3 wishes

小川三四郎

儂は神様じゃ

2020年1月某日


僕は失意のどん底にいた

愛する人を失った


振られたわけではない

寧ろ、今でもお互いに想い合っている自信はある

ただ、距離が二人を逢えなくした


勿論これからも、いわゆる遠距離恋愛という形で関係は続けていくつもりだ

それは彼女も同じ気持ちだが、距離の壁は現実的にとてもとても重い

普通の遠距離恋愛でさえ続けることは難しいと聞いているが、僕達にはそれ以上にのしかかる錘がある


僕は到底、家に帰る気分になれなかったので、悪友を誘って酒を飲んだ

いつもより飲む僕を悪友は心配していたが、これ以上付き合わせるのも気が引けたので会計を済ませ、先日彼女と歩いた道を一人でふらふらと歩いた


ふと気が付くと、先日と同じ場所に陣取っていた物乞いらしき老人と目が合った

僕は酔っていたのだろう、老人に近づいて話しかけた


僕 おじさん寒いだろう?

老 そうですね、この季節はわしらには厳しいですよ

僕 そっか・・・

僕 ま、これで温かいものでも食べてよ


と、財布から千円札を出そうとしたのだが、なんと諭吉しかなかった・・・


僕 ちょっと待っててね、細かいのないから崩してくるよ


一旦去ろうとすると


老 いいですよ、戻って来なくても

老 皆、そんなもんですから


少しカチンと来たのか、僕は意地を張って


僕 いやいやいや

僕 ちゃんと戻ってくるから心配しないで待ってて

老 本当ですか?

僕 こんな日に嘘はつかないよ

老 何かあったのかね?

僕 あったよ・・・凄くあったんだよ・・・

老 そうか、良かったら儂が聞いてやろうか?


ん?

何故に急に上から?

でも、全く知らない人に話すのもアリなのでは?

と、酔っ払いの思考かもしれないが、とにかくこの時は流れに身を任せた


僕 そうだね、これも何かの縁だから少し付き合ってもらおうかな

僕 そこの店で話そうか?

老 お前が奢ってくれるのか?


お前・・・

ま、気にしないでおこう


僕 奢るよ、これも何かの縁だ

老 それはありがたい、では遠慮なくご馳になるとするか

僕 爺さんの事はなんと呼べばいいの?

老 お前の呼びやすいようにすればよかろう


お前・・・

奢るのだが・・・

ま、気にしないでおこう


僕 じゃあ、行こうか爺さん

老 うむ


僕は近くにあった居酒屋に、この知らない爺さんと入った


僕と爺さんはカウンターに並んで座り、適当なつまみを並べて飲み始めた

爺さんは良く見ると恰幅が良く、和服姿で物乞いとは思えない品の良さが感じられた

多分、僕は相当酔っていたのでそんな風に感じたのかもしれない


僕 ところで爺さんは何者なんだ?

老 儂か、儂は神様じゃ

僕 そうか・・・爺さんは神様か・・・

僕 それは良かったな

老 うむ


頭のいかれた老人なのか、冗談が好きなのか分からないが面白い爺さんらしい


老 それで、お前はどうしたいのじゃ?

僕 どうしたいって、何をだよ?

老 だから、あの女とこれからどうしたいのかと聞いておる


ん?

もう経緯を爺さんに話したかな?

ま、他人に愚痴を聞いてもらうのが目的だから、これでいいのか・・・


僕 それはこれまで通りに逢いたいに決まってるよ

老 だったら、逢えばよかろう

僕 それができれば苦労はしないって

老 何故じゃ?

僕 距離があり過ぎるんだよ・・・

僕 横浜と小倉だよ!

僕 新幹線で5時間以上だよ!

僕 簡単に逢えとか言うなよ・・・

老 距離が問題なのか?

僕 大問題だよ

老 ならばお前が小倉に住めばよかろう


それは正論だが・・・


僕 そんな簡単にあっちに住める訳ないんだよ

老 それはそうじゃな

僕 は?

僕 何故爺さんがそんな事言えるんだ?

僕 と、言うよりあっちに僕が住めない理由を爺さんは知ってるのか?

老 勿論じゃ


爺さん・・・

勇み足だな

少なくとも僕はその理由を簡単には言わない

多少酔っていても他人に話す事はありえない


僕 じゃあ言ってみてよ

老 お前には妻子がおるからじゃ

老 無論、仕事もこっちでしてるから簡単にはあっちには住めんのじゃろうが

老 この不倫坊主が!


え?

この爺さん何者?

そうか・・・


僕 誰に頼まれた?

老 何をじゃ?

僕 誰に頼まれて僕に近づいてきた?

老 近づいて来たのはお前じゃろう


確かに・・・


老 とりあえず、お前はスッキリするまで話せ

老 人間、話すと落ち着くもんじゃ

僕 わかりました

僕 では、洗いざらい話しますので是非聞いてください


何故か陥落する僕・・・


老 うむ

老 その前に、お酒をもう少し頼んでくれんかのう

僕 何が飲みたいですか?

老 焼酎にしようかのう

僕 すみません!焼酎ボトルで持ってきてください!

老 お前・・・いい男じゃのう


僕は何の疑いも持たず、この不思議な爺さんにこれまでの事を全部話してみる事にした

爺さんの言う通り、そうすれば少しスッキリするかもしれないと思ったのは、多分相当酔っていたからだろう

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