第24話
涼子が紗彩を促す格好でテントから退席し、改めて二人きりで向き合った美幸はそわそわと周りを見回した。
「どうしたの? 美幸ちゃん。」
「え、何だか急にその、二人きりって変な感じになるよね。」
「そう言われると何だか照れるな。」
頼光はちゃらりとチョーカーのチェーンを弾いて視線を落とした。
(あ、皆本くん、こんな表情もするんだ)
嬉しいと恥ずかしいが混ざった美幸は、泳がせた視界の中にお弁当入りのバスケットを見つけた。
「あ、そ、そうだ。お弁当。ちょっと早いけど。サンドイッチ作ってきたの。」
食べようと言う言葉が出てこないまま、美幸はバスケットをテーブルに置いた。
「あ、あんまり上手じゃないんだけど。」
そう言っておずおずと蓋を開ける。彩の綺麗な断面の並んだ小ぶりのサンドイッチとカップゼリーが顔をのぞかせた。
「うわ、かわいい。美幸ちゃんセンス良い。」
頼光はバスケットを覗き込んで感嘆の声を上げた。
「ツナサンドと野菜とハムのミックスサンドなの。タマゴサンドは暖かくなる時期だから止めておきなさいってお母さんが言うから。ヴァリエーション乏しくてごめんね。」
美幸はちらりと上目遣いで頼光を伺った。
「とんでもない。文句言ったら神罰が下るよ。」
「ふふ。『バチが当たるよ』じゃないところが皆本くんらしい。」
一気に和んだ雰囲気の中、頼光は飲み物を買いに席を立った。
頼光の背中を目で追いながら美幸はスマートフォンを取り出した。
(褒めてくれたお弁当、インスタにアップしちゃお。)
「きゃー美幸先輩、嬉しそう。あれ絶対皆本さんからバスケットのお弁当褒められて『お弁当記念日』とか題名つけてブログにアップするつもりですよぉ。あぁ、紗彩見届けられて感動ですぅ。」
「お店の邪魔をしてごめんなさい。この子、どうしてもって聞かなくて。」
涼子は、たこ焼きテント内の物影からオペラグラスを覗いている紗彩に苦笑いした。
「ごちそうさま。おいしかった。美幸ちゃん、料理うまいんだね。」
「あ、ありがとう。お口に合ってよかった。」
美幸は頼光の顔をちらりと見ると、手元の紙コップやラップを楚々とした様子で片づけ始めた。
「美幸ちゃん、学校のお弁当も作って行くの?」
「ううん。さすがにそれはお母さん任せ。皆本くんは?」
「夕飯を多めに作って、その残りとかを詰めて行くんだ。朝苦手だから前日に用意してる。」
「皆本くん、料理するの?」
美幸は目を丸くした。
「父さん結構忙しくってさ。小学校四~五年ぐらいから台所に立って、何かしら作ってたな。最近、お手頃の圧力鍋見つけて煮込み系が早く出来るようになったんだ。」
「あ、じゃ、私よりお料理スキル上かも。」
「いや~作れるのは『男の料理』って感じで見た目とか栄養学とか関係ないヤツだからさ。こんなキレイなごはんはすごい久しぶり。」
頼光はにこにこして手元の紙コップを重ねた。
二人はテーブル周りを片付けて、イート・イン・スペースを後にした。
「あと二十分ぐらいは大丈夫だから教会の周り散策してみない?」
美幸は陽の光に輝く白い教会をまぶしそうに見上げた。
教会の外壁は白漆喰風の窯業系サイディングで構成されており、約三メートルごとのサイディングの継ぎ目にコーキング処理が施されている。
側面の窓位置は一般家庭のものより少し高めに取り付けられており、背伸びをして覗かないと中の様子は見えない。
教会の南壁面は説教壇の裏手にあたり、壁面上部は聖母子像をモチーフにしたステンドグラスが輝いている。白亜の壁との色の対比が美しい。
教会は西に張り出した回廊で他の棟とつながっているようで、高い位置の小窓から、ちらりとシスターの頭巾が見えた。
建物の周りに素焼きレンガを積んだ、いかにも手作りといった花壇が塀の内側に数か所設けられて、花の時期の終わった植物が緑の茂みを作っていた。
教会から南東に、少し奥まったところ。
高さ五メートルぐらいの立方体の建物が見えた。
凱旋門のような彫刻でその正面が飾られている。
人工大理石製のその柱には『Käfige』と刻まれた真鍮板が掲げられている。
「ドイツ語みたいだけど。何の建物かしら?」
美幸が首を傾げながらつぶやいた。
「それは納骨堂ですよ。」
不意にすぐ後ろから声をかけられて二人はビクッとなり、頼光は咄嗟に後屈に構えて振り向いた。
「ここは信者さんや永代供養をご希望される方々のご遺骨をお祀りさせてもらっている所です。教会敷地内はご自由に散策されて構いませんが、ここはあまりお勧めしません。」
頭巾を少し深めに被ったこのシスターは、無表情に淡々と言葉を繋いだ。
「あなた達は・・・新郎新婦役のお二人ですね。少し早めですが、教会の中でお待ちください。最後の打ち合わせと確認があります。それでは。」
軽く会釈をすると、このシスターは手入れさせていない花壇の横を、滑るようにテント広場の方へ消えて行った。
「び、びっくりした。」
「う、うん。まぁ、色んな人って居るから。それじゃ、また怒られないうちに教会に行こうか。」
頼光は全く人の気配を感じさせないシスターに戦慄を覚えながら、わざと明るくまくしたてた。
(露さん。これから教会に入ります。)頼光は左肩の銀のストールピンに囁いた。
「え、何か言った?」
「ううん。何でもない。」
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