第一九.五話 父の願い【織田信秀】
◆天文十四年(一五四五年)八月上旬 尾張国
試し戦とはいえ非凡な才を見せてワシを破った、愛娘の吉を呼びにやらせた。
ほどなくして、吉と平手
さっそく、謁見の間で会談するとしよう。
「試し戦での勝利見事であった。
「ではっ!?」
期待に胸を膨らませた娘の笑顔。家中の反発が多少あるのは仕方あるまい。が、吉の実力には申し分がない。家督はともかく元服に関してなら、文句のつけようがないはずだ。
「うむ。約束どおり、ワシを手伝うのだ。三郎信長の名乗りを許す」
「三郎……信長……」
「ワシの名の三郎を譲る。して、
「気に入り申した。ありがたき幸せなのじゃ」
全く嬉しそうな顔をするものだな。
戦や
「
「はっ!」
「しかし、ヌシはへのこ(男性器)を母の
「……」
「女子が別に悪いことではないぞ。髪飾りが似合ってるではないか」
「こ、これは、侍女の奈津に勧められたゆえ……」
ククク。顔を赤くしてるわ。
女子の部分は本当に
「権六(柴田勝家)に見せるための髪飾りか?」
「否。権六に見せるためではない」
「では、左近に見せるためか?」
「見せはしたのじゃ」
「何ゆえ左近に見せた?」
「ワシが好いてる男に見せると良いと聞いたゆえ、見せたのじゃ」
戦や
――忘れがちではあるが、正真正銘の小児ではあるな。娘が不思議な男――滝川左近に心を寄せていることなど、誰が見てもすぐに分かるわ。
「して、左近はヌシのことを好いてるのか?」
「左近はワシを好いてるのじゃ」
「何ゆえ、
「髪飾りを見せたら素敵だと言った。ワシのことを好いているか、と問うたら好きだと答えたのじゃ!」
それでは、左近に『否』の答えはできるまい。笑えてきてしまうぞ。
「ワハハ。左様であったか。それはそれは
「何ゆえ父上は笑うのじゃ?」
「左近に好きだと言われ、ヌシはいかに思う?」
「……嬉し」
「ヌシは戦や
「……」
「ワシも尽力するが、命運が尽きるかもしれぬ。だが、いつかは必ず女子に我が娘の『吉』に戻るのだ。父の願いぞ」
「父上! 長生きするのじゃ。長生きせねば女子のワシを見れぬではないか」
「無論だ。下がってよい」
吉が出ていったので、平手政秀に声をかける。
「
「大殿健在のうちは安泰かと」
「その後は、
「間違いないでしょうな」
「督(家督)を譲るはいかがか? 無論、力を付けさせてからだが」
「嫡よりは安泰でしょうな」
「ワシを親馬鹿と
「わしも同心ゆえ。わはは」
ここまで言えば、細かい指示はしなくても元服の儀などの諸事は問題ないだろう。吉の寄騎に付けた中務に任せておけばよい。きっと滞りなく手続きを進めてくれるはずだ。
問題は
吉を嫌っているであろう奥(
また、
吉の元服は家中の火種にもなり得る。早く実力を付けてくれれば良いのだが。
あわせて滝川左近の処遇についても、慎重にせねばならぬだろう。実力はある男のようだが、今のままではこれまた家中の問題になるだろう。
とはいえ左近を吉の婿にする、あるいは左近に吉が嫁入りする、というのも難儀だ。良い解決法を見つけたい。
今しばらくは、左近と吉との様子を注視しよう。
「しかし、吉に好かれる男は哀れよ。夫婦になれぬ、好かぬことを許されぬ」
「全くもって」
「左近であるな」
「ええ。滝川左近ですな」
「哀れといえど、吉と同心すると苦労はするが、彼奴は面白き人生を送るかもしれぬな」
「左様で」
「ワハハ。愉快である。中務、今宵は吉の祝いじゃ。付き合え」
「大殿が誘わねばわし独りで祝うところでした。わはは」
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