「それで、どうしてこいつ連れてきたんだ?」

「私もそれが知りたい。そもそも、私とあなたは初対面の筈だが?」

 背もたれに片腕を掛けて体重を乗せるライと、逆にテーブル席に組んだ手を置くフランソワーズの視線を受けたメレディスは、懐から丸めた一枚の羊皮紙を取り出し、留め紐を外してからテーブルの上に広げる。

「これを読めば分かるよ。実は、荷物運びの仕事を引き受けたのはついでで、本命はこっちについてなんだ」

「どっちにしてもこの町に用事があったのか……『辞令』?」

 軽く流し読みし、脳に内容を理解させていく二人。徐々に浸透していく内容に、思わずメレディスと羊皮紙を交互に見比べる。

 大仰な言葉が羅列されているが、端的にまとめると一言で事足りた。




 曰く、『メレディス・モカシンを五大国家が一つ『ペイズ』の勇者として認め、魔王討伐の任を与える』とのことだった。




 『ペイズ』はこの大陸世界『アクシリンシ』に存在する東西南北と中央を統べる国家の一つで、西方最大の国家だ。ライも昔、エルザと共によく訪れていた場所であり、『ケルベロス』こんな町とは桁違いの規模を誇っている。

 ……筈なのに。

「……お前が勇者?」

「この間武術大会に出て優勝したんだけど、まさか副賞が魔王討伐なんてね」

 ついでに言えば、西方の国で勇者を輩出しているのは『ペイズ』くらいで、寂れた風土の目立つこの地域では小国だと国営すらままならない。だからと魔界を放置するわけにはいかず、『ペイズ』が勇者を輩出するのも半分以上押しつけられた・・・・・・・からである。

 肩を竦めるメレディスを置いて、ライはフランソワーズに耳打ちした。

『ペイズ』あの国一応大国家だろ。大丈夫か?」

「聞くな。私もここまで人材不足かつ強引な手段を用いてくるとは思ってなかったんだ……」

 この日、フランソワーズは普段以上に酒を飲みたくなったが、どうにか抑えたとか。




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