第二八話 信パパの大活躍

 ◆天文十四年(一五四五年)十月四日夜 三河国


『大殿、織田大和守やまとのかみ(信友)以下多数討ち取り、清洲きよす城を開城せしめる。我が方の損害軽微。武衛ぶえい(尾張守護の斯波義統しばよしむね)様も無事』

 諜報衆の忍びの報せに、野営の陣で夕食中だった信長軍の将兵は湧きあがった。信パパやるなあ。尾張の勢力で一番厄介な織田信友を討ち取った望外の喜びだ。


 信長ちゃんも歓喜の面持ちで飛びついてきた。

「さこんっ! さすが父上なのじゃ! やったなあ、さこんーっ!」

 思わずはしっと彼女を抱きしめたものの、戦陣でもあるし部下の目がどこで光ってるか分からないのに思い至った。優しく彼女を地面にひとりで立たせ、目配せをして努めて冷静な口調で信パパを称える。

戦巧者いくさこうしゃの大殿らしく素晴らしい戦果です。感服いたしました」

「ふふふ。左様。ワシも鼻が高いのじゃ」

 信長ちゃんも自分の大胆な行動に気づいて照れ笑い。


 信パパは何をどうやったのか、よく分からないけれど、陽動作戦は当初の狙いを遥かに超えた大成功。

 とにかくよくやってくれたよ。これからの織田家の戦略に、大きな余裕をもたらす大勝利だ。

 夕食の行軍食は相変わらず素っ気なく、決して美味しいものではなかったが、それを吹き飛ばすような嬉しさだ。

 本来の信長の尾張統一は、現在から十四年も先のこと。信長は、謀反などで家中をまとめるのにも尽力したし、尾張統一の大義名分を得るのにも一苦労だったからだ。


 史実で信パパは、尾張統一の具体的な行動をしないうちに、病気で早死にしてしまう。ところが、この世界では既に尾張統一の名分が立ち信パパも元気いっぱい。

 歴史の流れが大きく変わっているとはいえ、十四年のうち半分ほども短縮したと言える快挙かもしれないぞ。

 おれの狙いは、まずは信長ちゃんを織田家当主にすること。外敵は弱ければ弱いほうがいい。信パパの大勝利には拍手喝采だ。


 今回の戦で当の信長ちゃんは、安祥あんじょう城で鉄砲や甲賀秘伝の道具で、防戦の手伝いをしていた。そして、伏兵の森可成よしなりの突撃で、岡崎勢が混乱しているのを見るや、先頭になって打って出ようとしたらしい。

 丹羽にわ長秀ながひで、柴田勝家、佐々さっさ成政なりまさあたりが強引に止めてくれたみたいだ。

『松平次郎じろう三郎さぶろう(広忠)の素っ首、貰い受けるぅう!』とやったんだろうな。目に見えるようだ。

 スイッチが入ると彼女は相当ヤバいな。目が離せないな。


 また森可成は、岡崎の松平勢が崩れた後は、刈谷からの援軍の水野信元勢と一緒に、敗走する松平勢将兵を散々に追いかけ回したらしい。なるほど、戻りが遅かったわけだ。敵ではなくてよかったぞ。

 もちろん、全部太田牛一の情報なんだ。君はおれと一緒に、ずっと伏兵だったろ、なんで知ってるの? とツッコミを入れたい。


 夕食を食べて焚き火にあたっていたら、横に信長ちゃんがすとんと座った。

「さこん! ぶいぶいじゃな」

 彼女は満面の笑みで、右手のVサインを二回突き出してくる。

 なるほど、安城の勝利と信パパの勝利で二回なのか?


「はいっ! ぶいぶいです、姫様」

「父上も勝ち戦であったし、一安心なのじゃぁぁ……ふぁあああっ」

 信長ちゃんは、語尾に繋がったようなアクビをしたと思ったら、おれの腿を枕に、はやばやと寝息を立てている。

 諸将の目も気になるけれど、もう仕方がないかな。戦でも大活躍だったし、安心して眠くなったんだろう。お疲れさま。


 しかし、これではおれが動けないんだな。


 ◆天文十四年(一五四五年)十月五日 尾張国 那古野城


 ただいま! やっと我が家に帰って参りました。我が家といっても相変わらずの客間で居候の身だけど。

 三日間野宿だったので、身体の芯まで冷えてとにかく寒い。とりあえずは、火鉢に当たらせてほしい。


 今回の戦勝の褒美で、屋敷を拝領できたら、コタツを作るのもいいな。こたつ布団は……真綿まわたというのだったかな? まゆから絹糸をとった、残りの部分から作ったものを利用する。必要は発明の母だ。

 信長ちゃんも大手柄だったので、那古野城主に抜擢される可能性も高いぞ。屋敷拝領はいりょうの大チャンスといえるだろう。


 初陣で大将を討ち取った信長ちゃんの凱旋帰国だ。既に戦勝報告が届いていた那古野での歓迎は、お祭りさながらの大騒ぎ。

 彼女は、白い鎧に赤地に白縁取りの陣羽織。今日は髪はおろして、白い鉢金鉢巻の姿だ。

 平手政秀爺も「冥土の土産になった」などと、涙ぐんでいたけれど、絶対にまだまだこのヤクザ爺は死なないぞ。歳も五十半ばだし、信長のうつけ行動を諌めるために、切腹したと伝わる諌死かんしフラグは折れただろう。


 那古野に戻ってようやく留守中の尾張の状況が分かった。信パパもおれたちに負けず大活躍だったんだ。


 十月二日、まずは、古渡ふるわたり城で総動員を掛けて、那古野城から平手政秀爺と兵一〇〇〇を、古渡城守備のために呼んだ。

 同時に林秀貞ひでさだと林通具みちとも兄弟に、清州城の尾張下四郡守護代の織田大和守信友宛てに手紙を書かせる。


 内容は『我ら林兄弟は、嫡子が女子の信長であることを悲観した。信長が不在中に那古野城で独立し織田信友に寝返る。その証拠に、織田信秀が出陣中に古渡城を攻めるので、協力して攻めてくれ』といったもの。

 これは織田信友を騙すだけでなく、信パパから林兄弟宛ての『お前らが信長ちゃんが、嫡子になる事に不満を持っているのはお見通しだ!』という強烈なメッセージになる巧妙な策だ。

 さすが歴戦の信パパ、大ファインプレーだ。


 翌十月三日に、信パパは弟で守山城主の信光叔父以下九〇〇〇を引き連れて、古渡城から三河への後詰めに出陣したふりをして、近郊に兵を伏せる。林兄弟には、兵三〇〇〇で古渡城を包囲させ、その旨を織田信友に報せる手配をする。

 林兄弟の前日の寝返りの手紙と、古渡城包囲の報告を受けて、清洲城の織田信友が四〇〇〇の兵で古渡城に出陣した。


 信パパは信友出陣の報せを受けると、清洲城封鎖に一五〇〇の兵を分ける。そして、残りの兵七五〇〇で古渡の救援に向かった。

 古渡城に着くと、信パパは包囲している織田信友に攻め掛ける。同時に城内の林兄弟も、信友を攻めかけたため、信友勢は早々に瓦解がかいし清洲城へ敗走した。不意打ちでもあり、そもそも兵力差があるので当然の結果だ。


 すかさず信パパと林兄弟は、敗走する織田信友に追撃戦を仕掛ける。先に清洲城を封鎖していた一五〇〇の軍勢とともに、絵に描いたような挟撃戦となった。

 文字通り織田信友軍は、鎧袖がいしゅう一触いっしょくで壊滅し、その勢いで清洲城を一二〇〇〇余で包囲する。

 清洲を守っていた坂井大膳だいぜんは早々に開城した。最後に残っていたのが坂井大膳だったのは、史実と同様で興味深い。守護の斯波義統は予め忍び衆の護衛を潜伏させていたこともあり、全くの無事だった。


 織田信友と呼応したわけではないが、岩倉城の織田信安のぶやすと犬山城の織田信清のぶきよもそれぞれ独自に出兵し、信パパ不在の空き巣狙いをしようとした。だが、既に彼らの出兵の報せを受けていた信パパは、林秀貞を清洲城守備に、信光叔父を守山城へ戻し、兵九〇〇〇余にて岩倉城に向けて進軍した。織田信安も織田信清も信パパの動きを知ったため、それぞれ慌てて自城に退却する。


 信パパは古渡城に戻って、少数の兵で織田信友の残党狩りの真っ最中。これが、三河防衛のための留守中に、尾張で起きたことだ。

 尾張の名目上ナンバーワンで尾張守護の斯波義統を手中に収め、さらに岩倉城の織田信安にも、犬山城の織田信清にも、自領に攻め入られたという討伐の大義名分も一応は立つ。素晴らしい快挙だ。十四年の半分の短縮どころか、あと数年で尾張の統一ができてしまう勢いだぞ。

 ひょっとすると、このパラレル戦国時代の後世には『織田信秀の野望』なんてシミュレーションゲームができちゃうかも?


 どんっどんっどんっ! どんっどんっどんっ!


 信パパの野望ゲームを妄想していたら、信長ちゃんがやってきた。最近は何も言わずに入って来たりするんだ。

 どすりと、側に火鉢が置いてある座卓に座った信長ちゃん。今日は寒かったのか、分厚い赤い羽織を着ている。どてら? 半纏はんてん? 綿入れ? ともかくそのような類の着物だ。


「姫様、よくぞ参られた」

「さこんも父上もよう働いたのじゃ」

「ええ。大殿の戦のあり方、見事でした」

「うむ!」

 信長ちゃんは丹羽長秀を呼んで、ぜんざいを持って来させる。今日は、普通のお椀に入ったぜんざいだ。

 座卓に座り、ごついどてらを着込んで、ぜんざいをもぐもぐ食べている姿。おれは、イメージとして知っているぞ。昭和の自宅浪人生のおやつ風景だな。吹き出してしまいそう。


「格別じゃああ! 寒かったのじゃああ」などと信長ちゃんはぶつぶつ。

「今日は寒いですね?」

「うむ!」

 さらっと、一杯食べ終わると、長秀におかわりのお椀ぜんざい持って来させて、再びもぐもぐぶつぶつ。

 何か話したいことがあるのか、気になって聞いてみる。


「姫様、いかがなされた?」

「ワシも働いたゆえ、火鉢の側でぜんざいを食べるのじゃ」

 ニンマリ笑うと、再びもぐもぐ。

 ん? もしかするといわゆる『自分へのご褒美』ってヤツかな?

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