映画「ミスミソウ」

部屋に一人の男が入ってくる。目にはアイマスク、耳には特大のヘッドホン。続けて黒づくめの男達が後を追う。

「準備しなさい」

スピーカー越しに部屋に声が響き渡ると黒づくめの男達はまずヘッドホンを、そしてアイマスクを外した。男は引き笑いを浮かべながら、眼球だけを恐る恐る動かし始めた。真っ白な雪景色のように見えるのは眩しいほどに光る照明のせいだろうか、それとも長い間、光を目に入れてないからだろうか、と男は考える。すると声が聞こえた。

「今回は弊社の募集を見て応募してくださりありがとうございました。長旅でお疲れかと思いますが、早速始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「何が長旅だ。これじゃまるで誘拐じゃねえか。それより本当なんだろうな、正解するだけで100万円貰えるっていうのは」

「ええ、間違いありません。これから私共が問題を出させて頂きます。見事正解されましたら、その場で現金100万円をお渡しいたします」

「それが聞ければ十分だ。始めてくれ」

男は唾を飲み込んだ。金のことを考えているのか、視線は遠いところにある。

「では問題です。ドーナツの丸い穴の中には何が入っているでしょう?」

ドーナツの穴?あの空洞になってる?何もないじゃねえか。いや100万円もする問題だ。何かあるに違いねえ。でも俺の知らねえ知識の問題じゃなくて良かった。これならもしかしたら当たるかもしれねえ。なあに、当たらなくても帰ればいいだけだ。と、男は短絡的に考えるのであった。

「生地だ。くり抜いてるわけだから元は生地が入ってると言える」

「それで本当にいいのですか?」

「ああ、これ以上考えても仕方がねえ。俺には他にやることもあるもんでな」

「では、答え合わせをしましょうか」

ドアから女が入って来て、そう告げた。不気味なほど白い肌に腰まで届く黒い髪。いや、それよりもルビーに血が通ったような赤い唇。ではない。女の後ろに見える物々しい重厚感。2メートルはあろうかという装置の先端には人間の頭一つ分ほどのドリルが付いている。カチャリ、男の手足に拘束具が付けられる。

「準備完了致しました」

黒づくめの男達が感情のない声で告げる。

「やめろぉぉぉおおおおぉぉ」

問題に正解するだけで100万円。何故場所を変える必要があったのか、何故自分が選ばれたのか、何故、何故……。いくつもの何故が重なり合い、繋がった時にはもう遅かった。スイッチが入り回転音が鳴り響く。必死に抵抗しようとするもののビクともしない。動かせるのはせいぜい指の先くらいだ。

女が近づいて来て、男の首元を人差し指で円を描くように動かした後、首元から下にかけてゆっくりと撫で下していく。

「大事なのは、真ん中」

そして、男の体は貫かれた。

「入っているのは生地で間違いないかしら。あら、もう答えられないわね」

女のハイヒールが真っ赤に染まる。唇を押し付けて、熱い抱擁を交わし始めたその姿は、凍えそうな体に体温を分け与えるかのようでもあった。

「まったく、冬も越せないミスミソウが多すぎるわ。なんでこんなことになる前に気がつかないのかしら」

女は目の前に映るドーナツホールを、不思議そうな顔で見つめるのだった。

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