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小説「限りなく透明に近いブルー」

男がいた。四隅を白い板で囲われただけの物体の中。屋根はない。

かろうじて部屋と呼べるだろう。

それ以外には何もなかった。私は眺めているだけであった。


それは部屋の中にいた。なだらかな起伏がないという理由で私は男と判断した。

体は黒く覆われ靄のようにはっきりとしない。部屋があるから存在しているようなものだった。


男はただ立っていた。そうしていたように見えた。部屋の中心で。


しばらくして動き始めた。右手をゆっくりと掲げ始め、水平までこようかという頃、四隅の壁が透明さを帯び始める。

男は太陽を掴むようにして手を閉じたり開いたりを繰り返していたが、その先には何もなかった。


不意にバランスを崩し、左足が前に出ると同時に男は歩き始めた。

四隅の壁には砂漠、ジャングル、火山、海底と瞬間的にそして不規則に映し出された。透明の向こう側で。


しかし、いくら歩いても男は部屋の中心から動いていなかった。

止まることはなかった。ただ時折、特定の女が映るたびに少しばかり速くなった。


男が急に苦しみ出したように見える。胸を両手で押さえ暴れ出したかと思うと膝から崩れ落ちた。

網の上で焼かれているようにのたうちまわり、やがて口から黒い物体を吐き出す。

黒い物体は床をすり抜けると透明に移り変わり、消えていった。

正確には消えゆく最中、私には七色の光が見えた。

男は動かなくなった。


ふと透明な物体に気がつく。部屋から私の目の前まで伸びている。階段であった。

階段であると認識した瞬間、白く浮かび上がった。

部屋と私との距離は気が遠くなるほどであったが、階段の1段目に黒い物体が足をかけようとしているのが見えた時、望遠鏡を使っているかのように視界が狭まった。


男だった。ゆっくりと、右足を出し左足を出し同じ動きをひたすら繰り返し登ってくる。私は恐怖を感じた。しかし、瞬きをする自由は私にはなかった。

男が近づくにつれ黒い体の一部が時折透けるようになった。爪楊枝ほどの小さな穴であったが、その奥には七色の光が見えた。

青、紫、赤、緑、黄色、橙、藍色と認識しているうちに男が目の前まで迫っていた。


男の体は全身全てが七色へと変わっていた

すると男は体を反転し階段を駆け下り始め、私の視界から消えた。

男に釘付けになっていた私の視界は突如として広がり、七色の物体が部屋に向かってジャンプしたことがわかった。部屋には黒い男が倒れたままだった。


七色の物体が黒い男に触れようとしたその直前、部屋は変容し地球の形をした。

部屋の面積に比べ地球は大きすぎた。視界のほとんどが埋め尽くされる。

その右奥の方から光がなだれ込んでくる。私は太陽だと認識した。

男の行方を確認する間も無く、太陽から爆発したような光が発生し包み込んでいく。

白い光一色になっていく刹那、私は思い出していた。

男に映る、限りなく透明に近いブルーを。

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