第21話


 頼光と美幸は教会スタッフと共に、式の進行に従った立ち位置や、衣装合わせを済ませて教会の扉を後にした。


(おかしいな。僕と美幸ちゃんを分断する絶好の時なのに何も起こらないなんて・・・露さん・・・?)

『ええ、全く肩透かしだわ。どういうことかしら・・・それじゃ、今度は広範囲に敷地内を探ってみるわ。何かあったら思念じゃなくて、その肩の子に話して。』

(このクモのブローチですね。了解です。)

 頼光は左肩のストールピンに目をやり、その肩越しに美幸の方を見た。

 美幸の髪はウエディング仕様に編み込みが施されて、アップにまとめられていた。

 美幸はテスト撮影用のチェキを数枚手に持って、ご機嫌に鼻歌を歌っている。

 頼光の視線に気が付いた彼女は、照れくさそうな笑みを浮かべた。

「あ、ごめんなさい。気になった?」

「ううん。美幸ちゃん、楽しそうだから。」

「うん、誘ってくれてありがとう。今日は良い日になりそう。」

 はしゃぐ美幸に頼光は笑みを返して、佑理・佑美の店舗に向かって行った。

「やだ~。すっごーい。」

 話を聞いたオミは大きく目を見開いて両手を口元に当てた。

 その横で服飾科の双子は美幸のウエディングドレス姿の写真を食い入るように見ている。

「露出が少ないドレスだけど、清楚感があって良いわね。シスター風の胸の切り替えにフリルがしつらえてあるの、かわいい。」

「ハイネックとケープショルダーのマーメードラインって結構新鮮よね。このトレーンの感じも良いわぁ。」

「ライコウくんのは・・・何だか闘牛士みたい。」

「そうね、何か『着せられてる』って感じがするわね。」

「うるさいな。シンプルなヤツのサイズが無かったんだよ。」

 みんなで写真を覗き込んで口々に感想を述べる。

 葛城も姫袖を口元に当てて、くすくす笑っている。

「でさ、結婚式って言うんだから当然、誓いのキスがあるわよね。」

 正臣がいたずらっぽく笑いを浮かべた。

「え?」

「あ、そうか。そこまで考えて無かった。」

 頼光は驚いたように目を見開き、美幸は両手を頬に当てて真っ赤になってうつむいた。

「そ、そんな。いきなりそんな展開だなんて・・・」

「こんな美人とキスできるなんて色男冥利に尽きるわねぇ。」

 正臣は意地悪そうに追い打ちをかけて、ちらりと葛城の方に目をやった。

 葛城は表情をこわばらせて頼光の背中を見ている。

「美幸ちゃんの気持ちに沿わないのにそういうコトは良くないよな。断ってこよう。」

 このセリフに美幸は大きく目を見開いて頼光の方を見据えた。

「こら、ライコウ。有松さん、がっかりさせるような事言わないの。ねぇ?」

「え、あ、いや。そんな。」

 美幸は真っ赤になって、両手を小刻みに振った。

「美幸ちゃん、嫌じゃないの?」

「いやとかそんなんじゃ・・・えと、あの・・・」

「こらライコウ、答えにくい質問するんじゃないわよ。オンナゴコロが解って無いわねぇ。」

 正臣がチッチッと人差し指を振る。

「ちなみに有松さん、キスのご経験は?」

『いや~。オミくん、せくはら~。』

 真っ赤になる美幸の前を遮って、双子姉妹がステレオで叫んだ。

「ライコウは経験済みよね。レイナさんてカノジョ居たんだし。」

「オミ、セクハラ。」

『あ、それは聞きたい。』

 今度は正臣の前に立った双子姉妹は頼光を見上げた。

「いや、プライベートだから。」

「どこの芸能人よ。」

「い~じゃん。この際、どんなシチュエーションだったかぐらい。ほら、私たちの後学の為にぃ。」

 双子姉妹は目をキラキラさせて頼光を見上げた。

 頼光はちらりと葛城の方を見て、軽く唇を結んだ。

「う~んと、あれは中二の六月の終わりごろ。レイナさんとデートの前日の土曜日・・・」

「えっライコウくんデート前に手ぇ出したの?」

「違うよ。香澄と一緒の帰り道に鳥居前公園のベンチに座って、デートのアドバイスをもらってたんだ。その時、香澄が『ねぇ、ライコウってさ、キスしたことあるの?』て言う話になって ぐおっ。」


 突然、緑色のクションが頼光の顔面を捉えた。


 クッションを投げつけた葛城は物凄い速さで飛び掛かり、奇声を発しながら握り締めたフリースで頼光の頭部を何度も殴打した。

「わー、わーっ! それ以上しゃべったら絶交だからねっ!」

 葛城はメイクの上からでも判るぐらいに顔を真っ赤にして叫んだ。

「やっぱり香澄か。」

「香澄か、じゃないでしょ! あれほど内緒にしてって言ったじゃないっ!」

 正臣と佑理佑美姉妹が二人を羽交い絞めにして引き離し、オロオロしている美幸を座らせて紙コップのお茶をすすらせた。

「香澄ちゃんっ。店内での暴力行為は厳禁ですっ。」

「だって、ライコウが。」

 パイプ椅子に座らせられた香澄は、目の前で仁王立ちになっている佑理佑美姉妹をウイッグ越しに見上げた。

「だってじゃない。他のお客さん、びっくりしちゃったじゃないの。美幸ちゃんごめんね。お詫びにさっき気に入ってくれた商品プレゼントするから、ゆっくり散策とかしててちょうだい。」

「え、そんな。気を使ってもらわなくても良いよ。突然の事でちょっとびっくりしただけだから。」

「いいの。受け取って。これから私たち、香澄ちゃんに2~3言いたいことがあるから。」

「だから、ちょと席外してほしいなって。」

 双子姉妹は意味深な笑みを浮かべてネックレスとブレスレットを美幸に握らせた。

「俺も悪かったんだから、あまり酷い事はしないでくれよ。」

「大丈夫だよライコウくん。別に逆吊りにして鞭で打つわけじゃ無いんだし。」

「本当か? 何だかやりそうで怖いんだけど。」

「え、そうなの?」

 目を丸くする美幸と心配そうな頼光を追い出して、佑理佑美と正臣は香澄に向き直った。

「香澄ちゃん、一時間もかけてメイクしたのにぃ。」

「ごめん。ついカッとなって。」

「大暴れしたから結構メイク崩れちゃったんで落とすよ。良い?」

「うん。迷惑かけてごめんね。」

 しんみりとして、香澄はズレたウイッグを装着ネットから外した。

「で、もうひとつ。」

「うん?」

「香澄ちゃんが、キスしたの?」

 香澄はあからさまに顔を背けて、被っているネットを引きむしった。

 ボサボサになった髪から覗く耳が真っ赤に染まっている。

『きゃーっ。すごい。香澄ちゃん、ライコウくんのファーストキス奪っちゃったんだ。』

 双子姉妹がステレオでハモって小さく飛び跳ねた。

「・・・ううん。練習、だから・・・」

 香澄は赤い顔を伏せたまま、絞り出すような声でつぶやいた。

「え? どういうこと?」

「知らない!」

「え~。香澄ちゃんのけちぃ~。」

 テントのバックヤードに足早に逃げ込んで行く香澄を佑理佑美姉妹は追いかけて行った。


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