第12話
「よぉ、皆本。ちょっといいか?」
二組の教室の自分の席に荷物を降ろして、体育館へ香澄にちょっかいを出しに行こうかとか考えていた頼光は、廊下側の窓越しにかけられた声に振り向いた。
「何だい? あいにくサッカーは苦手なんだけどな。」
「いや、中庭まで一緒に来て欲しいんだ。」
窓から覗き見える五名全員に妙な殺気が漂っているのを感じた頼光は軽く肩をすくめて苦笑いを返し、その集団について行った。
中庭にはすでに三名の男子学生がたむろしていて、こちらを見つけるとずんずんと近寄って来た。
「お前が皆本か?」
先に中庭で待っていたグループの中の内のひとりが腕組みをして、そのふくふくしい体を反らせて頼光を見下ろした。
制服のボタンとネクタイの『学年色』がグリーンなので三年生だという事が見てとれた。
ちなみに、今年入学の学年色は赤、二年生は青色となっている。
色白で頬に少々のニキビ跡を散らせた彼は細い黒フレームのメガネをついと直して短く鼻息をついた。
「ああ、そうだがご期待に沿えなかったかな?」
軽口をたたいた頼光をスルーしてそのヲタ・・・いや、色白で太っていてメガネをかけた男子生徒は話を続けた。
「今朝、あの有松美幸さんと一緒に登校したそうじゃないか。我々の会則では事前申告と幹部メンバー五人以上の認証を受けなければならない重大な違反だ。懲罰は覚悟の上の事だろうな。」
「は? 何言ってるんだ? あたまおか・・・いや、さっぱり話が見えてこないから解るように説明してくれません?」
「ふん。良いだろう。我々はスクールマドンナ親衛隊だ。各学年、各学科に存在するマドンナ達が快適な学園生活を送れるように彼女達を影ながらガードするのが我々の使命だ。悪い虫やストーカーなどに彼女らが苦しまないよう日々警護を行っているのだ。」
「ほう?」
「特に今回の普通科一年一組、出席番号二十二番の有松美幸さんは学年人気投票でダントツの一位を獲得したマドンナ。悪い虫は早期に潰さなければ、彼女の学園生活は男に振り回されて終える事になるやも知れん。」
「それで?」
「マドンナに取り憑こうという輩は我々親衛隊が月に代わって成敗してくれる。」
「別に僕は会員でも何でも無いし、美幸ちゃんとは友達付き合いをしているだけですよ。とやかく言われる筋合いはありませんね。」
「ふん。毎年、悪い虫どもはそんな事を言って好き勝手にマドンナ達を苦しめて来ているのだ。俺が会長になったからにはそんな輩を許しておくものか。」
苦笑いをうかべたまま頼光は、ぽりぽりと頬を引っ掻いた。
「で、おたくらの会則ではどう処理するんです?」
「『顔面と金的以外の部位に、会員五名以上からの殴打』だ。覚悟は良いか。」
頼光を囲んでいる七名の男子生徒に殺気がみなぎるのを感じた頼光は、背後を先に取られないよう輪の中央から数歩踏み出した。
寄って来た頼光と距離を取るように会長を名乗る太った男子生徒は輪の外に後ずさった。
「そういえばまだ名前、聞いてませんでしたね。」
「ふん。潰される虫に名乗る名は無い。かかれっ。」
号令と共に一斉に輪が小さくなった。頼光の後方の二人が足早に迫る。
重心を低く構えた頼光は、左横の一人に一気に迫り、左肘打ちをミゾオチに当て右足を引っ掻けたまま右掌底を胸骨の上にねじ込んで地面に打ち倒す。
後頭部を地面に叩きつけられた男子生徒は軽くけいれんして静かになった。
頼光はそのまま体を反転させ、迫って来た後方二人の背後を取り、手近な輩の左脇腹に容赦無い右回し蹴りを放つ。
体をくの字に歪めた相手の腹に左膝蹴りを打ち込み、バランスが崩れたその体に左腿を添わせ、テコの要領でその後ろの輩の足元に転がした。
足元を引っかけられた相手はつんのめった。
大きな隙が出来た相手のミゾオチに真正面から左蹴込みをねじ込む。
相手は地面に転がり、激しく嘔吐してそのまま地面に突っ伏した。
一瞬で三人を地面に倒した様子に他の親衛隊の動きが止まる。 頼光は手近に居る一人に詰め寄りワン・ツーの中段・下段突きを決める。
また一人地面に伏したのを見て、残りの三人は会長を残して散り散りになって逃げて行った。
制服の土埃を払いながら近寄って来る頼光に太っちょの会長は蒼白になって後ずさった。
「え~と、『五人以上、殴打』でしたね。」
拳をポキポキ鳴らしながら頼光は薄ら笑いを浮かべてずんずんと迫って行く。
「あ、いや、その、か、会員でも無い君に押しつけがましい事をして、その、悪かった。こ、今回の事は水に流そうじゃないか。な。」
ずんずんと壁際に追いやられる彼は半分泣きそうになりながら両手で空を切ってわめいた。
「だいたい 何だよその親衛隊ってのは?」
壁まで追い詰められた会長は左手を顔の前にかざして右手を付く格好でへたり込んだ。
と、偶然その右手に園芸部が置いて忘れて行ったのか、六尺ほどのラワン材の丸棒が触れた。
会長は奇声と共にその得物を振り回し、説教を垂れようと腕を腰に当てていた頼光の側頭部を打ち据えた。
短く唸り、殴られた頭部をかばって片膝を付いた頼光を会長は笑い声混じりの奇声と共に執拗に打ち付ける。
息が切れかけた時、手にしていたラワン棒はバキリと三つに砕けて舞い散った。
地面に丸くうずくまる頼光に、会長は荒い息の中、得意そうに口を開いた。
「は、はは・・・良い気になるなよ、はぁ、はぁ・・・ちょっと見てくれが良いだけで、はぁ・・・調子に乗りやがって・・・今後は、はぁ、はぁ・・・身を慎むんだな・・・はぁはぁ・・・この気味の悪い目をしたちびすけが。」
うずくまっていた頼光はすっくと立ち上がった。頭部の打撲裂傷から流れた血が色白の顔の半分を紅く染めていた。
「ひっ!」
頼光は左手で血に染まった頬をぬぐってその掌に視線を落とした。
彼の紅い色をした瞳に怪しい光が満ち始めた。色白の肌はだんだんと白磁のような『白』に変色し、ざわざわと髪の毛が逆立ち始めた。
「無茶苦茶しやがって。制服に血が付いちまったじゃねぇか。それにな、母さん譲りのこの目をばかにしたヤツはタダでは済まさないからな。」
中庭に面したベージュ色の壁に、ぼうっと人の影が浮かび上がった。どんどんと透明度を落としながらこそこそと移動するそれは、窓ガラスに映った自身の姿を見て立ち止まった。
(う~ん、《隠れ蓑》の持続時間はまだこれぐらいが限界か。修行が足りないな・・・さすがにこのまま血まみれの顔じゃマズイよな)
窓ガラスに映った自分の顔と、乱闘現場に残る黒い五つの塊をチラリと確認した頼光は、足早に体育館から校舎をつなぐ屋根付きの廊下に体を滑り込ませた。
早く自分の荷物からバスタオルを取って拭い取っておこうと校舎に小走りで近づいた時、入口の影からバスケ部のユニフォームを着た香澄がひょっこりと姿を現した。
「ええっ! ライコウ?!」
「やあ、おはよ。香澄。」
香澄は大きな目をさらに大きく見開いて頼光の両腕を掴んだ。
「何普通を装ってんのよっ! どうしたの、その血?!」
「いや、その・・・急に始まっちゃって。」
「バカ言ってごまかせるレベルじゃないでしょっ。何があったの?!」
「話せば長くなる。」
「もうっ分かったわよ、とにかくなんとかしなきゃ。」
「ああ、急いでシャワー室に・・・」
「急いで保健室よっ。」
香澄は頼光の手を握って足早に引っ張って行った。
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