第13話アン視点

 衝立の陰から盗み見していた茶屋娘が、ホッとため息をついています。

 わたしも切ないほど胸がドキドキしてしまいます。

 エル様は座れと言ってくれましたが、とても座れません。

 下を向いた顔を上げる事もできません。

 クリスティ様に仕える侍女としては、見てみぬ振りをするしかありません。

 

「エル。

 今度はいつ会えますか?」


 ああ、御嬢様の方が逢引を誘っておられます。

 本来なら、はしたないとお止めすべきなのでしょうが、幸運にもこれほどの男性と巡り会えたのです。

 運命だとお手伝いすべきなのでしょうか?


「そうですね。

 明日またあの橋の上で会いましょう」


 ああ、胸が切なく痛みます。

 わたしもエル様の事を好きになってしまったのでしょうか?

 クリスティ様が仰られたように、正直で親切で勇気のある騎士様に出会ってしまったのです。

 恋するのも仕方ないのかもしれません。


「でも、わたくし、明日も屋敷を抜け出せるかどうかわかりませんの」


 その通りです。

 御嬢様を屋敷から逃がしてしまうなど、家臣の大失態です。

 御嬢様に万が一の事があれば、死刑になってもおかしくないのです。

 戻れば厳重な監視下に置かれてしまうでしょう。

 明日もう一度屋敷から抜け出すのは無理でしょう。


「わしは、明日も明後日も待っていますよ」


 エル様は本当に親切な騎士様です。

 いえ、恐らくどこかの公子様でしょう。

 ただの騎士にこれほどの気品があるとは思えません。

 比較するのも哀しいですが、私と同じくクラウゼヴィッツ伯爵家に仕える、陪臣騎士とは雲泥の差です。

 とても同じ騎士とは思えません。

 それとも主家のない冒険者騎士の方が、実戦を重ねて気品を身に付ける事ができるのでしょうか?


「エルが明日屋敷に訪ねてきてくれませんか?」


 ああ、御嬢様が不義を誘っておられます。

 これはいけません。

 取り返しのつかないことになってしまいます。

 万が一家中の者に見つかったら、エル様が殺されてしまいます!


「それは、忍んでと言う事ですか?」


「はい」


 御嬢様は、大胆にもエル様の手を自分の胸にしっかりと押し当ててしまいました!

 ああ、もう、こんな所を家中の者が見たら、不義と言われても仕方ありません。

 もう御嬢様は、エル様を夫と決めておられるのですね。

 キリキリと痛む胸に、今はっきりとわかりました。

 わたしもエル様に恋してしまっています。

 ですから御嬢様の御気持ちは痛いほど分かります。

 ですがここは御諫めしなければなりません。

 御嬢様のためにも、エル様のためにも。

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